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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第三部 第九章 図書館都市シルヴァン編 『親友テメレイアとシルヴァニア・ライブラリー』
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教会戦争と神器暴走

「ラルガ教会の信徒が、すでに三十人以上も犠牲になっている、か」

「お相手は『医療都市ソクソマハーツ』に本部を置く『アルカディアル教会』。なかなかに胡散臭くて有名な教会さ」

「被害者はラルガ教会本部がある『鉱山都市アルクエティアマイン』で見つかったのか?」

「いや、それがどうもそうじゃないみたいで」

「とすると……まさかとは思うが」

「そのまさかさ。教会争いといったら、あそこしかないでしょ」

「またサスデルセルで事件があったのか」

「誰かさんのおかげで、サスデルセルではラルガ教会の影響力はほとんど皆無に等しいからね。全く、いい仕事してくれるよ」


 すまし顔でこちらを見てくるテメレイア。

 これは全てを知っている顔だ。


「……言い方に棘がありすぎるぞ。そもそもどうして俺がサスデルセルで何かしでかしたと知っている?」

「プロ鑑定士の情報網の広さは君だってよく知っているはずさ。カネ(・・)コネ(・・)さえあれば、手に入らない情報はないよ」

「さらっと怖いこと抜かしやがって。まあいい、話を戻すぞ」

「アルカディアル教会は、色々と一風変わっていてね。今時珍しい排他的な思想を持っているのは知っているだろ?」

「他の教会は一切認めない、やけに頑なな思想だったな。おかげでサスデルセルに教会を設置できなかったと聞いたことがある」

「それだけじゃないのが凄いところでね。アルカディアル教会は、公式に召喚術と神器の利用を推進している」

「神器に関しては他もやっていることだがな。召喚術にまで手を染めるとは珍しい」

「教会のエンブレムには龍がいるくらいだからね。アルカディアル教会はドラゴンの存在に関しても寛容的なんだ。むしろ崇めているほどさ。もしかしたら本当に龍を召喚しているのかも。でも、まあ龍は伝説の存在だからね。クルパーカーでは屍龍(ドラゴン・ゾンビ)が現れたと聞くから、存在自体はするんだろうけど、そう易々と召喚できる相手ではないだろうさ」

「……そ、そうかもな……」


 龍やドラゴンと聞いて、ウェイルは冷や汗をかかざるを得ない。

 テメレイアは冗談で言ったのかも知れないが、龍は実際に実在する。

 目の前で幸せそうに眠るフレスを見て、テメレイアの持っている龍に対しての印象が崩れてしまわないか不安で仕方ない。


「僕が思うに、ラルガ教会とアルカディアル教会の大規模な衝突は必ず起きるよ。すでにアルクエティアマインとソクソマハーツの都市交は完全に断絶状態にあるし、信者同士の小さな争いは耐えないと聞く。サスデルセルの事件を見ても、ラルガ教会だけ意図的に狙われているしね」

「どうしてラルガ教会なんだろうか」

「ウェイルはあまり教会に興味ないから知らないのだろうけど、元々ラルガ教会とアルカディアル教会の仲は険悪だったのさ。ラルガ教会の禁忌は、アルカディアル教会では推進されているほど思想が正反対だからね。召喚術や龍に関してもそうだし。そして何より大きいのが以前あった教会戦争かな」

「おいおい、流石の俺でも教会戦争くらいは知っている。妹弟子が出来たのもそれが理由だしな。あの戦争はラルガ教会を主体とした派閥とアルカディアル教会を主体とした派閥が戦争を起こしたんだったな」

「その通りさ。あの戦争がどれほどの規模だったのか、ウェイルだって知っているだろう。停戦協定こそ結ばれたものの、未だ事態は険悪なんだよ。そのくすぶり続けてきた関係が、ついに決壊しただけなのさ」


