龍と鑑定士 ～ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ～

第三部 第十章 貿易都市ラングルポート編 『暴走!! 超弩級戦艦!!』

遠い過去のお話

　治安局はサスデルセルでの事件、そしてラングルポートでの事件を踏まえ、アルカディアル教会に対し、徹底抗戦することを表明した。

　持ち去られた超弩級戦艦《スーパードレッドノートクラス》『オライオン』の奪還を最優先事項とし、アルカディアル教会本部のある『医療都市ソクソマハーツ』に向けて、治安維持部隊を派遣することを決めたのだ。

　この動きに、甚大な被害を被ったラングルポート（デイルーラ社を含む）やサスデルセル（アルカディアル教会以外の全ての教会の同意している）も賛同し、アレクアテナ大陸は一触即発の臨戦状態へと突入した。

　またこれまでのアレクアテナ大陸の状況と大きく違うのは、龍(ドラゴン)の存在が公にされたことだ。

　無論フレスが龍であるということは、関係者の間で機密事項となったが、龍の姿を晒して大艦隊を潰した姿は、多くの一般住民が目撃している。

　またサスデルセルでは、龍を崇めるアルカディアル教会が、翼を持つ少女を筆頭にして暴動を起こしていたことが確認されている。

　彼女のことを『龍姫』と呼ぶことから、事件の黒幕はこの龍の力を授かった少女だと各誌が取り上げ、世間を賑わせた。

　神獣の中でも最強の存在である龍が蘇った事実に、ラルガ教会を筆頭とする教会法人も、龍の根絶に立ち上がったという。

　ラングルポートを救ったのは龍であるというのにも関わらず、教会は命を狙うというおかしな事態にもなっている。

「……サスデルセルの少女、か」

　全ての事後処理は他のプロ鑑定士に任せ、一足先にフレスと共にプロ鑑定士協会本部に戻っていたウェイルは、適当なことばかり書き連ねる新聞を読んで溜息を吐いた。

「フレス。この子のこと、知ってるのか？」

「うん。実はボクが試験を抜け出してまでウェイルの元へ向かったのも、このことを伝えに行きたかったからなんだ」

「やっぱりこの子、龍なのか？」

「そうだよ。ボクやサラーと同じ『エンシェント・ドラゴン』の一人だよ。名前は『ミドガルズオルム』。ボクはミルって呼んでいた」

　それからフレスは、遠い過去の話をしてくれた。

「ボクら龍は大昔――旧時代と呼ばれる時代の頃ね。今では神とされる連中と戦ったんだよ。その頃はまだ神獣という存在が人から疎まれる存在で、神獣の象徴たる龍は、他の神獣を率いて神や人と戦ったんだ。戦いは壮絶を極め、多くの神は命を落とした。ボク達龍には死の概念はない。だから死ぬことはなかったんだけど、周りはそうじゃなかった」

「周り……？」

「ボクら龍だって、全ての人間と仲が悪かったわけじゃないんだよ？　ボク達が人間の姿を模しているのも、本当は人間と仲良くしたかったから。実際に仲の良い人達はたくさんいたんだよ。でもね、奴らはそれが気に食わなかったみたい。龍と仲良くする人間に価値はないと、人間同士で残虐な殺戮が行われた。その時、ボク、初めて人を殺したんだ。目の前で大切な人が、無慈悲の殺されたのを見て……!!」

　――龍は殺せない。

　ならば龍の周囲にいる人間を殺していく。

　さすれば、龍と付き合ったら殺されるという、噂が広まっていく。

　誰もから疎まれる存在となることに拍車をかけたということだ。

「……酷い話だな……」

「ボク、本当は人間のこと、大っ嫌いだったんだよ？　それこそフェルタリアで解放される前まではね」

「…………」

　フェルタリアと聞いて言葉が出ない。

「ボクもサラーも、大勢人を殺したよ。でも仕返しは更なる仕返しを生んだんだ。神と人は、ボクらに関わろうとする人達を、徹底的に攻めたんだ。そしてその被害をもっとも受けたのがミルだった」

　フレスもあまりの暗い話に顔を俯ける。

「ミルは臆病だから、色んな人達に守ってもらっていたんだ。戦いたくないって言って逃げ隠れていたんだよ。でもある時、ボクがミルの元へ訪ねた時、様子がおかしかったんだ」

「どうなっていたんだ？」

「ミルね、大勢の死体の上で、笑っていたんだよ」

「…………!!」

　そのミルとやらの精神状態は痛いほどよく判る。

　どうしようもなく絶望した者は、笑うことしか出来なくなることをウェイルは知っていた。

「ミルは言った。二度と人間なんて信頼しないって。何があったかは教えてくれなかったんだ。当時ボクらには多額の懸賞金が掛けられててさ。ミルも人間に裏切られたのかも」

「……いつの時代でも金は人を狂わすか……」

「何があったのかは知らない。でもミルはその場にいた者全員を殺したのは事実なんだ。ボクが訪ねた時にはもう手遅れだった。それからかな。臆病だったミルが、積極的に人間を殺し始めたのは」

　フレスがいうに、その残虐性は異常だったそうだ。

　それは凶暴で知られるサラーが、本気で恐怖を感じるほど、凄まじいものだったらしい。

「ミルはずっと人間に復讐する事ばかり考えて生きていた。だから人間からも深く恨まれてね。最初に封印されたのはミルだったんだよ。それ以来、ミルとは一度も会っていない」

「そのミルって子が、今回のアルカディアル教会の事件に関わっているってか」

「緑色の翼の少女って言ってたでしょ。目撃者からの証言を聞くと、もう間違いないと思う。特徴も一致しているし。だからまずいと思ったんだ。ミルは一度暴れはじめると見境がないんだ。下手をすればアレクアテナ大陸の人間全てを殺すことだって！　……だからウェイルにどうしても早く伝えなきゃと思ったんだ……」

「そう、か……」

「ごめんね。ボク、プロ鑑定士試験を途中で抜けたばかりか、ギルやリルさんまで巻き込んじゃった。折角ウェイルがくれたチャンスだったのに、不合格になっちゃったよ」

　俯いて謝るフレスに、ウェイルは優しく頭を撫でてやった。

「別にいいさ。それよりも助けてくれてありがとうな。あのまま海に落ちていたら今頃死んでいたかも知れない。お前は俺にとって命の恩人ってわけさ。感謝こそすれ、謝られるのはお門違いもいいところだ」

「うん……」

　フレスの過去を聞いた。

　この小さな身体には、たくさんの悩みが詰まっていた。

　ならばせめて自分の弟子である間だけは、悩みよりも楽しい思い出を作って欲しい。

　そう切に願うウェイルであった。

「そういえば今日、プロ鑑定士試験の正式な合否発表があるな。見に行くぞ」

　本来であれば、試験後すぐに結果が公表されるのだが、この度はラングルポートで発生した事件の影響で、合否発表は後日に回されていたのだ。

　その発表が、本日の正午に行われる。

「な、何言ってんのさ、ウェイル！　ボク、確実に落ちているんだよ？　見に行ったところで――」

「いいから行くぞ。何、万が一ってこともあるさ」

「ちょっとウェイル、今日はなんだか強引!?」

　戸惑うフレスの手を引っ張って自室を後にする二人。

　普段と反対の立ち位置になってるが、たまにはいいかなと思うウェイルであった。