贋作士組織『不完全』
「この子の正体が龍だって……? とても信じられん……!!」
「だろうな。俺だって昨日は信じられなかった」
昨日の出来事を全て打ち明けると、ルークは驚愕しすぎて唖然としていた。
「本当の本当に龍なのか!? この子が!? こんな幼稚な姿をしているのに!? 信じられるわけがないだろう!?」
「あ、あの~、結構ボクに失礼なこと言ってるよね」
「だって、そうだろ!? あまりにも俺の思い描いていた龍のイメージとかけ離れている!! ほとんど詐欺だ!?」
「だが現実だ」
「この人達、すっごく失礼なこと言っちゃってるよ!? ボク、目の前にいるんだけど!? 結構ショックだよ!?」
「二人共、いい加減ラルガポットの話に戻るぞ」
「それをボクに言うの!? 全部二人のせいでしょ!?」
「ウェイルよ。つまりここにあるラルガポットは全て贋作ということになるんだな?」
「あれれ!? ルークさんまでボクを無視!?」
実に頭の切り替えの早いウェイルとルークである。
「フレスが鑑定したのは一個だけだが、これだけ数があって、この一個だけが贋作だなんて考えられん。全部贋作と見るべきだ。材質はおそらく腐銀だ。腐銀なら磨けば見た目や重さはほとんど真銀と変わらない」
――腐銀とは、文字通り銀が朽ち果て腐敗したものをいい、通常の銀とは違う性質を持つ。
酸化した銀とも全く異なる物質であり、銀が腐銀に至った場合、錬金術を駆使しても元に戻らないといわれている。
錬金都市『サバティエル』にて、腐銀を銀へ戻す研究がされていたが、十数年に渡る研究の結果、実現は不可能だとして匙が投げられたほどだ。
腐銀自体は、割とどこにでも存在する。
それこそ道に落ちている石の中にすら含まれている。
「材料が腐銀ってことは神獣が絡んでいるか。ますます奴らっぽいし、厄介だな」
腐銀の絶対量は非常に多いのだが、それを抽出・精製する技術が非常に特殊で難儀するのだ。
通常の錬金術でも石ころから腐銀を抽出することは可能だが、費用対効果を考えると、効率がよろしいとはとても言えない。
そこで最も効率良く精製出来る方法として、神獣や魔獣の力を借りることがある。
特にライオンとデーモンのキメラのような魔獣『ダイダロス』の胃液は、腐銀以外の物質を溶解する性質を持っているため、胃液を石に掛けるだけで簡単に腐銀が精製でき、工芸家の間ではよく利用されている。
もっとも、非常に凶暴な性格である『ダイダロス』を制御することが出来ず、悲惨な事故が起こることも少なくは無い。
「ねぇ、ウェイル。ボクより先にウェイルは贋作だって確信してたけど、あれは何だったの?」
「ああ、説明しようか。フレスは俺の想像を超える見事な鑑定を見せてくれたが、実はもっと簡単な方法があった。こいつでここを見てみろ」
ウェイルは『氷石鏡』をフレスに手渡す。
「う~ん? ……お! 何か変なマークがあるよ!!」
「見つけたか。それが贋作である証拠だ」
大きな円の中に、小さな五つの円が重なるよう配置され、その中心に龍の絵が描かれている紋章。
――贋作組織『不完全』の紋章である。
この組織についての、詳しい情報は少ない。
ただ欲しいものがあれば、どのような手段を用いてでも手に入れようとする、非常に危険な組織であり、プロ鑑定士にとって――そしてウェイル個人として――最大の宿敵である。
「ねぇ、ウェイル。どうして贋作を作っているのに、わざわざマークを入れているの? これなら贋作だってすぐ判るじゃない」
「『不完全』は贋作を製作する際、絶対に完璧な贋作を作らない。どこかに必ずマークを入れて、その贋作を不完全にしているんだ。贋作だと見抜かれたのならば、それはそれで構わない。それが奴らのやり方だ」
「なんだか変な組織なんだねぇ」
限りなく『完全』に近い『不完全』なものを作り出す。
それが奴らの美学なのである。
贋作士の癖に、ある意味オリジナルに対して敬意を持っているとも言える。