 テメレイアは更なる資料を取り出した。

 それは丁寧に作られたファイルで、中には新聞の切り抜きがいくつも保存されてあった。


「いわゆるスクラップブックって奴か」

「そうさ。見てみるかい?」


 テメレイアから受け取ったスクラップブック。

 それはとても丁寧に整理されていて、テメレイアの几帳面さが一目で判る。


「教会関係のスクラップが多いな」

「そりゃラルガとアルカディアルを中心に集めているからね。でも僕が本当に注目しているのは、この記事なんだよ」


 テメレイアの指差したスクラップ。

 そこにはウェイルには入ってきていない情報が纏められていた。


「大陸各地で神器が暴走している……?」

「そうさ。あまり表沙汰にされてはいないけど、最近大陸各地で神器の暴走事件が勃発している。武器系神器の魔力暴走によって、死傷者も多数報告されているよ」

「原因は判っているのか?」

「神器について、ウェイルは詳しいかい?」

「さほど詳しくはないな」

「それが答えだよ。この大陸で神器に詳しい人間なんていやしない。神器鑑定士達は、どこからか神器に過剰に魔力が注ぎ込まれ、それを制御できずに暴発したという結果を公表していたけど、それすらも当てにはできないよ。何せ神器の構造の大半が、人間の理解や常識を超えているのだから」


 テメレイアの言う事はもっともだった。

 神器というものは、その原理・構造、元よりその存在理由自体明らかになっていないのだ。

 一説によれば、芸術の神アテナがこの世に忘れていった遺産だとか、太古に存在したドラゴンが、神々から盗んできたものだとか言われているが、結局それすら神話に過ぎない。

 後者の方なんて、フレスが泥棒をしてくるなど想像もつかない。

 もっとも、ウェイルとてフレスの過去を全て知っているわけではないから何とも言えないのだが。


「ウェイル。僕はね、教会戦争よりもこの神器暴走事件こそが今大陸を脅かす最も危険な懸念事項だと思っているのだよ」

「被害者も出ているようだしな」

「それこそまだ数人程度だけどね。これがまだ小規模な神器だからこの程度で収まっている。でもアレクアテナ大陸には、自然環境の根本を支えている神器だってあるんだよ。これから向かうシルヴァンだって、過ごしやすい気候をもたらすために巨大な神器を用いている。もしそれが暴走すると考えなよ。大変なことになる」

「確かにな。プロ鑑定士協会本部のあらゆる設備にも神器の技術が使われている。暴走など起きようものなら大陸の市場がストップするだろうな」

「競売禁止措置以上に酷いことになるだろうね。そう考えれば、この問題の大きさが理解してもらえたと思う」

「だが、どう対策を打てばいいんだ? 神器の事だ。分からないことが多すぎる」

「僕がシルヴァンに向かう理由の一つに、それも含まれているんだ。あの図書館でなら何か分かるかもしれないだろう?」

「そうだな」


 シルヴァニア・ライブラリーの蔵書には、神器について記述のなされた書物が多く存在する。

 あそこの知識を用いれば、対策を講じる事は可能かも知れない。


「流石テメレイア。色々と手回しが早いんだな。鑑定士の鏡だ」

「よしてくれ。僕だって、基本的には利益になることしか考えていないんだから。今回のことも自分の利益になりそうだと思ったから調査に乗り出したまでだよ。それに、シルヴァニア・ライブラリーにはもう一つ用がある」

「それは金儲けに関することか?」

「勿論さ」


 そこまで話すと、辛気臭い話はこれで終わりだと言わんばかりに二人は笑った。

 ウェイルにとっては初耳なこともある。

 神器の暴走は、確かに危険な事件だ。

 もしかしたらプロ鑑定士協会が総力をあげて対策に乗り出さねばならないかも知れない。


 ――教会戦争と神器暴走。


 未だ漠然とした捉えきれない懸念事項は、これから少しずつ悪い方向に進展することになる。

 この時はまだ、これから迎える大陸の危機と巨大な陰謀に、誰一人気づいていた者はいなかったのだった。

 夜の汽車は走り続ける。

 ウェイル達を乗せて、行き先は厄介事ばかりの未来へ。


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