証拠を集めろ
「『降臨祭』を利用して、ラルガ教会に乗り込むぞ」
「直接乗り込むの!? なんだか楽しそう!」
一度宿に戻ったウェイルが立てた戦略とは、ラルガ教会への潜入だった。
プロ鑑定士が贋作士や詐欺師を摘発・逮捕に至るまでには一定の条件が必要となる。
今回の事件については、犯人がラルガ教会であるという確固たる証拠が必要だ。
その証拠として次に挙げる二つの証拠が必要になる。
一つ目は『物的証拠』。
これについては、すでにオークションハウスに持ち込まれたラルガポットの贋作、そして悪魔に装着されていた神器を入手している。
この二つが物的証拠としての条件を満たしている。
二つ目は『関連証拠』。
今回まだ足りていないのはこっちである。
ラルガポットの噂と悪魔の噂。
この二つの噂を関連付ける決定的な証拠が必要なのだ。
関連証拠を得るためには、直接ラルガ教会内を調べた方が手っ取り早い。
「降臨祭なら誰からも怪しまれずに入ることが出来る。しかも今回俺はゲストとして招かれていてな。裏口からこっそり入ることが可能だ。フレスも俺の弟子だと言えば一緒に入れるだろう」
裏口でシュクリアが対応してくれるはずだ。
ウェイルは昨日のシュクリアを思い出していた。
悪魔の噂の事を聞いた時の、怖いくらいの表情と過激な台詞。
果たして彼女は今回の事件を、どこまで知っているのだろうか?
「ねぇ、ウェイル。さっきルークさんに何か頼んでいたよね。あれ、なんだったの?」
実はオークションハウスを出る前に、こっそりとルークに一つ届け物を託していた。
ルークは今頃、それを持って汽車に乗り、とある都市へ向かっていることだろう。
「あれは最後の切り札だ」
「切り札?」
「ああ、あれが通れば全てが終わるよ」
「う~ん、よく判んないや」
「後で判るさ。それともう一つ、治安局への通報もしてもらった。といっても、こっちにはあまり期待できない。治安局は確実性のない通報には慎重で腰が重いからな。だからこそ俺達が関連証拠を手に入れる必要がある」
「つまりあれさえ見つければいいんだね?」
「その通りだ。いいか、教会に潜入したら別行動を取る。俺は既に鑑定士として教会側に姿を見られている。鑑定士に見られたらマズいものがある限り、俺には常に監視の目が置かれるはずだ。だが、お前はまだ誰にも姿を見られていない。だから俺が降臨祭に参加している間にあれを見つけてくれ。間違いなくどこかにあるはずだ。もし発見したらその場で大騒ぎしろ。混乱に乗じて俺も駆けつける」
「判ったよ! ううう~!! なんだかワクワクしてきたね!」
フレスは初任務が嬉しいのか相当興奮しているが、ウェイルはとてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
もしラルガ教会が『不完全』と繋がっている可能性があるのなら、何としてでも情報を得なければならない。
そういう意味では、興奮しているというのは間違ってはいなかったが。
「そろそろ時間だ。行くぞ」
「うん、師匠!」
――●○●○●○――
ラルガ教会に続く通りは、早朝から大混雑していた。
そんな人の行列を掻い潜り、ウェイル達は教会の裏口側へと回りこむ。
そこでポツリと一人、手持ち無沙汰気味で待っていたシュクリアに声を掛けた。
「おはよう、シュクリア。今日は世話になるよ」
「あっ! ウェイルさん!!」
ウェイルの顔を見るなり、シュクリアの顔がパアッと明るくなる。
「よくぞおいでくださいました! 表は人でいっぱいだったでしょう!? こちらからお入りください! ……あれ? そちらの可愛らしいお方はどなたでしょうか?」
ウェイルの後ろに隠れるようにしていたフレスを見つけ、シュクリアはニッコリと微笑んだ。
「ああ、こいつはな――」
「――ボク、フレスって言います。ウェイルの弟子であり、お嫁さんでもあります!」
「おい」
こんな時ですら冗談が言えるフレスは、胆の据わった凄い奴か、はたまたお馬鹿さんなのか。
「まあまあ、可愛らしいお嫁さんですね! それなら私と同じです! 私はシュクリアといいます。さ、お弟子さんも一緒に中へどうぞ!」
ご機嫌なシュクリアに、儀式を行うであろう大ホールへと通される。
どうやらゲスト席はホールの中二階部分にあるようで、一般客席を一望できる。
ラルガンの神を象った銅像を囲むようにして配置された一般客席には、すでに多くの信者が腰を下ろし、祈りを捧げていた。
「では私は準備がございますので、これで失礼します。どうぞ最後まで見ていってください。ラルガン神のご加護がありますように!」
ウェイルに祈りの印をきって、シュクリアは席を外した。
代わりに屈強そうな二人の男が、ウェイル達の背後に立つ。
「ねぇ、ウェイル。後ろの二人、監視なのかな?」
「おそらくな」
彼らに聞こえないように呟く二人。
ホールは段々と暗くなっていく。
そろそろ儀式が始まるのか、信者達が窓を閉め切ったからだ。
監視が暗闇に目が慣れない内に、作戦を開始した。
「フレス、作戦開始だ。行って来い!」
「うん!」
力強く頷いたフレスを二人の男が睨む。
そしてその睨んできた男の一人に、フレスは大声で尋ねた。
「ねぇ、お手洗いってどこ!? ボク、そろそろ漏らしちゃいそうなんだけど!!」
儀式を開始する前の静寂した空気を引き裂いて、フレスの声が響き渡った。
一般信者が邪魔だと言わんばかりに鋭い視線を送ってくる。
「ねぇねぇ、お手洗い、どこ? ボク、もう我慢できないよ!」
だがフレスはそんなことはお構いなしに、大声を張り上げ続けた。
会場の雰囲気をぶち壊すこの大声に、流石に我慢の限界を超したのか、睨んでいた男二人が、
「「裏口の近くにお手洗いがある。早く行け!!」」
と、声を揃えて教えてくれた。
上手く罠に掛かってくれた訳だ。
「じゃあ行って来るよ」
笑顔とサムズアップを見せたフレスは、踵を返して大ホールから出て行った。
(……恥ずかしすぎる奴だ。外に出る言い訳に、まさかあんな手を使うとは……)
思わず苦笑いすら出てくる。
人間の常識に囚われない、フレスだからこそ出来る作戦である。
(とりあえず作戦通りだ。頼むぞ、フレス。……しかし視線が痛い……)
大騒ぎしたフレスの隣にいたということで、しばらく信者達の冷たい視線に突き刺され続けたウェイルであった。




