ミル、救出!
テメレイアの詩が、イルガリにトドメを刺した。
後はイルガリの躯の中から、飲み込まれた神器を取り出してミルを正気に戻す。
そうすればすべて終わりだ。
ウェイルが氷の剣を使って、イルガリの躯を解剖し始めた。
――ウェイルは鑑定士の技術の一つである、『検死』を行うことが出来る。
治安局の依頼があれば、事件現場に赴いて死体を解剖・鑑定することがある。
検死、現場検証、その他遺留品の鑑定など、事件の捜査には鑑定士の力が必要不可欠と言える。
とはいえ、プロ鑑定士が呼ばれるような事件はさほど多くはないため、ウェイルとて慣れているわけではない。
検死なんて、さほどしたことはないし、得意でもない。
当然気分も悪くなるが、ミルを元に戻すためには仕方がないと、ウェイルは黙って刃を入れていく。
ほどなくして神器と思わしき指輪を発見し、テメレイアへ手渡した。
「ごめん、ウェイル。こんな殺し方をしちゃって。君に余計な仕事をさせちゃった」
テメレイアのとった方法は、それこそ惨いの一言だ。
「いや、助かったよ。ありがとう」
それでもウェイルは感謝していた。
テメレイアの咄嗟の行動がなければ、今頃自分は精神操作されていたはずだからだ。
「これが……ミルを操っていた神器……!!」
テメレイアはその指輪型神器を、躊躇うことなく中指にはめる。
指輪が汚いとか気持ち悪いとか、そんな感情など、とっくに捨て去っている。
ミルのことを考えれば、全てのことは後回しだ。
「ミル、元に戻って……!!」
テメレイアは指輪に魔力を込めた。
そうすると、神器発動者は洗脳対象者の感情を垣間見ることができる。
ここに介入することで対象者を操ることが出来るわけだ。
ウェイルには、テメレイアがただ祈っているだけのように見えているが、テメレイアは今ミルの精神の中にいる。
「今、解放してあげるから……!!」
心を覆っている黒い霧を、そっと取り去ってやる。
優しく、水に浮かぶ泡を取り除くように。
異変はすぐに起きた。
『……んん……』
力の抜けた声とともに、ミドガルズオルムの身体は、龍の姿から少女の姿に戻っていったのだ。
浮遊力を失ったミルと、足場を失ったウェイルとテメレイアは、そのまま重力に従って落ちていく。
「フレス!」
『よくやった、ウェイル、レイア!』
落下する三人を、そっと拾い上げたフレスベルグ。
これでようやく全てが終わったと、ウェイルもフレスもホッとしたものだ。
背中側にいるテメレイアは、泣きじゃくっていた。
ぐちゃぐちゃに泣く姿を見られるのは誰だって恥ずかしい。
だからウェイルは、出来る限り目を逸らしていたのだが、それでも声は聞こえてくる。
「ミル、僕だよ、ミル! 目を開けて!」
ミルを抱きしめて、テメレイアは泣いていた。
ようやく、それこそ自分の全てを賭けて、ミルを助け出したのだ。
長年の悲願の達成に、テメレイアの涙は止まらない。
「……れい、レイア……?」
ゆっくりと、ミルは目を開ける。
ミルの瞳の真正面には、涙を浮かべるテメレイアがいた。
「レイア……? どう、して、泣いて、おる……?」
「……ミル!! よかった、無事で……!!」
「こ、こ、は……?」
「ミル……!!」
意識を取り戻したばかりのミルの言葉はたどたどしかったが、それでもこれはちゃんとミル本人の声で、テメレイアはようやく胸を撫で下ろした。
流石は龍というべきか、すぐに言葉も元に戻っていく。
「い、痛いぞ、レイア、よせ」
「もう、ずっと会いたかったんだよ、ミル!」
「わらわも会いたかったのじゃ。でも痛い」
「少しぐらい我慢して」
「う、うむ……」
これ以上ないほど力一杯抱きしめるテメレイアに、ミルは息苦しかったのだが、その反面久しぶりに嗅ぐ懐かしい匂いに、安心していた。
「……レイア、そろそろ勘弁して欲しいのじゃ……」
「あ、ああ、ごめん、つい、ね」
もう十分に堪能したのか、テメレイアは腕を離して、改めてミルと向き直った。
「君は驚くかも知れないけど、君を助けてくれたのは彼らなんだ」
「彼ら……?」
