一目惚れ
「その後は、どうなったの……?」
「奴らは本当に汚らわしい連中でさ。父のことだ、娘に傷つけるなと命令していたはずだったのに、構わず私に拳を叩きこんできた。顔以外の見えない部分なら問題ないなんて考えたんだろうね」
「酷い奴らだ……!!」
「本当にね。でも、あの時ほど恐怖を覚えたことはなかったよ。どうせ死ぬことはないってタカを括っていたけれど、実際に殴られた後は、心底死を覚悟したよ。そして死よりも先に訪れる貞操の危機に、身体の震えが止まらなかった」
貧困都市リグラスラムに住み着く下種な輩に囲まれているのだ。
連中に理性など皆無。あるのは己の欲のみ。
例え幼い子供が相手とはいえ、彼らにとっては格好の欲望の捌け口となりえる。
「実際に手を出されかけたよ。今思い出すだけでもゾッとする。あの汚らしい手が、私の肩を押さえつけて、無理やり服を脱がそうとして……。怖くて、逃げるように目を瞑った。でも次に目を開けた時、目の前にいたのは下種な連中なんかじゃなかった。本当に格好いい、一人の男の子がいたんだよ」
「それって、もしかして……!」
「察しの通りさ。幼い頃のウェイルだよ」
改めてテメレイアは、眠りこけるウェイルを見つめた。
「ウェイルが、助けてくれたの……?」
「そうさ。ウェイルだって幼かったのに、七人を相手に立ち向かっていったんだ。名前も知らない私を守るためだけにね。ウェイルはあの頃から強かったよ。彼もまた天才に違いない。その場所の地形や特性をうまく使い、腰に差したナイフだけで七人全員を倒したんだよ」
「ウェイルが!? 七人も!?」
「そんなに驚くことかい? 最近のウェイルの名声はアレクアテナ大陸中に轟いているよ。その実力は今も昔も変わらない」
テメレイアは、ウェイルなら当然というが、フレスにとっては意外であった。
確かにウェイルは強い。飛びぬけた知識もあるし、腕っぷしだって弱くない。
それはフレスとて認めることだ。
ウェイルはいつもいつも無駄な正義感から厄介事に首を突っ込み、そして危ない目に遭う。
フレスと出会ってからはそれが顕著であると言わざるを得ない。
特にクルパーカー戦争など、普通の人間同士の戦争ではないレベルの事件にまで首を突っ込んでいる。
そんな厄介事に介入して無事に帰ってくるのだから強いのだろう。
しかし、フレスにとってウェイルは、守るべき存在なのだ。
自分が龍であるから、ウェイルよりも強大な力を持っているからだとか、確かにそういう理由もなくはない。
だがそれ以上に、フレスはウェイルのことを慕う一人の『人間』として彼を守ってきたつもりでいたのだ。
フレスから見れば、か弱い存在であるウェイルが、テメレイアを強敵から守れるほど強いというのは、あまりにも想像しづらい光景なのである。
(ナイフってのは『氷龍王の牙』だよね。ウェイル、あの頃から持っていたんだ)
「ウェイルは身体をボロボロにしながらも、私を助けてくれた。連中を倒した後、本当は倒れてしまいたかったのかも知れない。でも、ウェイルは踏ん張って、腰の抜けた私に無事かと声を掛けてくれた」
「……かっこいいね……、ボクの師匠は……!」
「そうさ。君の師匠は幼い頃から最高に格好良かったのさ。一瞬で私の心は彼に奪われたよ。一目惚れってやつだね」
テメレイアの心境は痛いほどよく判る。
もしフレスが人間で、か弱い立場に立っていたのなら、フレスだってそうなっているかも知れない。
もっとも、か弱い立場になどなったことのない時点で、フレスにとっては憶測に過ぎないのだが。
「ウェイルはそのまま名も告げずに去ろうとしたみたいだけど、そこへ彼の師匠らしき人が来てね。その人が彼をウェイルと呼んでいたんだ。聞けばウェイルは「鑑定をしよう」と言っていたんだ。それを聞いて私の人生も決まったのさ。私も鑑定士を目指そうって。そしたらいつか、彼に出会う日が来るのではないかってね」
「レイアさんが鑑定士になった理由って、ウェイルだったんだ」
「そうさ。ウェイルがいなかったら、プロ鑑定士にはなっていなかっただろうね」
「ウェイルとはいつ再会したの?」
「プロ鑑定士試験の時さ。最初彼の姿を見たとき、思わず我が目を疑ったよ。幼い頃に恋をし、それ以降もずっと恋焦がれていた相手が、当時の面影そのまま残して試験会場にいたのだから。神という存在は全く信じていないのだけれど、この時ばかりは奇跡に感謝したものさ」
「だから嬉しさのあまり、思わずちょっかいを出してしまった、と」
「まさにその通りさ。ウェイルは格好良くなっていたけど、それと同時に可愛くもあったのさ。プロ鑑定士としての才能はバッチリあったけど、経済に関しては素人なところも多々あってね。教えてあげるついでにちょっかいを出してしまったよ。私にとって試験はウェイルと会うためだけに受けたようなものでね。ウェイルと二人っきりになりたかったから、思わず他の受検者達を邪魔して落としちゃったよ」
「……他の受検者、可哀そう……」
自分も受検者の立場ゆえ、当時の受検者には同情してしまう。
「でもね、これが笑える話で、さっさと私とウェイル以外を落としてしまったものだから、想定より遥かに早く試験が終わっちゃってさ。せっかく二人きりになろうと思っていたのに、ウェイルはすぐに帰ってしまったんだよ。まあプロ鑑定士協会に所属している以上、度々会うことはあったけどね。今日ほどゆっくりウェイルと過ごすことは初めてかな。おかげで私、今かなりドキドキしているよ。フレスちゃんがいてくれて良かった」
「良かった? ボクがいて?」
フレスだって女の子。
テメレイアの乙女心は、よく判るつもり。
でもおかしいことに、テメレイアはフレスがいてくれて良かったと言う。
好きな人と二人きりの方が、嬉しいに決まっているのに。
「……どして? ボク、邪魔になってないの?」
「もし私一人だったら、間違いなくウェイルを襲っているからね」
「襲う?」
テメレイアは恥ずかしそうに答えていたが、フレスにはその意味がいまいちピンと来ていない。
「恥ずかしい話、我慢できそうになくてね。実は君とウェイルを私の部屋に泊めることにしたのも、最初はそうするつもりでいたからなのさ」
「レイアさんって、ウェイルに恨みもあるの!? 殺しちゃダメだよ!!」
「殺す? いや、そういう意味じゃなくて……」
至極大真面目にフレスがそう返してきたものだから、テメレイアも笑いを堪えきれなかったようで。
「アハハハ!! なるほど、そうだね。フレスちゃんには少し難しかったかな。大丈夫。私がウェイルを殺すわけがないよ」
「でも襲うって!」
「物の例えさ。もっとも、何を例えていたのかは君への宿題にしよう。ゆっくり勉強してくるがいいさ」
頭の上に?マークを浮かべるフレスの姿に、テメレイアは頷いて何やら納得していた。
「こりゃウェイルもほっとけないわけだ」
「うう、よく判らない……」
それから少しばかりウェイル談話に花を咲かせた後、これ以上は次の日に差支えるということで就寝することにした。
大きく欠伸をしたフレスは、当然のようにウェイルの隣を陣取ると、スヤスヤと眠り始めた。
「フレスちゃんが羨ましいよ。純粋って、いいものだね」
一人ベッドに横たわるテメレイアは、二人の可愛い寝息を子守唄にしながら、眠りにつくことにしたのだった。




