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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第一部 第一章 教会都市サスデルセル編 『龍の少女と悪魔の噂』
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治安局員、ステイリィ

「仕事で教会都市に来るのは三年ぶりだな」


 そうしみじみと語るウェイルの肩には、先程の事件で気絶させて拘束した大男の姿があった。

 そのあまりにも異様な光景は、周囲の奇異な視線を集めていたものの、ウェイルはそんなことを一切お構いなしに駅のホームへ降り立つ。


「どのようなお仕事なのですか?」


 尋ねてきたのは、先程の事件の被害者である白髪の優男。


「俺は鑑定士だからな。当然出張鑑定だよ。ああ、今はこいつを治安局に引き渡すことが仕事かな?」

「フフ、確かにそうですね」


 上品に笑うその男は、見たところ年齢はウェイルより少し若いくらいだろうか。

 およそ二十代前半に見える。

 物腰は低く、言葉遣いも丁寧かつ穏やかで、育ちの良さを感じさせる。見るからに好青年といった印象だった。

 だからこそ詐欺師にとっては、絶好の獲物に見えたのだろう。

 サスデルセルに到着するまでの間、彼は大いに会話を弾ませてくれた。


「お前さんもサスデルセルで仕事か?」

「はい。私は次の競売に出品する商品を納品していただきに来たのです。本来、納品と言えば相手側が商品を送ってくれるはずなんですが、今回は相手が相手ですので……」


 少し困った顔で苦笑する優男。

 その態度で、彼の取引相手が一体誰か、おおよその見当がついた。


「取引相手は教会か」

「その通りです。よく判りましたね」


 殿様商売の典型である教会。

 彼らとの取引は多大な利益を生み出すが、その分気を回さねばならないことが非常に多い。

 一度でも教会側の機嫌を損ねれば、後々の取引が非常に厄介になるからだ。


「大した推理でもないさ。サスデルセルで仕事っていえば、大半は教会相手の商売だからな」

「確かに、それもそうですね」

「俺も以前、教会と取引したことがある。実は今回の出張鑑定も、この都市にあるラルガ教会からの依頼なんだ」

「え? ラルガ教会ですか? 奇遇ですね。私の取引相手もラルガ教会なのです」

「ほう、面白い偶然もあるものだ」

「本当ですよ。驚きました」


 そんな雑談をしていると、こちらに向かって治安局の人間がやってきた。


 ――治安局。

 それはアレクアテナ大陸における最大の警察組織のことで、数多くの都市を管轄としている。

 白を基調とし、ワンポイントで金と黒の刺繍を施してある、少し堅苦しい雰囲気を放つロングコート。

 このコートこそ、治安局員であるという証である。

 ウェイルは汽車の中から、通信用神器『電信』を用いて、治安局に通報していたのだ。


「お疲れ様です、ウェイルさん! それと、お久しぶりです!! ここであったが三年目です!」


 妙な挨拶をしながらやってきたのは、灰色髪のセミロングが目を惹く、小柄な女性治安局員だった。

 彼女の名前は、ステイリィ・ルーガル。

 治安局サスデルセル支部に所属しており、ウェイルとは昔からの顔なじみ――もとい腐れ縁である。


「なんだ、ステイリィか。言葉の使い方を間違ってるぞ」

「なんだとはなんです!? 三年ぶりの再会だってのに!」

「確かにサスデルセルで会うのは三年ぶりだが、お前とは他都市で何度も顔を合わせているだろ」


 ステイリィが現れたとあって、ウェイルはゲンナリと疲れた顔を浮かべた。

 その理由は、ステイリィという人間の性格にある。


「ウェイルさんはもっと嬉しがった方がいいですよ! 貴方の可憐なワイフであり、器量も要領もいい最高のお嫁さんであるステイリィちゃんが、わざわざ出迎えてくれたんですよ!?」

