変わり果てたソクソマハーツ
――深淵の森。
そう称される医療都市ソクソマハーツをぐるりと囲む深い森を、ウェイル達は慎重に進んでいた。
ウェイルのすぐ後ろにフレスが寄り添い、それに続くように治安局員達が武器や神器を片手についてくる。
治安局駐屯地を出発して一時間。
一行はすでにソクソマハーツの自治圏内に足を踏み入れている。
つまりここはもう敵地の中。
いつどこから襲われても対応できるように、皆緊張の糸を張り詰めて歩く。
「何もないね」
「だからと言って気を抜くなよ」
「でも人の気配を全然感じないよ」
「まあ、こんな辺境な場所には、いても数人だとは思うがな」
敵の姿が全く見えないことは不思議でもなんでもない。
おそらくアルカディアル教信者の大半は、ラングルポートで奪った超弩級戦艦『オライオン』に集結しているはず。
であれば、こんな都市の片隅には、いても数人の見張り程度のはずだ。
「敵はオライオンを中心に陣形を組んでいるはずだ」
「うん」
アルカディアル教会がラルガ教会に大々的に宣戦布告したのも、オライオンという超弩級の武力を盾にしているからに他ならない。
治安局は持ち得る全ての武力を用いてオライオンを奪還または破壊に尽力するはず。
それを知っているアルカディアル教会の信者が、こんなところで呑気にうろついているはずもない。
それでも万が一ということもある。
ウェイル達は、出来る限り音を立てず慎重に、ある目印を頼りに都市部へと進んでいた。
「……えーと、汽車、来ないよね……?」
「どうかな。治安局の砲塔列車を手配している可能性はある。後ろに聞いてみたらどうだ?」
「局員さん? ボク達、汽車に轢かれちゃったりしないよね?」
「砲塔列車の派遣は私達の報告の後になるはず。ですので当面は大丈夫だと思います。……たぶん」
「たぶんじゃ困るんだけど!?」
ウェイル達が頼っていた目印というのは、汽車の線路であった。
ソクソマハーツは医療都市。
人命に関わる緊急的な医療を行う為、鉄道関係のインフラは他都市よりもしっかりしている。
しかし、ここ数日の混乱およびアルカディアル教会のソクソマハーツの実効支配後、ソクソマハーツへ出入りする汽車の全ては運行が停止された。
ソクソマハーツ都市内の情報を外部に漏らさないようするために、アルカディアル教会の講じた処置である。
そのため治安局駐屯地から、そこそこ距離のあるソクソマハーツ都市内へウェイル達は歩いて向かわねばならなかった。
この後、治安局は砲塔列車を利用してソクソマハーツに強制入都する予定ではあるらしい。
後ろにいる治安局員達の報告後にその作戦を開始するようなので、その作戦を早めるためにも出来る限り急いで敵のアジトへ辿り着きたい。
だからこそ線路を頼りに、森の中を歩き続けた。
幸い線路の上は歩きやすく、おかげで疲労も抑えることも出来そうだ。
「ねぇ、まだなの?」
「もうすぐ都市部へ出る。フレス、少し休むか?」
「ううん、ボク、疲れているわけじゃないんだ。ただこの森の景色に嫌気がさして」
「まだ森に入って一時間ちょっとだぞ? 飽きっぽい奴だ」
「違うんだ。ボク、あまり森の中を歩くのは好きじゃないんだよ」
それっきりフレスは黙り込んだ。
顔こそ前を向いていたものの、その表情には陰りがあり、何やら考え込んでいる。
フレスが何を思うのか、ウェイルの知る由もない。
しかしながら、過去に森で何かあったということだけは、簡単にだが推測できる。
俯きながらもチョコチョコついてくるフレスに、ウェイルは師匠として、何か掛けるべき言葉はないか脳内で検索してみるものの、結局出てきたのは――
「……苦労したな」
――なんて月並みなセリフしか吐くことが出来なかった。
「うん。心配してくれてありがとう」
フレスのお礼が、今のウェイルにはただただもどかしい。
「見えたぞ、都市部だ」
深淵の森を抜け、都市部が見えて来たところで、ウェイル達は立ち止まってしまった。
