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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第三部 第十一章 教会戦争完結編 『誰が為に、君が為に』
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ある雨の夜

「はぁっ、はぁっ……!!」


 ――少女は走る。

 少女を執拗に攻める、冷たい雨、凍てつく風、うっそうと覆い被さる闇の帳。

 つまづき、転び、足を切りながらも、少女は走り続ける。


「はぁ、はぁ……!! どうして……!? どうしてなの……!?」


 もう何十回も口にした疑問。

 少女は目に涙を浮かべ、唇を噛みしめて、棒になった足を叩きながら、力のある限り走り続けた。


 ――ゆらり、と闇夜に灯りが浮かぶ。


 ――いくつもいくつも、灯りは浮かぶ。


 ――少女を囲むように、灯りは浮かぶ。


 闇夜と比べて、なんて明るく、暖かい色なのだろうか。

 それでも彼女は、その灯りの元へ行くことは出来ない。

 その灯りは、彼女の天敵となる存在だから。


「お~い、龍姫様~~。出てきて下さいませんか~~?」

「何もしませんからね~~?」

「また一緒に遊びましょうよぉ~~!」


 のんびりとした口調。

 雨は激しさを増すというのに、あまりにも呑気な言葉。


(騙されちゃダメだ……!!)


 少女は走る。

 だが、そろそろ少女の体力は限界を迎えつつあった。


「あっ――!?」


 しまったと、そう思ったときは、すでに身体は宙に浮いていた。

 重力に逆らうことは出来ず、そのまま硬くて冷たい地面へと、思い切り身体を打ち付ける。


「……ううう……!!」


 運の悪いことに、転んだ先は少し段差の下がったところ。

 そのせいで普通に転ぶよりも胸を強く打ってしまった。

 一瞬だが、呼吸が出来なくなる。


「は、はぁ、はぁ……」


 ズキッと足に電流が走る。

 今の衝撃で足を捻ったようだ。


「龍姫様~~ぁ?」


 耳に触る気持ちの悪い声が近づいてくる。

 とにかくその場から離れようと、必死に足に力を入れて踏ん張るも、思ったように身体は動いてくれない。

 捻った足が枷となり、自由にならない。


(い、急がないと……!!)


