秘密の会話
「さーて、急いで探さないとね!」
大ホールを出たフレスは、とりあえず目についた扉を手当たり次第に開けて、部屋を巡回していった。
降臨祭のことで忙しいのか、その途中誰にも会うことはなかった。
「……あれ? 声がする」
そんな中、やけに豪華な装飾のなされた扉の奥から、人の話声が聞こえる。
「誰かいる……?」
フレスは扉をこっそり少しだけ開くと、聞き耳を立てる。
中からは男二人と思われる会話が聞こえてくる。
「おい。『不完全』から課せられたノルマはどうなっている?」
「申し訳ありません、神父様。昨日の夜に何者かの邪魔が入りまして、予定が狂っております。ノルマまで後二人分でございます」
「予定が狂った? あの化け物に何かあったのか?」
「ええ。信じられない話ではありますが、何者かに処分されたようで」
「一体誰がやった!? 常人には成しえぬことだろう?」
「現場にいた者の話ですと、どうもプロの鑑定士が絡んでいるようでして。恐らく昨日神父様のところへ来た鑑定士かと」
「ふむ、あやつか。出来る鑑定士であったが腕も立つとは忌々しい。そういえば降臨祭に招いておったな。もう来ているのか?」
「はい、すでに。ですが心配は入りません。監視の目を光らせておりますので」
「そうか。ならばよい。しかし少し急がねばならぬな。連中との契約は明日までだ。そろそろシュクリアには犠牲になってもらうか」
「そうしましょう。残りの一人は?」
「今日の降臨祭に来ている信者らの中に一人くらいはいるだろう。儀式が始まったら早急に探し出せ! どんな手を使っても構わぬ。くれぐれの鑑定士に悟られぬようにな」
「承知いたしました」
会話は終わったようで、部下と思われる男が扉の方へと向かってきた。
「い、急いで隠れないと!」
と、口にしたはいいが、一本道の廊下に丁度いい隠れ場所などある訳がなかった。
「し、仕方ない……。ヤンクさんには見つかっちゃったけど今はこれしかない……!!」
フレスはウェイルに呆れられたあの時のように、その場にしゃがみ込んで頭を抱え込んだ。
(どうか見つかりませんように……!!)
そんなフレスの願いは、奇跡的に叶ったようだった。
元々ランプが点々とするだけの暗い廊下であり、信者達が教会全体の窓を隠したため、さらに視界が悪くなっていた。
そんな場所にまさか人が(龍だが)しゃがみ込んでいるなんて、誰も思いもしないはずだ。
フレスの存在など意識の外にもほどがある。
そういうことで男はフレスに気づくことなく、フレスのしゃがみ込んでいる方とは逆方向側に歩いていった。
「ふー。助かったー!」
と汗を拭う仕草をして安堵したフレス。
――しかし。
「あら? どうしたの? フレスちゃん」
「え!? シュクリアさん!?」
予想外な人物に声を掛けられた。
「こんなところでどうしたんですか?」
咄嗟に言い訳を考えるフレス。
トイレに行くと言えばいいものを、軽いパニックのせいでその考えが浮かばない。
「どうしましたか? フレスちゃん?」
「ごめん! シュクリアさん!」
「フレスちゃん……?」
フレスが出来たこと。
それは逃げる事だけだった。
シュクリアの姿が見えなくなって、ようやくフレスは足を止める。
「ふー、危ない危ない。これで捕まったらウェイルに怒られちゃう」
怒られることは別に構わないのだが、作戦に失敗してウェイルに迷惑を掛けるのだけは嫌だった。
「それよりも、今の部屋で聞いた会話の意味。一体どういうことだろ? シュクリアさんを犠牲にって……」
手を組んで考えるフレスだったが、次第に頭は混乱し始めた。
「……う~ん、駄目だ!! こういうことはウェイルに頼もう……。それよりも『あれ』を探さなきゃ」
今の自分の責務。
それは『関連証拠』を見つけ、その後にウェイルを呼ぶことだ。
それから少し奥に行ったところに、明らかに異質な扉が姿を現した。
その扉には様々な呪文印が施されている。
「あ、これって!」
フレスはその呪文印に見覚えがあった。
それは封印術を行うときに使用される印であり、神器によって描かれた円陣であった。
「この扉、封印されている……!!」
フレスは扉に手を当てると、自分の魔力を呪文印に送ってみた。
フレスの魔力に呼応するように、呪文印は光り輝く。
「やっぱりね。でもこの程度の封印なら! そりゃああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
フレスは両手に力を込め、巨大な氷塊を出現させると、それを容赦なく扉へ撃ち放った。
凄まじい轟音が廊下に響き渡ると、放った氷塊は扉と共に粉々に砕け散った。
「さてと、『あれ』あるかな~」
壊れた扉から中に侵入したフレス。
そして部屋の中を一通り見回して、一言――
「あ~った!!」




