隠された地下室
「いくか」
「早くしないとミルが心配だよ」
「しかし禍々しい雰囲気だな……」
螺旋状に闇へと伸びる階段は、進もうとする者を本能的に畏怖させ、拒絶させていた。
ウェイルは手元の『氷龍王の牙』を見る。
先程倒したバジリスクの血に、輝いていた刃も黒く変色している。
何度も魔獣と対面してきたウェイルだったが、あのような神獣を見るのは初めてで、無事切り抜けられたことにホッと胸を撫で下ろしていた。
しかし油断は出来ない。
この先は敵の最重要機密のある場所。
バジリスク以上の強敵が、いつ現れないとも限らない。
「行くぞ……」
ベルグファングを構え、ウェイルは先陣を切る。
薄暗い階段に、コツコツと二人の歩く音だけがこだましていた。
「深いね」
「だな。ますます怪しい」
朧に浮かぶ蝋燭の灯を目印に、二人は進む。
それからすぐに、二人の目の前に扉が現れた。
「鍵が掛かっているな」
ドアノブはびくりとも動かない。
「レイアさんに鍵を貰ったんだよね?」
「ああ。今試している」
テメレイアから託されたいくつかの鍵。
すでに裏口侵入の際に使用したのだが、ここでも使えるか試してみる。
「……ここの鍵はなさそうだ」
「判った。ボクに任せて」
フレスは腕に水を出現させると、それを飴細工のようにこねくりだす。
水飴のような粘度を水に持たせると、水を鍵穴に突っ込んだ。
「えい!」
掛け声をスイッチに、水が一瞬で氷へと豹変。
そのままくるりと回すと、簡単に扉が開けた。
「お前にピッキングをやらせれば大陸一だな」
「そんな泥棒みたいなことしないよ!」
「前科があるじゃないか」
「あ、あの時は……緊急事態だったんだもん! それにあれは鍵穴式じゃなかったから開けられなかったもん!」
「なんだその理屈は……」
プロ鑑定士試験の時に、どうしてもまとまった現金が必要だったフレスは、ウェイルの金庫をピッキングしようとしたことがある。
(なるほど、フレスがいれば、これからは敵のアジトへ侵入する時に、鍵の心配はしなくていいな)
「……ウェイル、何か変なこと考えているでしょ」
「悪い目的に使用する気はない」
「やっぱりボクにピッキングの才能があるとか思ってたんだ!?」
「フレス。入るぞ」
ひんやりと、そして重いドアノブを回して、ついに地下室の扉を開いた。
テメレイアのメモにあった場所は、間違いなくここのことだろう。
それは地下室に入った瞬間に理解出来ていた。
何故なら、二人の視界には異様な光景が広がっていたからだ。
「ななな、なんなの、これ!? ウェイル!?」
「……惨いな」
その暗い地下室の床に落ちていたのは、アルカディアル教会の信者達が被るフード。
そしてそのフードの下には、白骨化した遺体がそのまま残されていた。
それだけじゃない。
フードを被っていない白骨した遺体も、そこら中に転がっている。
そんな地獄絵図と表現するに相応しい光景の中、ギラギラと怪しく黒く光るものが、中央の机の上に置いてあった。
その形状はまるで手錠。
黒く輝く鎖が、幾重にも絡まりあり、鎖で人の形を成した神器であった。
人間の手、足、首に相当する場所に、巨大な錠があり、それらの錠は、一本の鎖で星型に繋がれてある。
「あれ、神器だよな。不気味すぎるぞ……」
「あの神器って……っ!!」
フレスの目の色が変わるのが見て取れた。
あの神器に見覚えがあるのだろうか。
「フレス。あの神器がなんなのか知ってるのか?」
「うん、知ってる……! よく知ってるよ……!!」
そう呟くフレスは、突如翼を出現させ、そのまま飛翔した。
「この神器がこんなところにあるなんて思わなかった……! 絶対にここで壊さないと……!!」
唐突のフレスの行動に、ウェイルは理解を追いつかせるのに必死だったが、ただ一つ判ったのは、あの神器が善いものではないということだ。
フレスがあそこまで嫌悪を示す神器とは、一体――いいや、それはもう想像できている。
「ミルを解放しなきゃ……!!」
フレスは、その神器に向かって氷の塊を撃ち放った。
巨大な氷塊は、周りの芸術品すらも粉砕しながら、その神器に突っ込む。
「あの神器は世界に存在しちゃいけないんだ」
後に残ったのは、氷の欠片と共に砕け散った神器がある。
砕けた後も、おびただしい量の魔力を霧散しながら、蛇のようにウネウネと動き回る鎖は、ただただ不気味であった。
未だカタカタ動く鎖の一つを、フレスは忌々しげに手に取ると、そのまま握り潰す。
「これ、『魔王の足枷』って神器なんだ。主に神獣を縛る時に使う神器で、旧時代の神器なんだよ」
「それがミルを縛っていた神器ってか。……しかし禍々しい姿だったな。この部屋の雰囲気といい、遺体の山といい、見る者が見たらトラウマもいいところだ」
「ウェイル。ここにある遺体は、全員この神器に生命力を吸われた人達のなんだよ」
「神器が、人の生命力を吸うってのか……?」
「正しく言えば魔力なんだけどね。人は皆、多少の魔力を使って生きているから。『魔王の足枷』は貪欲に魔力を吸わなければ能力を維持できない」
「『創世楽器アテナ』はテメレイアの管理下にある。ここの連中はこれをテメレイアに隠していたわけだから、そこからの魔力は期待できない。だから人間を犠牲にしたというわけか……!!」
とことん腐っている。この教会の思想は、あまりにも危険過ぎる。
ソクソマハーツに来てもう何度目だろうか。頭に血が上りすぎて頭痛を覚えたのは。
「今、ボクがこれを壊したから、もうミルは自由になっているはず。ウェイル、次はどうするの?」
「一刻も早くレイアの元へ向かおうと思う。約束だしな。それにレイアの奴、何か危ない気がするんだ」
「それ、隣で話を聞いていたボクも何となく判ったよ。レイアさん、また一人で全部しょい込みそうだった」
「それも心配だし、レイアは大事なことに気が付いていない。果たしてミルは、この『魔王の足枷』だけに縛られていたのだろうか」
「他に何かあるの?」
「さてな。だが行ってみれば判る」
ウェイルには一つ予感があった。
テメレイアは今、一途に盲目的だから。
少し考えれば違和感はあったはずだ。
ミルを縛っている神器は、本当に『魔王の足枷』だけだったのかと。
「……急がなきゃな」
ソクソマハーツ入りしてすでに三時間。
目的は達した。
すぐにでもここを発たなければ、間に合わなくなる。
何せソクソマハーツは、これから治安局による武力介入が始まる。
未だに残る魔獣や、それを操る信者もいるはずだ。
大きな戦闘になることは間違いない。
「フレス。とにかく外に出よう」
「うん! ――って、うわぁ!?」
突如として走る振動。
建物全体が揺れるほどの地鳴りと共に、猛烈な轟音が響き渡った。
「ウェイル、この音って!?」
「……もしかすると隠れていた『オライオン』が動き出したのかもしれない……!!」
「だとしたら急いで追わないと!!」
二人は礼拝堂にたむろする魔獣達を軽くいなしながら、外へと向かった。




