洗脳されたミル
敵に遭遇しながらも、テメレイアはガラス玉を駆使しして先へ進み、ついに目的地である船長室へ辿り着いた。
手持ちのガラス玉は残り四つ。
これからのことを考えると心許ない数ではあるが、贅沢は言っていられない。
ミルの封印は、今頃ウェイル達が解除してくれているはず。
ならば後はイルガリとその側近を倒して連れ出し、自爆装置を解除するだけだ。
テメレイアはガラス玉を二つ手に取ると、船長室の扉を開けた。
「…………!?」
勢いよく扉を開いて中に入っては良いが、その中の光景はテメレイアが想像すらしていない状況となっていた。
「な、何があったのさ、これは……?」
船長室の至る所から巨大な樹木が生え、植物が部屋全体を飲み込んでいる。
「これ、まさかミルが……?」
生い茂った草木を掻き分け、ミルの姿を探す。
気配に敏感なテメレイアが、何者かの影を捕えた時だった。
「ようこそ、テメレイア殿」
聞き覚えのある、気持ちの悪い声。
チラリと見えた影自ら姿を現した。
「イルガリ……!!」
船長室の状況を考えると、てっきりイルガリは封印を解かれたミルに殺されたものであると思っていた。
「どうして貴様がここに……?」
「どうしてって。私がここにいては変ですかな? それにそれは私の台詞です。貴方は我々の味方だと思っていたのに。どうしてこのようなことを」
「バカ言うなよ。君は僕の正体を知っていたはずさ。だから僕がミルと会うのを全力で阻止した。ミルを騙す様な真似をしてでもね。違うかい?」
「はは、それはどうですかな?」
「シラを切るならそれでもいいさ。正直そんなことは今になってはどうでもいいのさ。ミルはどこだ!?」
「龍姫様ならいらっしゃいますよ。ここにね」
イルガリの影。
そこから出てきたのは、何度見ても見間違いようのないミル本人であった。
だが、なんだか様子がおかしい。
そもそもミルがイルガリの傍にいること自体があり得ない。
「み、ミル!? どうしたのさ!?」
「…………」
テメレイアが問いかけてもミルは何も答えない。
すぐに違和感を覚え、距離を取った。
身の危機を、本能的に感じたのだ。
「……コロス」
「――ミル!? ――……ッ!?」
床から僅かな振動を感じたテメレイアは、すぐさま身を翻す。
もし仮にテメレイアが回避行動をとっていなければ、今頃鋭く尖った木の枝に串刺しにされていただろう。
元いた場所には、様々な木々の枝が床からせり上がり、天井を貫いていた。
「ミル、僕だ、テメレイアだ!! 一体何があったんだい!?」
「…………コロス」
違和感は声の抑揚からも見て取れたが、何よりおかしいのはミルの瞳だった。
(目に光がない……? ……まさか)
「……イルガリ。貴様、ミルに何をした……?」
答えは要らない。
テメレイアはすでにミルに何が起こっていたか理解できていた。
「ハッハッハッハ!! 龍姫様はですね! 私の右腕となったのですよ!!」
イルガリは唇を憎らしく釣り上げ、笑いながら言う。
「洗脳したのか……!!」
「ええ。少しばかり私の利用しやすいようにしてしまいました」
「なんて酷い奴……!!」
これほどまでに怒りを覚えたのは初めてだ。
過去、テメレイアに酷いことをしてきた実の父にすらこれほどの憎悪を覚えたことはない。
「ミルを解放しろ」
「無理ですね」
「そうかい……!!」
イルガリの返事と共に、ガラス玉を二つ投げつける。
軽く口ずさんでアのテナの詩を唱うと、ガラス玉は瞬時に爆発した。
ミルは龍だ。多少爆発に巻き込まれても問題ないはないだろう。
とにかくミルを操っている神器を持つイルガリさえ倒して、神器を奪ってしまえばいい。
爆発による煙が消えていく。
「煙たいですねぇ」
「なっ……!?」
悪い予感はしていたが、イルガリはピンピンしていた。
ミルが身を挺して、イルガリを庇っていたからだ。
「ミルを盾にしたのか!?」
「いえ、そんな滅相もない。龍姫様が自ら私のことを守って下さったのです」
「イルガリ、キサマァ!!」
「何を怒るのです。貴方の爆発が原因でしょう!?」
「……クッ……!!」
イルガリを庇ったミルの反撃が始まる。
周囲の植物が、テメレイア目がけてツルと枝を伸ばし始めた。
このままこの船長室に残れば、あのツルに捕まるのは時間の問題だ。
だからといって今通ってきた通路は、すでに敵信者で一杯だ。
「ミル! 目を覚ませ! 僕だ! レイアだ!」
「無理です。この私が使っている神器は、伝説の神器ですからね。龍姫様とも因縁の深い、強力な魔力を持つ代物でして。おかげで私が今まで使ってきた『精神汚染針』はお役御免となってしまいました。そしてテメレイア氏。貴方もこの神器同様にお役御免。大切で大好きな龍姫様に殺されるのであれば、本望なのではないですかな?」
「…………コロス……!!」
ミルの魔力が強まったのか、テメレイアを捕まえようとするツルや枝の力と速度はさらに増した。
(ミルを操る神器を破壊しないと、ミルは元に戻らない……!!)
その破壊対象である神器はイルガリの手の中。
おそらくあの左手に付いている指輪だろう。以前にはなかったものだ。
残りのガラス玉は二つ。
しかし先程はガラス玉を用いても全てミルが受け止めていたし、また同じことをしてもイルガリに傷一つつけることは出来ないだろう。
「……一度撤退するしかないか……!!」
今通ってきた通路も使えないとなると、残る手段は一つしかない。
船長室にある窓を打ち破って甲板へと飛び移ること。
とはいえ甲板はオライオンの七階部分にあり、相当な高さがある。
飛び降りたところで助かる見込みは今のところない。
だが、このままここにいても殺されるだけだ。
ならば少しでも生き長らえる可能性のある方に賭けるしかない。
「一つに相当力を込めないと……!!」
手加減した爆発では窓にヒビが入る程度だろう。それでは困る。
テメレイアは逃げながら本を開く。
窓に向かってガラス玉を一つ投げつけ、アテナに願った。
(……どうにかなるかは判らないけど……!! 仕方ない……!)
今度の爆発は相当大きいものとなった。
船長室全体が振動するほどの大きな爆発。
流石のミルも、この爆発には体勢を保つことに精一杯となっていた。
「うおおおおおおおおおっ!!」
その隙に爆発によって出来た巨大なガラスの穴から、テメレイアは己が命の無事を祈りながら、その身を空に投げたのだった。