「お前はいつ見ても幸せそうだな」

「ウェイルさんが私のものになってくれるなら、もっと幸せになれますけど?」

「皮肉すら通じないのか。もう黙ってろ」


 黙っていれば本人の言うように可愛らしく美人なのだが、性格に少々(どころではなく)難があり、そのせいで色々と損をしている。

 本人が全く気づいていないのが、これまた難儀なところだ。


「まさか、お前一人で来たのか?」

「モチロンですよ!」

「危ない奴だ。いい加減ペアでの行動を覚えろよ」

「私の隣は、いつだってウェイルさんだけの場所ですから……ウフフ」

「気持ちの悪い笑い方してないで、さっさとこいつを連れていけ」


 肩から降ろした容疑者を、ステイリィに預ける。

 大きな容疑者に小さな局員と、実にアンバランスだ。


「……んん!? これは鷲の刺青!? もしかして現在手配中の詐欺グループの一員ではないですか!?」

「ああ、そうだ。とっとと連行してくれ」

「こんな凶悪犯、よくもまあ簡単に捕まえなさること」

「詐欺師の摘発も俺の職務の内だからな。詐欺師には慣れているだけさ」

「くーっ! さすが私の未来の夫! 私の昇進の為に、ひと肌脱いだってわけですね!」

「誰が夫だ、誰が」

「お手柄ゲーット!! これでまた支部長への道が近づきましたよ~! 旦那様最高!」

「誰が旦那だ、誰が」


 本来、犯人の連行は最低でも二人で行うことが決まりなのだが、ステイリィは常に単独で行動している。

 理由は手柄を独り占めするためと、あまりにも他人との協調が取れないためだ。

 強すぎる出世欲に忠実なのか、自分勝手なだけか。


(両方だろうな……)


 ステイリィは、久しぶりの再会と手柄を手に入れたことに、犯人そっちのけで喜んでいた。


「おい、ステイリィ。あんまりはしゃぐな。また三年前のような事はまっぴらごめんだぞ?」


 ステイリィはこんな性格であるが故、時々――よりは高い頻度で――凡ミスをする。

 三年前、ステイリィは拘束中の犯人を逃がしてしまい、慌てふためいていたところをウェイルに助けられたことがある。

 もしあの時、ウェイルが犯人を捕まえていなければ、今頃はこの白いローブを着ていることもなかっただろう。

 その事件以降、ウェイルは何かとステイリィに好意を寄せられるようになってしまったわけだ。

 治安局員の単独行動の危険性について何度も説いているわけだ、今も尚単独行動しているところを見るに、その説教もあまり意味はなかったらしい。

 天真爛漫。自己中心。

 それがステイリィという女である。


「大丈夫ですよ! 不肖ステイリィ、二度とウェイルさんに迷惑は掛けません! それではそろそろ犯人を連行しますので! こら、詐欺男! さっさとついてこい! ウェイルさん。また後でお会いしましょう! ヤンクの酒場でいいですよね?」

「ああ。お前は別に来なくてもいいぞ」

「職務を放棄してでも行きますよ! それでは失礼! おら、早く歩け!」


 ずびしっと、再度敬礼をしつつ、拘束した大男をガシガシと蹴りまくるステイリィ。

 前回会った時とおおよそ変わっていない大きな態度と小さな胸に、妙な不安と安心を覚えつつ、ステイリィを見送った。


「さっさと歩かんかい! ……って、うわーっ! そんなに早く歩くな~!」


(……ありゃ駄目だ……)


 ウェイルの心配を余所に、騒ぎを起こしながら治安局支部へと戻るステイリィ。

 凶悪な犯人を連行しているという緊張感が全くの皆無であった。


「治安局に無事に引き渡せて良かったです」

「いや、果たしてあれを無事と言えるかどうか……。とりあえず一件落着でいいだろう。……いいよな?」


 思わず疑問形で訊ね返してしまったウェイルであった。

 ステイリィの声も聞こえなくなったところで、二人は揃って荷物を持った。


「そろそろ互いに仕事に勤しもうか。このままラルガ教会へ行くのなら一緒に行くか?」

「いえ、すみません。実は仲間と待ち合わせをしているのです。せっかくお誘い頂いたのに残念です」


 社交辞令ではなく、本当に申し訳なさそうな顔を浮かべる彼に、ウェイルも悪い気分はしなかった。


「そうか。じゃあ俺はそろそろ行くよ。そういえば名前、聞いていなかったな」

「そういえばそうですね。うっかりしていました。私はイレイズと申します。この度は本当にありがとうございました」

「礼を言われる様なことをしたつもりはない。これも俺の仕事だって、何度も言っただろ?」

「でしたね。ならまたいつかお会いできた時、何かご馳走させてください。仕事なら報酬が必要でしょう?」


 なるほど、屁理屈には屁理屈で。

 こういうやり取りは嫌いじゃない。


「判った。ならいつか報酬をいただくとするよ、イレイズ」

「はい。では私はこれで失礼いたします」

「ああ、またな」


 互いに連絡先を知っているわけではない。

 偶然乗り合わせた汽車の、偶然の出会い。

 もう二度と会うことはないだろう。


 ――それでも、だ。


 ほんの僅かでも、人間同士の繋がりを広げようとする行為は、この世界で生きていく上で最も重要な事の一つだと、ウェイルは知っている。

 いつ、どこで、誰が、どのようにして、この繋がりが影響してくるか、それは誰にも分からないのだ。

 この出会いが、後にどう結びついてくるのか。


 ――ウェイルとイレイズの長い長い因縁は、ここで静かに始まった。

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