深夜の来訪者
――芸術大陸『アレクアテナ』。
芸術の女神アテナの名を冠するその大陸の住人達は、芸術と魔法を発展させることで、豊かで華やかな文化を築いてきた。
そして芸術品や魔法を操る神器の価値を鑑定する専門家のことを鑑定士という。
鑑定士達によって定められた価値は、市場を形成し、商品を流通させるにあたり、非常に重要な役割を果たしている。
芸術品や神器によって経済が支えられているアレクアテナ大陸において、鑑定士とは必要不可欠な存在なのである。
そんな鑑定士の一人、ウェイル・フェルタリアは、相棒である龍の少女フレスと共に、大陸中を旅していた。
貿易都市ラングルポートにて発生した、アルカディアル教会の超弩級戦艦『オライオン』強奪事件。
この事件を皮切りにアレクアテナ大陸は、来るべき教会戦争に向けて緊張状態が続いていた。
治安局を初めとして、プロ鑑定士協会や世界競売協会、ラルガ教会等の大組織は、アルカディアル教会包囲網を形成し、彼らを牽制する働きかけを行っていた。
そんな中ウェイルとフレスは、この事件の鍵を握る人物である親友テメレイアの、突然の訪問を受けていた。
――これから始まる大戦争に、ウェイル達は巻き込まれていく。
――●○●○●○――
――深夜。
「――やぁ、ウェイル。夜分遅くに済まないね」
「――テメレイア!?」
唐突にウェイルの部屋の戸を叩いたのは、驚いたことにテメレイアだった。
「話したいことがあるから君の元を訪ねたのさ。君の優秀なお弟子さんも連れてきてくれないかい?」
「レイアが、どうしてここに……!?」
「言っただろう? 話したいことがあると。それも急ぎの件でね」
ウェイルは急いでフレスを叩き起こす。
「眠いのに……」と不機嫌なフレスだったが、テメレイアが現れたと伝えると目を丸めて飛び起きた。
「レイアさんが、どうしてここに……!?」
「師弟揃って同じセリフを吐くとは流石だね」
「茶化すな、さっさと本題に入れ」
「そうしよう。さて、色々と訊きたいことはあるんだろうけど、とりあえず質問は全部後から受け付ける。まずは僕に話す時間をくれ」
そう前置きしたテメレイアは、一度フレスの方をチラリと見て、ゆっくりと話し出した。
「まずは合格おめでとう、と言っておこうか。フレスちゃん」
「う、うん。ありがとうございます」
「君の実力は本物だと思った。だからこそ君は『オライオン』のところに現れないと確信していた」
「……プロ鑑定士協会の日程まで全て読んでいたわけか」
「読んでいた? ……そうか。君にはそう見えたか。サグマール氏の采配とは思わなかったのかい? ……ならば作戦は成功と言えなくはないか……」
最後の方は小声でよく聞き取れなかったが、嫌味な笑みを浮かべている以上、ウェイルにとっては面白い話題ではなさそうだ。
「プロ鑑定士試験をラングルポートでやったのは大正解さ。おかげで色々と上手に事が運んだよ」
「……お前は一体何をしに来たんだ……?」
「質問は後で受け付けると言ったが、それについては答えよう。とある話を聞いて欲しかったのさ。特にフレスちゃんに、ね」
「ボクに?」
なんだろう、と困った顔のフレス。
「ミルという少女のことは知っているだろう?」
「――――!? どうしてレイアさんがミルのことを!?」
「どうしてって、僕が今アルカディアル教会にいることは知っているだろう?」
「うん。ウェイルから聞いた」
「だったら想像はつくはずさ。サスデルセルでの事件のことも聞いているだろうし」
「……うん。緑色の翼を持った少女がいたって」
「ミル。その正体は大地の力を司る神龍『ミドガルズオルム』。アルカディアル教会は彼女を利用して信者達を操っている」
龍信仰の厚いアルカディアル教会だ。
本物の龍が信者の前で命令を下したのなら、信者はそれに従うに違いない。
「ウェイル。君はしきりに僕の目的を訊きたがっていたね。実はね。僕はアルカディアル教会を潰す気でいるのさ」
「……――はぁ!?」
斜め上の解答に、ウェイルは思わず素っ頓狂な声を上げた。




