二つの懸念事項
「つ、墜落させるだと……!?」
「ええ、敵の手前ですので一度は空に上げますが、そのまま墜落させます。オライオンには自爆装置がついていますので、それを解除した後でね」
「何をバカなことを!? 危険すぎるぞ!?」
テメレイアは『創世楽器アテナ』で魔力を無理やり暴走させ、オライオンを墜落させて危機を回避させようと考えていたのだ。
「仮に無事墜落させたとして、お前はどうなる!? 怪我だけじゃ済まないぞ!? 自爆装置があるなら尚更だ‼」
「ウェイル、安心しなよ。出来る限り被害は出さないようにするし、僕も死ぬ気はない。フレスちゃんは見たよね? 僕が図書館から飛び降りたのをさ」
「見たけど、でもあれって『天候風律』の力があったからじゃないの?」
「似たような神器は色々とあるのさ。僕の心配はするだけ時間の無駄だよ。僕だってそう簡単に自分の命を散らすつもりはない。何とかするさ」
そうテメレイアは言っているが、ウェイルはこの言葉をそのまま鵜呑みにすることは出来なかった。
なんというか、テメレイアの目は覚悟を決めている目だ。
これまでに積み上げた己の罪を背負い、命を賭けて責任を果たすつもりに見える。
テメレイアの意思は固そうだ。
いくら言葉を重ねても、テメレイアの表情は変えられそうにない。そう感じた。
「なぁ、レイア。確かにアテナの制御はお前にしか出来ないだろう。だがミルはどうだ? 龍たる彼女であれば、神器のコントロールは可能なんじゃないのか」
「どうかな……。確かにミルならば可能かも知れない。でもミルはやらないと思う」
「何故だ。如何にお前がミルを信頼していると言って、それは少し楽観し過ぎじゃないか?」
「ミルはね。神器が大嫌いなんだ。原因はよく判らないけど、見るのも触るのも嫌悪するレベルでね」
「ボク、その理由、知ってるよ……」
フレスがぽつりと呟いた。
フレスは過去ミルの身に起きた忌々しい事件を知っている。
「ミルは絶対に神器を使わない。ミルは神器のせいで酷いトラウマを受け付けられたんだ。だからボクもミルは神器には関わらないって断言できるよ」
フレスもここまで言っている。
「……判った。フレスがそこまで言うなら信じるよ」
若干の危険性は残るが、可能性は限りなく低いのだろう。
「それにイルガリがミルにオライオンのコントロールを任せるはずがない。何せオライオンには超強力な自爆装置がついているのだから。イルガリのことを嫌っているミルに触らせるはずがない」
ミルがイルガリに反抗して自爆装置を起動してしまう可能性だってある。
総じてミルに神器を託すことは危険だと、イルガリは結論づけているはずだ。
「治安局員は、すでにアルクエティアマインに武装部隊を送っている。ラルガ教会からの情報から、鉱山が狙われるだろうと予測して動いているようだ」
サグマールは独自に治安局内の情報を集めていた。
アルクエティアマインに多くの人員を配置し警備にあたり、また情報を探るためにソクソマハーツにも潜入しているという。
治安局はガングートポートにて、アルカディアル教会に面目を潰されている。
治安局の威信を掛けてこの事件に挑む気概だそうだ。
「すでにアルクエティアマインに潜入していたアルカディアル教会の信徒を数人確保したと聞く。だが気持ち悪いこともあるもんだ。確保した連中は皆、龍姫に忠誠を誓い、捕まるくらいなら命を捧げると気が狂ったかのように自害したそうだ。恐ろしいことだ」
「……嫌な話だな」
ここまでいけばほとんど洗脳に近い。
奴らに対する危険認識はさらに高まった。
敵は命が落とすことを全く恐れていない。
命に対する執着のない兵以上、強い兵はない。
「僕も熱心な信徒を間近で見てきたけどね。あれほど恐ろしい軍団はそういないさ」
ミルに向けて一日中声を張り続けていた信徒達の姿を思い出す。
それは背筋の凍るゾッとする光景だった。
「奴らはどのような作戦を取る?」
「夜襲だと考える。空が暗ければ、オライオンも姿を隠すことが出来るから」
「ミルとかいう龍が暴れ回る可能性はないか?」
サグマールは龍の持つ強大な力を、フレスを見て知っている。
もし龍が本気で暴れるのであれば、アレクアテナ大陸全土に膨大な被害が出かねない。
そんな心配ごとをテメレイアは一蹴した。
「ミルは人間に恨みがある。でもそれは絶対にないさ。僕がさせない」
「ミルとやらは神器で拘束されているのだろう? 無理やり操られるというのは考えられないか?」
「ミルを縛っている神器は、あくまで拘束しか出来ない。もしミルを操れるのであれば、教育係の僕なんて必要ないさ」
ミル自身が暴れようと思わない限り大丈夫だとテメレイアは言う。
超弩級戦艦『オライオン』と龍。
この二つの大きな懸念事項さえどうにかなれば、アルカディアル教会の行動を止めるのは比較的容易いはず。
「後は奴らの使う神器だな。心当たりがあればあるだけ教えてくれ」
「はい。アルカディアル教会は属性系の神器を好んで用いますね。炎や雷、氷を操る類の神器。それと召喚系。アルカディアル教会は召喚をタブーとしていない。デーモンのような魔獣を用いる可能性は非常に高い」
そしてしばらくテメレイアは、アルカディアル教会の所有する神器や武器、実際の奇襲方法、また教会幹部の情報などを語った。
「よし、大抵のことは判った。テメレイアよ、オライオンのことはお前に任せる。もちろん忠告通り対空砲は用意するが、それもどこまで通用するか判らん。お前の肩に全て掛かっていると思え。ナムル殿、我々は治安局へ協力して神器の手配を始めましょう」
「うむ。治安局は先のガングートポートの件で武力を大幅に失っている。プロ鑑定士協会にある神器をかき集めて治安局に貸し出そう」
此度の事件について、プロ鑑定士協会の出来ることは非常に少ない。
基本的には教会間争いに関しては、口を挟める立場にないからだ。
無論、霊感商法や神器暴走事件に対して、摘発を行うことは出来る。
だが、すでに状況はその程度の事件には収まらない。
下手をすればアルクエティアマインそのものが崩壊するほどの危機となっているのだ。
これはもう当事者および治安局に事の行く末を委ねなければならないくらいの大事件なのである。
「テメレイア。貴重な情報を頂戴した。お前のラングルポートでの事件に関する処分は、追ってすることになるだろうが、ワシの威信に掛けて悪いようにはしない。安心してくれ」
サグマールはそうテメレイアに宣言すると、最後にウェイルの方を向く。
「行くのだろう?」
「ああ。親友の頼みだからな」
「……全く、無駄に正義感の強い奴だ。早死にするぞ」
「ほっとけ」
互いにニヤリと笑うと、サグマールは今度こそ情報をまとめて、ナムルと共に部屋を出て行った。
去り際、ナムルがテメレイアの肩を叩く。
「君一人に全てを押し付けて、悪かった」
そう言い残し、去っていった。
「いいえ、僕のワガママでしたから」
去っていた扉に向かって、ぽつりと漏らしたテメレイアだった。
――テメレイアがウェイルの元を訪れた、その五日後。
テメレイアの予測通り、アルカディアル教会による鉱山都市アルクエティアマインへの侵攻が始まることになる。




