神器『もう一つの原始太陽―ソラリス・モノリス―』
――翌日。
ウェイルが目覚めた頃には、すでにテメレイアの姿は、どこにもなかった。
見ると机の上に、紙の切れ端がある。
おそらくは書き置きであろう。
「図書館に行ったみたいだな。……まあ時間を考えれば当たり前か」
それもそのはず、時刻はすでに午前十時。
図書館の開館は午前八時。
第一種閲覧規制書物を閲覧できるという、今日という特別な日を、一年も待ち続けたテメレイアのことだ。
きっと心をときめかせながら、意気揚々と図書館に向かったに違いない。
書き置きの文章からも、湧き上がる好奇心を抑えきれない心情が伝わってくる。
何せ、普段とても丁寧な文字を書くテメレイアが、この書き置きに限っては殴り書きだ。
「それにしたってテメレイアがはしゃぐとはな。珍しいこともあるもんだ」
それを本人に言っても「僕だってたまにははしゃぐさ」と、適当に返されるだろうが、中々お目に掛かれる姿じゃない。
「……完全に置いて行かれたな」
色々とあって疲れていたとはいえ、少々寝すぎだ。
「フレス、起きろ。俺達も図書館に行くぞ」
「うむむ……、まだ眠いぃ~」
「仕方のない奴だ」
未だ眠気眼のフレスを、ひょいと摘まんでベッドから降ろして、道具の準備した後、フレスの耳元で「朝食はクマの丸焼きだ」と嘘を囁き、無理やり目覚めさせてから、宿から出発したのだった。
――●○●○●○――
以前にも触れたが、図書館都市シルヴァンは他都市に比べて遙かに暗く、温度も低い。
原因は図書館の大樹が太陽光を遮っているからだ。
よって、この都市では環境整備系の神器が、都市の至る所に配置されている。
中でも一際存在感を放つのが、都市中心部に置かれた巨大な照明用神器『もう一つの原始太陽』である。
昼の間にだけこの神器は発動し、薄暗い都市全体に光を送っている。
この神器のおかげで、生活に困らない程度の照度を確保できているわけだ。
もしこの光がなければ、外で本を読むことすら出来ないレベルに暗くなるという。
『もう一つの原始太陽』の発する光は特別で、かなり強い光が放たれているのだが、不思議と人の目にダメージを与えることはない。
本体が強く輝いて光を発しているのではなく、大規模範囲を一斉に、それも同じ光度で照らしているのだという。
『もう一つの原始太陽』本体を直接見ても、ただ大きい金属の柱が立っているようにしか見えない。
それ故に不思議な現象が起こる。
「あれ? ボク、影がないんだけど?」
「ああ、これはシルヴァン特有の現象なんだ。この都市に光をもたらしている神器は、太陽のように上から光を注いでいるわけじゃない。はたまた神器自体が光を放っているわけでもない。光の進む方向が定まってないんだ。常に神器適応範囲内には、光が四方八方に進んでいる。人の目ってのはあまり性能がよろしくなくてな。動き回る光をとらえることはできないんだよ。残像となって全てが常に光っているように見えるんだ。だから影も見ることが出来ない。一方向から光が来ているわけではないのだからな」
「……ボクの目も人間と同等だったんだ……」
「その姿だからじゃないか?」
「元に戻ればちゃんと見えるよね……?」
「知らん」
変なことにショックを受けているフレスは置いておくとして、この都市の昼間は異質な空間と言える。
影が出来ないことは、やはり違和感しかない。
「フレス、あれが『もう一つの原始太陽』だ。見てみろ」
ウェイルが指差したのは、これまた大きな金属の柱。
表面は黒々としていて、鉄のような冷たい印象を受ける。
だが、視線を上にずらしていくと、頂点付近には暖かな光があった。
発動中は、こうして少しだけ発光するそうだ。
「昔からあったのかな」
「人工神器って話は聞いたことないな。おそらくは旧世代の神器だ」
「う~ん、ボク、これを見たことあるような気がしないでもないんだよね。よく覚えてはいないんだけどさ」
「何百年以上も前のことだろ? 覚えてなくても仕方ないさ」
「う~ん……」
一人腕組み考えるフレス。
そうこうしている間に、図書館に到着した。
「やっぱり何度見ても凄いねぇ……」
大樹の根元に置かれた巨大な門を通り抜けながら、フレスは感嘆の声を漏らした。
「俺達は今日、第三種規制書物を閲覧する。その光景は、ここ以上に凄いぞ」
「第三種かぁ。そう言えばレイアさんは第一種なんだよね。どんな本があるんだろう?」
「さてな。第一種に関しては閲覧後も口外しないという誓約書を書かされるほどだからな。正直閲覧室にどんな書物があるか、俺も全然知らないんだよ」
「ちょっと興味あるね」
「だな。だが閲覧には一年以上前からの申請がいる。正直来年の計画なんて立てることなど出来ないし、そこまでの手間を考えたら閲覧しようとは思わないな」
「ううう、そこまで言われたら見てみたくなっちゃうよ……!」
第一種閲覧規制書物にはどんなものがあるのだろうか。
――二人は、このしばらく後に、嫌でも知ることになる。




