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社長と師匠と鑑定士と

「そろそろ頃合いだな」

　先程からしきりに時計を気にしていたユースベクスが、ぽつりと呟く。

「さっきから何を気にしてんだ？　もしかして仕事が残っていたか？」

「いやいや、そうじゃない。ちょいと人を待ってるだけだ。そろそろ来る時間なんだ」

「誰かと会う約束があったのか。……酒なんて飲んで良かったのかよ」

「いいんだいいんだ。そんなに型っ苦しいことを言う人じゃない」

「俺はいいのか？　邪魔なら下で飲んでいるが」

「気を使わんでいい。むしろお前がおらんと困るさ」

「一体誰なんだよ……？」

　自分がいないと困るということは、つまり自分の知っている人物なのだろう。

　誰だろうと自分の記憶にある人物を回想しながら、杯を傾けた時だった。

「ユースべクス氏はいらっしゃるかな？」

　唐突に扉を開けて個室へ入ってきた人物。

　それはウェイルもよく知るあの人物だった。

「――師匠!?」

「ウェイル!?　どうしてお前さんがここに!?」

　互いに驚きあう師弟は、揃ってユースべクスを見る。

　そんな二人を余所に、ユースべクスは豪快に酒を煽る。

「二人とも俺が呼んだんだ。それにしても素晴らしい。やはり人の驚く顔が一番の酒の肴だ」

　どうやらユースべクスは、わざわざ師弟二人を呼びつけていたらしい。

　敢えて黙っていたのは単なる意地悪な趣味だそうだ。

「どうして師匠を呼んでいる!?　師匠にもオライオンを見せるのか!?」

「見せるも何も、シュラディン氏はオライオンの設計に関わっているのだよ」

「本当か、師匠」

「ああ。神器機関を取り入れる際のアドバイスを頼まれてな」

　シュラディンの知識量や経験値は、当然弟子であるウェイルを凌駕している。

　それにしても神器機関についての知識まであるとは恐れいった。

「師匠、何かあったのか？」

　コクリとシュラディンは首を縦に振った。

「また面倒なことが起きてな。色々と各地を回っておるのだ」

　シュラディンが動く時、それは大抵何かしらの事件が発生している時。

　そもそもシュラディンは、リグラスラムでゆっくりと酒でも飲みながらギルパーニャを指導しつつ自分の好きな鑑定に没頭していたいと、常日頃から口癖のように呟いている。

　最近は事件続いて忙しかったので、リベア社の事件後はのんびりとしていたいという愚痴を聞いたばかりだ。

　そんなシュラディンがここにいる。

　これが意味することは、何らかの事件がシュラディンの身近で起きているということ。

　そしてそれにはウェイルも心当たりがある。

「なぁ、ユースべクス。師匠の話って、さっきの話のことか？」

　さっきとは、ガングートポートにてチラリと話題に触れた例の事件のこと。

「そうだ。シュラディン氏には、昨今問題となっている教会問題、並びに神器暴走についての詳細を報告してもらいに来た」

「師匠も調べていたのか!?」

「ウェイルよ。驚きすぎて先程から質問ばかりになっておるぞ。まあそれも仕方のないことか。ワシは最近大陸各地で相次いでいる事件について調査をしている。デイルーラ社でも被害にあった社員がいてな。それらも全て記憶しておこうと報告も兼ねて訪ねたわけよ」

　シュラディンはたまたま事件の現場に居合わせ、その不可解な状況を不審に思い、調査を始めたそうだ。

「ウェイルよ。今師匠も(・)と言ったな。つまりそれはお前も事件について何かを感じている、または知っていると、そういうことだな？」

「……ああ。いくらか知っていることはある」

「今まで調べてきて判ったこと、そしてウェイルとユースべクス氏の知りえること、そのすべてを纏めようと思う」

　シュラディン主導で、報告会が始まった。

　――●○●○●○――

「事の発端とされるのが、サスデルセルでの神器暴走事件だ」

　教会都市サスデルセル。

　様々な教会が軒並み連なるその都市で、最初の事件は発生した。

「すでにサスデルセルから撤退した教会『ラルガ教会』だが、未だに深く信仰している信者は多い。ラルガ教会はサスデルセル支部にかなり力を入れていたと聞くからな。かの教会戦争でも、ラルガ教会ほど率先して戦った教会はない。信者の数も膨大だった」