それは敵に見つからないように慎重になった、という理由なんかじゃない。
目の前の光景に、一同呆然とするしかなかったからだ。
「これが、あのソクソマハーツなのか……?」
ウェイルは、過去のソクソマハーツの都市を一度だけ見たことがあった。
それはまだアマチュア鑑定士の頃、師匠シュラディンと共に薬剤鑑定士の元を訪れた時のこと。
あの時見たソクソマハーツの都市は、医療都市と名乗るに相応しく、衛生的で美しい景観であった。
ソクソマハーツのイメージ色は白。
真っ白な建物が多く、落ち着いた雰囲気のある都市だったはず。
「アルカディアル教会の統治の結果が、これか……!!」
「ひ、酷いよ、酷すぎるよ……!! こんなことになってるなんて……!!」
敵情視察のために来た治安局員達も、この光景には絶句していた。
何せその美しかった都市は今、都市中から煙の立ち込め、至る所から悪臭の漂い、白く美しかった景観は煤の黒で染まった、酷い惨状であったからだ。
「上官、あれは……!!」
治安局員達が騒ぎ始める。
その理由はすぐに判った。
「あれ、遺体だよな……!!」
「しかも、子供だよ……!!」
小さな人間の躯が、何の変哲もない道の上に転がっていたからだ。
その惨劇を見て、フレスは治安局員がいる前にも関わらず、怒りで翼を広げるほどだ。
「一つだけじゃない……!! あっちにも、こっちにも……!!」
漂う悪臭の原因はこれだった。
よく見ると、あちらこちらに無残に殺された人達の遺体が、ゴミのように転がっている。
「どうしてこんなことに……!!」
「おそらく、アルカディアル教会のやり方に反対だった者達だ。この都市では異教徒と呼ばれる人達だろうな」
「でも、多くの人はソクソマハーツから逃げたって新聞では読んだよ!!」
「多くの人、だろ。全員じゃない。新聞からでは読めない現実があるんだ」
医療都市ソクソマハーツは、確かにアルカディアル教会の本部のある都市である。
しかしながら、その住人が全員アルカディアル教会信者というわけではない。
他教会信者の多くは、アルカディアル教会がアルクエティアマインへと宣戦布告した時、都市外へ逃れている。
それでも、逃げ遅れた者達だって当然いるわけだ。
事情をすぐに悟った治安局員達が、その亡骸を取り囲む。
「アルカディアル教会は異教徒狩りを行ったようだ……。皆、冥福を祈ろう」
無残な躯と化した人々の亡骸を、治安局員達は一人ひとり回って腕を組ませていく。
呆然とその様子を見つめるウェイルの隣で、フレスは必死に涙を堪えていた。
「ボク、どうしたらいいか判んないよ……!!」
握りしめた拳は、爪が食い込み血が出るほど。
「…………」
ウェイルとて許しがたいこの惨劇に、怒りで頭が真っ白になりそうだった。
それでもウェイルは冷静に、その亡骸を観察してみる。
「……おかしい」
小さな亡骸に、他の亡骸。
目に刻むように遺体を観察したウェイルの脳裏に、とある違和感が浮かんでくる。
「フレス、もういい」
これ以上、フレスの心に負担をかけるのは避けたかった。
フレスの肩を抱き、治安局員達から距離を取る。
落ち着くまでそのままでいると、しばらくしてスッと翼は見えなくなった。
ウェイルが腰を屈めてフレスと同じ目線になると、フレスはポツリポツリと漏らし始めた。
「ウェイル、ボク、ボク……」
何かを言いたいが、言葉が詰まる。
フレスにしては珍しいことだった。
「お、おい、大丈夫か、フレス?」
「う、うん……、大丈夫だよ……」
そう言いながらも、フレスはぎゅっとウェイルの胸に顔をうずめた。
いつもとは全く違うフレスの反応に少し戸惑いつつも、ウェイルはフレスの耳元で、話を続ける。
「フレス。聞いてくれ。俺の予想が正しければ、状況はさらにまずいことになっている」
「まだ酷いことがあるの……!?」
ショックを隠し切れないフレスに、ウェイルは言葉を続けた。




