教会闘争の裏側で
「な、何故だ……!? どうして今になって……!?」
「たまたま、だよ。たまたまタイミングが良かっただけさ」
全身血だらけになった老人を、仮面をした男が嘲笑う。
「……我々の組織は完全だったはずだ……!! 目的だって、後一歩で叶えられるところまで来ていたのに……!!」
「うん。そうだね。我々は完全だったさ。どんなことに対してもね。でもさぁ。それっておかしくはないかな?」
「何がだ……!?」
「だってさ、僕らは『不完全』なんだから。もっと曖昧で、揺らぎのある、あやふやな存在じゃないといけない」
「なっ……!? まさかその程度の理由で……!?」
「それだけじゃないけどね。色々と準備も整ったし、そろそろ良いタイミングだったんだよ。これは本当だよ?」
「しかし――」
老人の最後の言葉は、何者かに徹底的に叩き潰された。
「……うるさいジジイだ」
ぬちゃ、と血に塗れたナイフを抜く細身の男。
老人は、声を漏らすことなく絶命していた。
背後からのナイフでの一撃。
苦しまずに死なせる見事なテクニックだった。
「やあ、ダンケルク。そっちの仕事はもう終わったのかい?」
「当然だ。それにしても『リーダー』よ、どうしてさっさとトドメを刺してやらなかった?」
「暇つぶし~。どうせ彼は後ちょっとで死ぬ運命だったし、最後くらいは楽しい会話をしてあげてもいいかなって」
「相変わらず酷い奴だ」
「天に送り届けた張本人が言うのもどうかと思うけどね」
「――お、お前達!!」
老人の死体の上で呑気に会話をしている二人に、元同僚の連中が取り囲んでくる。
「何故裏切れた!? 『不完全』は俺達にとって、親同然であり、命の恩人だろう!?」
「質問の多い日だね。何故裏切れたかって、そりゃ、僕達はそこまで『不完全』に恩義を感じてなかったってことだよ。命の恩人だなんて思ったことすらない」
「行き場のない孤児だった私達を拾ってくれた組織なのよ!?」
「関係ないさ。それに言ったろ? 僕らは『不完全』。今の組織みたいに完全な存在になりたいわけじゃない。組織内で争いが起きて、その結果組織が崩壊する。そんな『不完全』さの方が居心地がいいのさ。残念なことに『不完全』穏健派は僕にとっては不快そのものに成り下がったからね」
「……まあ、正直イング率いる過激派の方が面白い日常を送っていたのは事実だろうな」
「あ、ダンケルクもそう思ってた? 僕もイングみたいな気持ち悪い奴さえいなければ過激派にいても良かったんだけどね」
「……こいつら、言っている意味が判らない……!!」
取り囲む連中は、もう二人の説得を諦めたようだ。
それぞれ自前の神器を取り出し、二人に矛先を向けてくる。
そんな状況であるにも関わらず、ハンカチで丁寧にナイフの血を拭うダンケルク。
「学習しない奴らだな……」
「だね~。たった今上司が殺されたばかりなのにね」
さも楽しげに、同意した『リーダー』と呼ばれた男。
「お前らだけは許さない。死んでもらう」
「覚悟してもらおうか」
神器が光り始め、魔力の放出が始まるその瞬間だった。
「終わったな」
「終わったね~」
取り囲んでいた彼らは、自分の最後の瞬間をどう迎えると予測していただろうか。
まさか全く死の自覚すらなく息絶える、それも上半身だけが宙に浮く形で死ぬなど予想もつかなかったに違いない。
切断された胴体が、ドチャッと地に落ちる音がする。
真っ二つにされた彼らの死体は、さながらよく出来た剥製の様。
切断場所以外から血が漏れることもなく、遺体は綺麗なものだった。
「リーダー。こちらの仕事も終わったぞ」
現れたのはミスリルの鎧を身に纏い、持ち上げるためには、力自慢の男を集めても三人は必要になるであろうほどの巨大な剣を、片手で振う女だった。
「いつも仕事が早いね、アノエ」
「仕事は早く終わらせるに限る。余暇を多く楽しめるからな」
それほどの大剣を、これまた簡単に背中に背負ったアノエと呼ばれた女は、仮面の男に進言する。
「リーダー。『不完全』穏健派の残党は殲滅した。次は何をするつもりなのか?」
「うん。当面は当初の目的通り『龍』を集めるよ。全てが揃ったとき、この不完全な世界は、最高に楽しいことになる。アノエだって、気に入る世界さ」
「そうか。リーダーがそこまで言うのなら楽しみにしておこう。そうだ、ダンケルク。『不完全』のアジトに良い剣はあったか? もしあったのなら頂いておきたい」
「そうさな……、俺が見る限り業物はなかったな。どうせほとんどが贋作だしな」
「それもそうか」
「そろそろ行こっか。皆もう待ってるかも」
「リーダーが遊んでるからだろうに」
「リーダーに期待したダンケルクが悪い」
「二人とも心に刺さることを言うねぇ……」
多くの屍を踏みつけながら、三人はアジトを後にする。
贋作士集団『不完全』。
その中でも特に『不完全』な者達が起こしたクーデター。
――彼らがウェイル達の前に姿を現すのは、そう遠くない未来のことであった。




