眠り続けるフレス
オライオンの消滅後、アルカディアル教会の信者達は一気に戦意を喪失し、治安局はそれまでの苦労が嘘だったかのように簡単に制圧を完了した。
下から龍達の様子を見ていた信者達は、フレスとサラーの攻撃によってミルは死んでしまったのだと勘違いしたらしい。
崇拝の対象たるミルが死に、さらに絶対的な暴力として期待していたオライオンまで消滅したのだから、彼らにとっては戦う理由も勝利の望みも無くなったと言える。
それどころか生きる理由すらも喪失した信者も少なからずいた。
オライオンの消滅を見届けた後、アルクエティアマイン各地で自害する信者が見受けられたという。
「本当に嫌な事件だったですよ……。後味悪すぎです」
事後処理を担当したステイリィは、後でそう語っていた。
――●○●○●○――
事件の翌日から、人々は皆忙しなく働いていた。
治安局はアルカディアル教会の暴動に参加していた信者達を一斉に検挙し、未だに潜む残党を逮捕するために躍起になっている。
爆撃によって破壊された都市や鉱山を再建すべく、住民達は修復作業に汗を流していた。
変り果てた医療都市ソクソマハーツにも治安局が介入し、アルカディアル教会によって都市を追われた元住民達が戻って来られるように治安維持活動をすることになった。
「えっ!? 私がソクソマハーツ復興の責任者なの!? つまり、当分の間ソクソマハーツに拘束されるってこと!? それってつまりウェイルさんに会えないってことですか!?!?」
またしても手柄を上げたステイリィに与えられた次なる仕事こそ、ソクソマハーツの治安維持活動(それも責任者)であった。
周囲の期待に満ちた視線がキラキラと輝く中、一人瞳を真っ暗にしてげんなりしているステイリィ。
理由はセリフの通りである。
ナムルとサグマールも、事件の事後報告で大忙しらしい。
特にナムルはこれまでのテメレイアがしてきた犯罪行為を、自分が潜入捜査を命じていたという名目で、何とかかき消そうと躍起になってくれていた。
後から聞いた話だと、ナムルは本当に色々な場所へと駆け回り、頭を下げたと聞く。
これを聞いたテメレイアは、「悪いことをしたね……」と呟いていたが、ナムルとしても同じような感想を抱いていたそうで、ここはこれでお互い様だと納得したそうだ。
三種の神器の一つである『創世楽器アテナ』の管理は、なんとテメレイアが引き続き行うこととなった。
というのも、この『創世楽器アテナ』を管理・制御することは、テメレイア以外誰一人出来なかったからだ。
為替都市ハンダウクルクスの地下にて見つかった『創世楽器アテナ』本体には、二十四時間体制で治安局とプロ鑑定士協会が監視を行い、侵入者を阻む算段となったのである。
ソクソマハーツから逃げ出していた魔獣達も、エリート集団『セイクリッド』の面々が討伐していったという。
生き残ったアルカディアル教会の信者らの内、幹部やそれに近い立場にあった者、実際に暴動に参加した者達は皆、司法都市ファランクシアにある大監獄『コキュートス』へと送られた。
それ以外の一般信者達についても、治安局の監視下に置かれることとなった。
事件後、テメレイアは大監獄『コキュートス』を訪れたという。
そこには顔見知りもが大勢いたが、その中でどうしてもある人物の無事を確かめたかったのだ。
だが、残念ながら目的の人物は見当たらなかった。
彼――リューズレイドの行方は、今も不明なままだ。
アレクアテナ大陸全土を恐怖のどん底へと叩き落とした教会暴動と神器暴走も、ようやく終焉を迎え、アルクエティアマインを初めとして、ソクソマハーツ、ラングルポート、そしてサスデルセルの住民達も、元の生活に戻ろうと必死に働いていた。
復興に追われ、猫の手も借りたい程の忙しい日々を住民達が送っている中、ウェイルとフレスだけは、まるで時が止まったかのようにプロ鑑定士協会の自室に籠り、時間だけを浪費していった。
あの事件からもう三日も経つというのに、フレスは未だ意識を取り戻していない。
最初はすぐに目覚めると思って楽観視していたのだが、日付が経つにつれて徐々に不安が募っていった。
熱があるわけでもなく、うなされているわけでもない。
ただ健やかに眠っているだけの様に見える。
「……フレス……」
目を閉じたままの弟子の手をそっと握って、空いた手で頭を撫でてやる。
「そろそろ起きろよ。まだカラーコインの鑑定も終わっていないんだぞ? 依頼は次から次へと来ているんだ。お前がいないと汽車の旅が暇で暇で仕方ないんだよ」
もう何度目だろうか。こうやって眠り続けるフレスに語りかけるのは。
普段はなまじ元気が有り余っているフレスが、今は何も喋らぬ人形の様。
いくらフレスが自分を信じてくれとあの時は言っていたにしても、現状がこの状態なのだ。
二人の行動がアルクエティアマインを救ったことに間違いはないのだが、ウェイルは後悔していた。
「フレス、早く目を覚ませよ……。いつもうるさいお前がこんなだと、師匠は心配で心配で眠れないんだ」
優しく、フレスの美しい前髪を撫でてやる。
そんな時、部屋の扉が叩かれた。
ウェイルは無言を通したが、それでも構わず入ってきたのはテメレイアと、そしてミルだった。
「やあ、ウェイル。少しはご飯を食べたかい?」
なんて訊ねるも、答えは聞かなくても判っている。
ウェイルはこの三日間、ほとんど食事を取っていない。
昨晩もテメレイアは手料理を作ってウェイルの机の上に置いていたのだが、今見てもそれに手を付けた様子はない。
「……心配なのは理解してるけど、このままだと身体を壊すよ」
「何か食べろ。折角レイアが作ってくれたのに。このままだと死ぬぞ?」
「ああ。大丈夫さ。ありがとな、二人とも」
テメレイアは、ウェイルがここまで弱く見えるのは初めてだった。
気丈に振る舞っているウェイルだが、明らかに無理をしているのが判り、見ていて痛々しかった。
今までは一人でも、それが当たり前だとすまし顔をしていたのがウェイルだ。
それが今や弟子の一人が意識を取り戻さないというだけで、とても小さく見えたのだ。
「フレス、まだ眠っているのじゃ……」
ミルもちょこちょことベッドにやってきて、その度にフレスの顔を覗き込んでいる。
「わらわの為、だったんじゃな」
事件後、テメレイアやミルから、これまで隠されていた本当の話を聞いた。
シルヴァンで二人を襲ったのはテメレイアの部下だったというのには驚いたが、『もう一つの原始太陽』を修復されたくなかった理由(逃げるための時間稼ぎ)を聞けば納得もいった。
「せっかく久しぶりに会えたと思ったのに、これじゃあんまりじゃ」
「ミル。すまないがここでフレスちゃんを見ていてくれないか? ウェイル、ちょっといいかい?」
テメレイアが座っていたウェイルの腕を引く。
「どうした?」
「伝えたいことがある」
「大抵の情報はもう聞いたけどな」
「違う。もっと大切なことだ。僕にとっては、なんだけどね」
テメレイアは、この時決心した。
フレスが眠っている今というのは、とても卑怯な感じはしたけど。
「ちょっと屋上まで付き合ってくれよ」
自分の正体も、そして気持ちもを全て伝えようと、そう思ったのだ。
もしかしたら今のウェイルを見るのが耐えられなかっただけかも知れないが。
「……今でなければ駄目か?」
「ああ。今でなければ駄目だ」
真剣な視線のテメレイアに、ウェイルはゆっくりと立ち上がった。