　それほど巨大な勢力であったラルガ教会であるが、誰かさんの活躍のお陰でサスデルセルから撤退したと、シュラディンは皮肉を垂れてくる。

「そうか、ウェイルがラルガ教会の連中を潰したのか」

「人聞きの悪い言い方だな……。別に潰したわけじゃない。奴らが勝手にサスデルセルから撤退しただけだ」

「そういえばサスデルセル支部の神父といえば結構な絵画マニアだったな。何度か取引をしたこともある。奴が何をしたんだ？」

「『不完全』と組んで、ラルガポットの贋作を販売していたんだ」

「教会が贋作士と繋がっていたのか。あの神父、確かに嫌な目をしていたな。そうか、捕まったか」

「いや、獄中にて殺された。これも『不完全』の犯行だろうな。結局あの事件は、さほど深くは捜査されなかったそうだ。被害者が犯罪者だからか、ラルガ教会も力を入れるつもりはなかったようだ」

「なんと。獄中というとラルガ教会本部の牢での出来事だな。アルクエティアマインでの犯行か」

　――『鉱山都市アルクエティアマイン』。ラルガ教会の本部はそこに存在する。

「アルクエティアマインか。丁度いい。アルクエティアマインもこの話に大いに関係がある。そこから話した方がいいかもな」

　シュラディンは曰く、一連の事件の発端はサスデルセルにあるということだが、その火種はもっと前に、アルクエティアマインから発生したという。

「ウェイル。アルクエティアマインの地理は頭に入っているか？」

「おいおい、師匠。プロ鑑定士に聞く内容じゃないだろ、それ」

「いいから言ってみろ」

　プロ鑑定士として、アレクアテナ大陸の地図は完璧に頭に入っている。

　そんなことはシュラディンとて百も承知だろうが、敢えて問いかけてきたわけだ。

　つまり、そこにヒントがある。

「場所は金霊山『アルクエル』の東側にある。『医療都市ソクソマハーツ』のすぐ隣の都市で――」

　言ってみて気がついた。

　そう、医療都市ソクソマハーツとはアルカディアル教会の本部のある都市。

「そうか、ソクソマハーツか。……そういえばイレイズからの電信に何かあったな……」

　昨今、『医療都市ソクソマハーツ』と『鉱山都市アルクエティアマイン』の関係がめっきり冷え込み、一部では一触即発の雰囲気になっているとか。

「今、その両都市の雰囲気は最悪だ。元々そこまで仲が良いわけではなかった。思想が正反対だからな。小さないざこざは日常茶飯事だったようだ」

「そこに例の鉱脈の発見だもんな。そりゃ仲良くするのは無理ってもんだ。おかげでアルクエティアマインからの物資供給が少なくなって困ったものよ」

　相槌を打つユースベクス。

　彼の言う物資供給とは、おそらく金(ゴールド)のことだろう。

「大規模な金脈が発見されたそうだな？」

「ああ、何でも実に二十年は採掘し続けられるほどの広大な金脈なんだとか。おかげで金の取引価格もだいぶ落ちてしまった」

「『金の価格に気を付けて』……なるほど、そういう意味だったか」

　テメレイアのヒントは、非常に直接的なものだった。

　――『金の価格に気を付けろ』。

　それはアルクエティアマインとその現在の状況に気を付けていろという示唆である。

「１トロイオンスで現在7500ハクロア程度だな」

「7500!?　以前の半額に近いじゃないか!?」

　リベア社の事件前は、この二倍近くはあったはず。

　それがこれほどまでに暴落しているとは、ウェイルも想定していなかった。

「それほど巨大な金脈だったということだ」

「だからこそ事件が起きた」

　ユースベクスは酒を一口含むと、思い出すように語り出した。