フレスの言う通り変な組織だ。
「どうする? ルーク」
「どうするも何も……。こいつが贋作と証明された以上、オークションに出品する訳にはいかない。……畜生! まんまと騙された!!」
「贋作と知っていて、それを本物と称して競売に掛けることは犯罪だ。競売を中止するしかない」
「だが、こいつの競売が中止だなんてことになると、ラルガ教会は俺達にどんな圧力を掛けてくるか判らない!! 下手をすればこのオークションハウス自体を潰しに掛かってくる!」
ルークの懸念は、このまま競売を中止すれば、十中八九、現実のものになるだろう。
ラルガ教会の権力は、悪魔の噂の影響で非常に大きくなった。
この都市のルールとして、教会間での争い事は禁止になっているが、それ以外の組織や法人との争いごとについては、なんら決まりはない。
勢力の増したラルガ教会に逆らうと、どのような横暴な手段に出てくるか判らない。
ましてや彼らの背後には『不完全』まで潜んでいるとなると、無傷では済まないということは火を見るより明らかだ。
その矛先は、オークションハウスのオーナーであるルークと、そして贋作を暴いたウェイルに向けられるはずだ。
「何かラルガ教会に不都合なことがあれば、恐らく奴らはこのオークションハウスは贋作のラルガポットを出品していたという噂を流す気だ。オークションハウスを潰すには、信用をズタズタにするのが最も手っ取り早い方法だからな」
ラルガ教会は、言うなればオークションハウスを人質にしているようなものだ。
直接的な圧力と、信頼を落とす噂によって、二重の口封じを仕掛けている。
もしルークが今日の競売を開催しなかった場合、奴らは容赦なく叩き潰してくるだろう。
「ウェイル、俺はどうしたらいいんだ!?」
ルークは頭を抱えていた。
ルークがどれだけ苦労してこのオークションハウスを経営しているのか、ウェイルは僅かしか知らない。
だが少なくとも簡単な道でなかったことだけは判る。
アレクアテナ大陸各地で新しいオークションハウスが出てくる中、厳しい競争に生き残り、利益を上げ続けるのは、並大抵の努力では出来ない。
このオークションハウスは、まさにルークの人生そのものなのだ。
それを理解しているからこそ、ウェイルは冷静にこう答えた。
「――競売は中止だ。ラルガポットも全て返品しろ」
「しかし、そんなことをしたら教会からの圧力が……!」
「心配するな。ラルガ教会は贋作を売り捌いていたんだ。これは当然犯罪だ。ルークは奴らに利用された、いわば詐欺の被害者だ。鑑定士の俺が、贋作絡みの詐欺事件を見逃すはずがないだろ? しかも久しぶりに『不完全』に繋がりそうな事件に出くわしたんだ。絶対に奴らの尻尾を掴む」
ウェイルは努めて冷静を装ったが、内心はとても穏やかではいられなかった。
正直な話、『不完全』に関する情報が得られるなら、ラルガ教会のことなど、全てオマケとまで考えている。
「だから競売は中止にしろ。後は俺達が何とかするさ」
「ん?」
俺達という言葉にフレスが反応した。
「ボクも尻尾、掴みに行ってもいいの?」
「当たり前だ。お前は俺の弟子だろ?」
フレスの遠慮がちなセリフに、ウェイルは躊躇いなく答えた。
その言葉に、フレスは目をキラキラと輝かせて頷く。
「よーし、贋作を売った奴らを、ぶっとばしにいくぞー!!」
「――ああ、ぶっとばしにいくぞ!」
フレスが可愛らしく天井に向かって拳を上げる。
ウェイルが贋作士を摘発・逮捕することは多々あることだ。
そしてそれは大抵の場合戦闘になるため、多少なりとも緊張するものだ。
しかしフレスと一緒にいると、不思議とその緊張を感じない。
フレスの龍としての能力を知っている安心感か、それとも――
――『不完全』に対する憎悪が強すぎるだけなのか。
「よろしくな、相棒」
「うん!」
無意識の内にそう呟き、フレスも返したのだった。