 這いつくばってでも、前進しようとしたその時。

 ざざっと、草木をわける音がした。


「あ。龍姫様。み~っけ」


「――ひっ!?」


「お~い、ここだ、ここだ。見つけたぞ~」


 男は仲間を呼び、そして少女の足を乱暴に掴んだ。


「やめろ、離せ!」

「どうして逃げるんですかぁ? 我々と貴方は、とてもとても仲が良かったではないですかぁ」


 抑揚のない声に、腹立たしさと共に寒気を覚える。


「違う! わらわは今みたいなお主達など大嫌いじゃ! 離せ!」

「そうは行きませんよぉ? みんなも来てしまいましたしぃ」


 気が付けば、少女はぼんやりとした灯りに囲まれていた。

 その灯りから浮かぶのは、生気のない見慣れた顔々。

 誰も彼も、その目は虚ろだった。


 そんな人々の間から、薄気味悪い笑みを浮かべながら現れる一人の男。

 彼女を見下し、蔑む目を向けてきた後、周囲の者達に微笑んだ。


「よくやってくれましたね。お手柄ですよ?」

「アラクドール様。なんとありがたいお言葉……!」


 アラクドールと呼ばれた細身の男に、ありがたやと周囲の誰もが頭を下げた。


「ささ、龍姫様。覚悟は決まりましたか?」

「アラクドール!! 貴様、絶対に許さない……!!」

「ん? 一体何を許さないのです?」

「貴様であろう!? この人達をこんな状態にしたのは!!」


 少女を捕まえた男は、まるで人形のように固まっている。

 目の焦点は合わず、口からは涎すら垂れている。

 その姿はさながらグール。

 アラクドール以外の人間全てが、まともな状態にない。


「何をしたのじゃ!?」

「何って。軽い洗脳ですよ。こいつの力でね」


 アラクドールが見せびらかしてきたのは、赤い宝石が怪しく煌めく指輪型の神器。

 十中八九、精神介入型の神器だ。


「どうしてこの人達を!?」

「それは彼らを使う方が都合が良かったからですよ。彼らは面倒くさいことに、龍を差し出すように求めても拒否してきたのです。偉大な神々の命令に背いたわけです」

「何が偉大じゃ!! 神は悪い奴じゃ! あ奴らの言いなりになることが、そもそもの間違いじゃ!」

「悪しき龍の分際で、我らが聖なる神を侮辱しますか。元々万死に値する存在ですが、これはじっくりと念を入れて痛めつけて差し上げませんと。やりなさい」

「ふぁぁああい」


 先程の男がナイフを抜いて、少女に向けて突き付けてきた。


「や、やめ……!?」


 少女は当然、それを躱そうとしたが、それを阻止する者がいた。


「なっ!? は、離せ!!」

「離しませんよぉ~、龍姫様ぁ~」


 少女の周囲にいた連中が、少女の手足の自由を奪ったのだ。

 いくら暴れようとも、彼らはその手を離そうとしない。


「や、やめ――」


 直後、腹部にヒヤリとした冷たい感触。

 少女のお腹には、深々とナイフが突き立っていた。


「あああ――」


 口の中に広がる鉄の味。

 喉の奥からは血が這い上がり、溜まらず吐き出す。

 痛みはあまりない。色々と麻痺しているようだ。


「んぐっ……!!」


 男にナイフを引き抜かれ、傷口から鮮血が飛ぶ。


「いいですねぇ。龍の哀れな姿と言うのは、いつ何度見ても快感です。もっとやりなさい」

「いやああああ!!」


 その後、少女は何度も何度もその身を切り刻まれた。

 おびただしい量の出血は、雨に流され地に吸われていく。

 それでも彼女は死ぬことはない。

 彼女は無限の生命力を持つ者だから。


「そうでした。龍は死ねないのでしたね。これは失敬。やりすぎました」


 最初から知っていた癖に、アラクドールはそんなことを抜かす。

 朦朧とする意識の中で、少女はその男を睨み付けた。

 その目に、アラクドールは怖い怖いとおどけてみせる。 


「実に怖いですねぇ、その目は。龍の目というのは否応にも人を恐怖で支配させる。やはりこの世に存在するべき存在ではありませんねぇ」


 アラクドールの合図で、少女の手足は自由となった。

 重力に従い、自分の血まみれの地面に崩れ落ちる。

 ぴくりとも力の入らない身体は、びちゃりと音を立てて濡れた地面に這いつくばった。


「聞きましたよ? 貴方、ここの人達と相当仲良かったみたいですねぇ。この人達も可哀そうに。龍である貴方を庇ったばかりに、こんな酷い目に遭ってしまったのですから」


 そう、少女の周囲を取り囲む人達は、昨日まで共に笑い、共に泣いてきた、とても親切な友人達であった。

 教会の手から逃れてきた少女を、彼らは家族の様に迎え入れ、そして守ってくれた。

 少女にとっては命の恩人達なのだ。


「こ、この人、達を……元に戻せ……!! わらわは、どうなっても、いい……!! 頼む……!!」


 少女は、プライドを殴り捨てて、倒れた状態のままアラクドールにそう懇願した。 

 だがアラクドールは、その最後の頼みすら、一蹴して除けた。


「フハハハッ!! これはいい!! あの大地を司る龍『ミドガルズオルム』が、何とも情けない姿を晒すことか!!」


 少女はとにかく耐えた。

 自分は笑われてもいい。このまま封印されたって構わない。

 それでも、この親切な友人達だけは無事でいて欲しい。

 自分を受け入れてくれた仲間だけは――。


「お、お願いじゃ……!! この人達は、大切な人達なのじゃ……!!」

「大切な人達? …………フハ、フハハハハハハハ!! こりゃ傑作だ!!」


 そう願う少女の願いは、アラクドールの口から告げられた真実により、粉々に打ち砕かれた。

 アラクドールは大笑いしてこう告げた。


「良いことを教えておきましょう。貴方の居場所を我々に売ったのは、彼らなんですよ?」

「……え……?」


 この男は、一体何を言っているのか。

 意味が判らない。


「ん? 信じられませんか? そうですよねぇ。まさかこんな親切な人達が、自分を売るとは思いもしないでしょうからねぇ」

「……う、嘘を言うな!!」

「嘘ではないですよ? 貴方には多額の報奨金が掛けられているのは御存じでしょう? 彼らはその報奨金に目が眩み、コロッと簡単に仲の良かった貴方を売ったわけです。おかげで貴方の居場所を掴めた我々が、ここに派遣されることになったのですよ?」

「……そ、そんな……!? 嘘だ! さっきお前はこの人達はわらわを差し出すのを拒んだと言ったではないか!!」

「ええ、拒みました。ですが貴方の居場所を教えるだけでいい、居場所のヒントさえくれれば大金を渡そう。そう提案すると、案外簡単にヒントを教えてくれましたよ」

「……信じられぬ……!! わらわを惑わすための嘘だ!」

「嘘だったらいいのですけどねぇ。人間、金が絡むと誰しもが狂ってしまうものです。ここの連中だって、さほど良い暮らしをしているわけではなかったでしょう? 生活苦から抜け出すために、つい出来心だったのではありませんか? 貴方だって、ここの連中の貧困っぷりは重々理解しているはずでは?」


 確かに彼らは貧乏だった。その日に食べるパン一つすら苦労して手に入れていた。


「だ、だったら、どうして洗脳なんか……!!」

「見せしめと言う意味もありますね。龍に関わった連中はこうなると、そう世間に知らしめることが出来る。それともう一つ。こうする為です」


 アラクドールは、ニヤリと汚い笑みを浮かべると、親指を立てて首をなぞった。


「わかりぃましたぁあ」


 指示を受けた男は、少女を刺したナイフを手に取ると、それをそのまま自分の首へ向ける。


「な、何を……!?」

「やりなさい」

「や、やめて……!! やめろおおおお!!」


「――うがああああああああっ!? …………――――」


 少女の制止する声は、男の絶叫によって打ち消されていた。

 鮮血を激しく周囲にまき散らしながら、男は暴れ回り、そして倒れた。

 彼はもう二度と動くことはなかった。

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