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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第三部 第十章 貿易都市ラングルポート編 『暴走!! 超弩級戦艦!!』
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龍姫の命令

 ――医療都市ソクソマハーツ アルカディアル教会本部。


「う、う~む……」


 重たい瞼をこすりながら、ゆっくりと身体を起こした少女。

 エメラルドに例えられるほど美しく透き通った緑色の長髪を、見る人によっては勿体ないと思うほど不器用にボリボリとかきながら、ふわぁと欠伸を一つ。


「レイア~、レイア~。どこにいるのじゃ~?」


 目を覚ますと、いつも穏やかな顔をして待ってくれている唯一心の許せる人間が、今日に限ってそこにいない。


「うむ……、レイアがいないじゃ……」


 普段と違う状況に、少しばかり不安が募る。


「……レイア……」


 枕のすぐ隣に置いてあるお気に入りのクマのぬいぐるみを抱きしめて、消え入るようにその名を呼んだ。

 人前では偉そうに振る舞うことの多いミルだが、実はとても臆病で、一人のときはいつもこうやって寂しさを紛らわしている。


「わらわは、一人なのか……?」


 何千前だろうか。

 昔の忌まわしき記憶が蘇る。

 仲間は次々と封印されてゆき、たった一人残った自分自身を責め立てて、命を奪いに来る人間達から逃げる日々。

 恐怖し、涙し、足が腫れるほど逃げ走って。

 そして仕返しに残虐の限りを尽くしたあの頃。

 あの頃には、もう戻りたくない。


「誰ぞ、おらんのか……?」


 こうなってしまえば誰でもよい。

 とにかく誰かの声が聴きたかった。


「――ッ!? 誰かいるのか!?」


 唐突に聞こえてきた足音に、思わず期待してしまう。

 しかし開けられた扉の外にいた者は、期待とは正反対の人物だった。


「龍姫様。お時間です。是非そのお力をお貸し願えませぬか?」


 頬こけた顔で、嫌味な笑みを浮かべるイルガリという男。

 こいつの目は、闇夜以上に深淵に暗く、見ていて気味が悪くなってくる。


 ――ミルは知っている。

 こういう目の人間は、大抵ロクなやつじゃないことを。

 ミルの最大のトラウマの、あの男と同じ目をしている。

 だからこそ拒絶した。


「嫌じゃ」

「龍姫様、そこをなんとか」

「絶対嫌じゃ! それよりレイアはどこ行った!? レイアを連れてこい!」

「生憎テメレイア氏は外出中でして、しばらくお戻りになられないと思いますが」

「なら帰ってくるまで待つ。レイアが来なければわらわも行かん!」


 ぷいっとそっぽを向いてやる。

 すると、微かにチッという舌打ちが聞こえて来た。


「――仕方ない」


 その声を聞いた瞬間、全身が凍り付いた。

 これまで気持ち悪い笑みを絶やさなかったイルガリの顔が、無表情へと急変したからだ。


「龍姫様。我々とご同行願いたい」

「それは嫌と言うた。レイアが来るまで譲る気はない」

「そうですか。それでは貴方はテメレイア氏を見捨てるおつもりで?」

「……え?」


 テメレイアを見捨てるとは、一体どういうことなのだろうか。


「……詳しく話せ」


 イルガリは、顔を伏せ、苦しそうに語りだす。


「テメレイア氏は、我らが仇敵、ラルガ教会の連中に拘束されてしまったのです。龍姫様の命を差し出さなければ、命の保証はしないと」

「何故じゃ!? どうしてレイアがそんな目に!?」

「テメレイア氏は(ゴールド)の独占と龍姫様の命を狙うラルガ教会に抗議を申し立てに行ったのです。ラルガ教会にとっては(ドラゴン)とは忌むべき存在。龍姫様のお命など、奴らにとってはゴミ同然なのです。テメレイア氏は、奴らにそんな考えを改めるように、貴方のために単身ラルガ教会へ向かったのでございます」

「テメレイアが、わらわのために……!!」

「これまでどんなにラルガ教会の連中が我々に酷いことを行おうと、我々は温厚なる精神で彼らを許して参りました。しかし今回の件について、我々はもう我慢の限界です。どんな手段を用いてもテメレイア氏を救わねばならないのです」

「そ、そんな……!! レイアが……!!」


 封印を解かれて以来、ちゃんと自分の話を聞いてくれた初めての人間。それがテメレイアだった。

 そのテメレイアが、敵の手に落ちた。

 ミルの心の中に、あの頃のような残虐な心が生まれてくる。


「どうか龍姫様のお力をお貸し下さい。我々は龍姫様のためであれば何だって出来るのです。下の貴方の信者達をご覧になりましたか?」


 いつもテメレイアが固く閉ざしていた窓を、イルガリは躊躇いなく開いた。


「聞こえてきませんか、我らの同志の声が!」

「…………!!」


 窓から見下ろすと、そこには百は下らぬ信者達が集まり、ミルの事を求めていた。


「龍姫様―!!」

「どうかお声をお聞かせくださいー!!」

「お力をお貸しくださいー!!」

「……あ、あれは、龍姫様のお姿では!?」

「本当だ!! 龍姫様ー!!」


 ミルの姿を確認した信者達の(ボルテージ)はさらに上昇し、いつしかアルカディアル教会周辺は、信者達で埋め尽くされていった。


「如何ですか、龍姫様。下の者は、全員貴方を慕う下僕ですよ。彼らは貴方のためであれば、何だってするでしょう」

「……す、凄い数なのじゃ……!!」

「さあ、龍姫様! ご決断なさって下さい!! 今この瞬間にも、テメレイア氏は大変危険な目に合っているはず。であるならば救いましょう。龍姫様のお力で!」

「わらわの……力……」


 解放されて以来、ずっと秘めてきた龍の力。

 それをテメレイアの救出のために使えというのだ。


「今こそ、ご決断を」

「……判った。レイアの為ならわらわは何だってする。わらわはまず何をしたらいい?」

「それではまず信者達に見せつけるのです。貴方様が龍である証を。そうすれば、彼らはきっと龍姫様の望むままに働くことでしょう。それこそ命すら厭わずに」

「わらわの翼を、見せればいいのだな」


 そして、ミルは信者達の前に躍り出て、エメラルド色の翼を広げた。

 信者達の狂喜乱舞は、もはや語れるレベルにないほどだった。

 

 その日、アルカディアル教会は信者達を束ね、ソクソマハーツを完全に掌握。

 ソクソマハーツは事実上、アルカディアル教会の管理下に置かれることになった。

 反対する人間はどこにもいなかった。

 龍神が舞い降りたという歓喜の渦を止めることは誰にも出来なかったし、アルカディアル教会信者達の異常な目を見て、誰もがもはや言葉など通じないと判断したからだ。

 人知れずソクソマハーツを離れる者も多く、残ったのはアルカディアル教会の信者だけと成り果てた。


 ミルはイルガリに言われるがままに、彼らに命じた。

 ――『ラルガ教会を滅ぼし、テメレイアを救い出せ』と。


 アルカディアル教会での神たる存在『龍』の命令は、この瞬間から信者達にとって生きる目的となった。

 歓喜の声は轟音となり、教会前は阿鼻叫喚。

 表に立つミルは、あまりの反応に恐怖さえしたが、テメレイアのことを思うと我慢できた。

 背後に立つ男、イルガリのニヤけた面など、見る余裕はどこにもなかった。

 

 イルガリの吐いた、テメレイアが捕まったという真っ赤なウソを、ミルは信じ切ってしまっていた。


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