激白
―― ガングートポート 0番ドッグ 超弩級戦艦『オライオン』甲板にて ――
「さて、楽しすぎて打ち切るのが忍びないけれど、そろそろ時間だからね」
時刻は現在午後三時二十分を回ったところ。
プロ鑑定士試験も終了し、審議に入る時間帯。
「君の方も時間稼ぎには丁度良かったんじゃない?」
「……まあな」
魂胆はバレバレというわけだ。全くもって嫌な奴。
「プロ鑑定士試験が午後三時までだよね? なら合格者はこれから審議や合格発表、合格後の手続きや説明があるから、最低でもあと二時間は拘束される筈さ。君の弟子のことだ。勿論合格しているだろう?」
「当然だ」
「なら僕にとっても都合がいい」
話は終わりだとテメレイアは腰を上げる。
ウェイルもそれに続いた。
「ねぇ、ウェイル。鑑定士たる者、大陸中を旅して様々な光景を見てきた。違うかい?」
唐突に意図の解らない質問。
「……ああ。汽車の旅ばかりではあったが、色んな風景を見てきたよ」
「アレクアテナ大陸はとても美しい大陸さ。各都市によって雰囲気や風景がまるで違う。汽車の窓は、さながら魔法の絵画のようさ」
「おい、いい加減にしろ! 一体何が言いたいんだ!?」
妙な茶番劇に、流石にしびれも切れるというもの。
ウェイルのそんな様子を見て、フフッと微笑むテメレイア。
「でもね、ウェイル。これから僕が君に見せる光景は、多分これまで一度として見たことはないものになると思うんだ。実は僕としても初めての光景でね。期待で異様に心が高鳴っているのさ」
「何を企てている!?」
「どうせ君はそこから動けない。君はこの特等席で、この光景を見ることが出来る。感謝して欲しいくらいさ」
テメレイアは本を開き、光る楽譜を歌い始める。
『――――――――』
その歌に呼応するかの如く、地面が揺れ始めた。
激しい振動に耐えかねて、ウェイルは手すりに手を伸ばす。
そこで見た衝撃の光景に、自分がプロ鑑定士だということすら忘れて、その目を疑った。
「……はぁっ!?」
素っ頓狂な声を出すのも無理はない。
「『オライオン』が――浮いている!?」
この揺れは地面の振動なんかじゃない。
オライオン自体が、動いていたのだ。
オライオンはゆっくりと上昇を続け、そして先程テメレイアが破壊した穴から、多少どころではなく思いっきり天井をぶち破りながら空へと舞い上がった。
どういうバランス感覚をしているのだろうか。
テメレイアは手すりに片手を置いているだけで、ピクリと動じずに歌い続けている。
しばらくしてオライオンの上昇が止まった。
見るとテメレイアも本を閉じて、歌を止めている。
「どうだい、ウェイル。この光景は」
「――――!!」
――壮観。
そんな言葉では言い表せない、壮絶なる光景がここにあった。
それは感動と驚愕と期待と――そして恐怖が入り混じる光景。
オライオンの後方の空には、オライオンと同じように宙を浮かぶ総勢十二隻の弩級戦艦があった。
「どうだい? 凄いだろう? 軍艦が海ではなく空に浮かんでいる。あのセルクでさえ、思い浮かばないような信じられない光景だ」
自慢げなテメレイアとは対照的に、ウェイルはしばらく言葉を失っていた。
「……こ、これが……三種の神器の実力なのか……!!」
想像以上の桁違いな魔力。
治安局すら遥かに超えるほどの圧倒的な武力を、今テメレイアは手にしているということだ。
「どうして軍艦が浮いているか不思議かい?」
「……いや、段々落ち着いてきたんでな。原理は推理できる。重力晶の反重力を『アテナ』の能力で活発化させたんだな……?」
「君は本当に天才だね。お見事。その通りさ」
ユースベクスから聞いていたオライオンの概要を思い出す。
オライオンは大きすぎる規模ゆえに、自重によって沈みかねないため、重力晶を用いて軽量化を図っていると。
重力に反する力を『アテナ』を使って活性化させ、宙に浮かせたということなのだ。
原理はどうだっていい。問題はこの軍艦をどうするか。
「何をするつもりだ?」
「推理しろ……って、流石にこれは推理しなくても判るよね?」
当然だ。
これほどの軍艦を宙に浮かべたんだ。
だとすればやることは一つ。
問題は、その標的だけだ。
「どこを攻撃するつもりだ」
「その答えはすでに渡してあるよ」
電信のことを言っているのか。
とすればこの大艦隊は、この貿易都市ラングルポートと鉱山都市アルクエティアマインを火の海にするつもりなのだ。
「レイア、どうしてこんなことが出来る? 何故関係ない人達を巻き込む!?」
テメレイアの行動は自由奔放で、付き合わされる方は勘弁願いたいことばかりであったが、この度の行動については理解しかねることばかりだった。
そもそもテメレイアは人を傷つけることをあまりしない性格だったと覚えている。
「その答えもシルヴァンで渡しているよ」
おそらく、それは別れ際に聞こえてきた言葉。
あの時テメレイアはこう言ったのだ。
『この大陸の為、そして――大切な親友の為に』――と。
「他に方法はなかったのか?」
「なくはないかも知れない。でもこれが最良なのさ」
「いいのか!? 関係のない人を巻き込むんだぞ!?」
「……いいわけないさ……!! いいわけないだろ!!」
ウェイルのその台詞に、これまで穏やかに徹してきたテメレイアの表情と口調は、急に激しいものになった。
「僕だって、こんなことをしたいわけじゃないさ!! それでも親友を助けたい! その一心からこんな酷いことをしてるのさ!! それに僕がいなくたって、同じ事件は必ず起きた!! だったら被害を最小限にすべく僕がコントロールしてた方が安心できる!! 僕じゃなきゃ、もっと被害は甚大だったさ!!」
「……レイア……」
テメレイアがここまで感情を見せたことは、かつてあっただろうか。
呆気に取られるウェイルに対し、テメレイアの激白は続く。
「ウェイル、お願いだ。しばらく大人しくしててくれよ。出来れば安全なところへ逃げていて欲しい。君を傷つけたくはないんだ。君だけは絶対に……。目的を果たし終えたら全てを話す。……だからお願いだよ……!!」
何故だろう。テメレイアの瞳には涙すらあった。
ウェイルにテメレイアの事情など分かるはずもない。
だが長年の付き合いから、何の理由もなく今回のような事件をしでかす人間ではないと確信している。
テメレイアがここまで言うのだ。必ず何か裏があるはずだ。
ここまでテメレイアを葛藤させ苦しめた、何かが。
「……水臭い奴だ」
「……え?」
「レイア。お前は何でも一人で背負い込もうとする馬鹿だ。この世の全ての事は自分一人で何でも出来ると勘違いしていやがる。見ていて滑稽だ」
「ウェイル、どういう意味だ、それ」
「判らないか? お前は水臭いってことだ。どうして最初に俺に一言言ってくれなかったんだ?」
「僕が君に何を言えばよかったというんだ!?」
「一言でよかったんだ。――『助けてくれ』――ってな」