ミルはキョロキョロと周囲を見回すと、ある一点で顔が固まる。
徐々に表情が険しくなっていくミル。
「サラマンドラ……!!」
『久しぶりだな、ミル』
「レイア! わらわを助けたというのは、このたわけものか!?」
「こら、ミル。恩人に対してなんて口の聞き方だ」
「ふん! 別にわらわはこんな焦げ臭い龍なんぞに助けて欲しくはなかった。レイアだけでいい!」
『ふん。相変わらず失礼な奴だ。それに助けたのは私じゃない。お前の下を見てみろ』
「下……? って、なんじゃ!? 空の上ではないか!?」
そんなことに今頃気づくミル。
そして自分の乗っている存在にも気が付いた。
「フレス!? フレスまでおるのか!?」
『そうだ。ようやく会えたな。ミル』
「う、うむ……」
サラーには強気なのに、フレスに対しては素直なミルである。
「なぁ、レイア。イルガリはどうなった?」
「……死んださ」
「そうか。レイア、わらわはイルガリに操られていたのじゃな?」
「そうだよ」
「それをレイアが助けてくれた。そうじゃな?」
「僕だけの力じゃないけどね。ここにいる皆の力があって、初めて君を助けることが出来た。感謝すべきだよ、ミル」
「う、うむ……。レイアがそう言うなら。助かったぞ、フレス、サラー。ありがとうなのじゃ」
『よもやミルに礼を言われる日が来るとはな。長生きはするもんだ』
『右に同じ。悪い気はせんがな』
変に皮肉垂れるサラーだったが、改めて礼を言われるのがこっ恥ずかしかったようで。
「あらあら、サラー。ここに来る前と変に態度が違いますねぇ」
『黙ってろ、イレイズ』
「はいはい」
龍の姿でも、この二人は相変わらずであった。
ミルも無事救出し、一息つく一行だったが、そんな中更なる危機を感じ取っていたのがウェイルとフレス。
『ウェイルよ。オライオンの様子がおかしい』
「実は俺もそう思っていたところだ」
未だ宙に浮かぶオライオンだったが、どうやら様子がおかしい。
「先程より降下スピードが速まっていないか?」
『魔力の供給が切れたのか……?』
「それだとすでに落ちているはずだが」
しかしオライオンは間違いなく降下速度を上げている。
『ウェイルよ。あれがこのまま落ちてはまずくないか?』
「まずいな……。オライオンには強力な自爆装置が積まれてある。レイア、自爆装置の解除の方はどうなんだ?」
その話を聞いて、テメレイアも顔色を変えた。
「……ごめん、解除する余裕がなかったんだ。なんとかしなきゃ……!!」
オライオンが搭載している強力な自爆装置。
テメレイアも当然それがあることは承知していたし、元々のテメレイアが立てていたオライオン墜落計画では、オライオンの自爆装置の機能解除後に、一気に墜落させる予定であったのだ。
だがミルが精神操作を受けたこと、それによってオライオンが巨大な樹木に包まれたこと、そして暴れるミルやイルガリとの決戦のことで手一杯になり、そちらのことに集中し過ぎていた。
今の今まで、ミルの救出に全てを賭けていた為、そのことをすっかり失念していたのだ。
オライオンに現れた巨大樹木が邪魔をして、装置の解除にすら行けない状況であった。
テメレイアが言うに、その装置はオライオンの中心部分に存在し、おそらくは今もその機能を失っていないという。
そもそも自爆装置なぞ最後の最後で使う装置なため、ある意味では最も厳重で頑強な設計となっている。
ミルの張った樹木にも耐え、その力を起動しようと、刻々と待っている状態だ。
「あれは一定の衝撃がオライオンに直接加わった時起動する。転移系神器でオライオンにカウンターを喰らわしたけどあの程度の衝撃では発動しない。だけど、もしこのオライオンが墜落したとすれば、その衝撃であれば間違いなく起動してしまう……!!」
『……自爆装置が起動したらどうなる……?』
あれだけの武力を搭載しているオライオン。
その自爆装置となれば当然のこと。
もしあのままオライオンが墜落し、自爆装置が移動すれば――。
「――アルクエティアマインは……崩壊する……!!」




