親友、テメレイア
アレクアテナ大陸はとても広大で、都市一つ一つ移動するのに汽車でも一日以上かかることはざらである。
そのため、必然的に汽車内での生活は長くなりがちで、飽きっぽい性格のフレスにとっては苦痛な時間が必ずやってくる。
「ううううう、飽きた……」
窓辺にあごを乗せて項垂れるフレス。
旅をする度に見る光景だが、今回は少しばかり変化があった。
「そうだ! どうせ他に乗客いないし、遊んじゃおう!」
ほとんど貸切と言える汽車だ。
ウェイル達以外の乗客は、見渡す限り一人しかいない。
ならばとフレスは立ち上がり、通路の上で仁王立ちした。
「バランス取りゲームするよ!」
ガタゴトと揺れる汽車。
森を突っ切っているのだから、その揺れはいつも以上に大きい。
フレスは両手を上げて、まるでサーフィンをしているかのようにバランスを取り始めた。
「おい、迷惑になる。止めろ」
「でも! 暇なんだよ!」
「トランプでもやればいいだろう?」
「トランプも最近やりすぎて飽きちゃったの! それに汽車内で遊ぶなんて滅多に出来ないんだからさ!」
普段出来ないことをやりたくなる気持ちは理解出来なくはないが、だからといって容認することも出来るわけじゃない。
「いいからさっさと座席に座れ。迷惑になるし、何より危ないだろう!?」
先程から汽車の揺れはかなり強い。
線路が引いてあるとはいえ山道なのだ。整備だって行き届いているわけではない。
ちょっとしたはずみで転び、怪我でもされたら堪ったものではない。
「ウェイル、ボクなら大丈夫だよ! 常人よりもバランス感覚は優れているんだからさ!」
「だとしてもだ。万が一にでもお前に怪我を負わせるわけにはいかないんだよ。師匠としてな」
そんなウェイルの心配を他所に、フレスは楽しげにバランスをとっていた。
「怪我なんてしないよ! ボク、龍なんだから――って、あれれ―!?」
突如、ふわりとフレスの身体が浮く。
キキ―ッという金属音と共に、強い慣性が客席を襲った。
「う、うわぁぁぁっ!?」
「何事だ!? 緊急ブレーキ……!?」
座っているウェイルに被害はないものの、立っていたフレスは当然、慣性を直撃する羽目に。
大きな振動が車内を揺るがし、フレスは体勢を保てず車内前方へと投げ出されていた。
「うぎゃああああああ!?」
緊急停止した車内を転がるフレス。
このままでは奥の壁に身体を叩きつけられてしまうだろう。
「と、止めてー!!」
それはフレスが壁に衝突する寸前だった。
「――全く、お茶目なお弟子さんだ」
突然、すらりと伸びた白い手がフレスの服を掴んだ。
その手は優しく、そして力強くフレスを引き寄せると、その手の主はまるでクッション代わりになるように壁側へと身体を滑らせ、フレスを受け止めるように抱きしめた。
「……あれ?」
良い匂いがフレスの鼻をくすぐる。
誰なのかと顔をあげると、目の前にはとても綺麗な顔立ちをした人が立っていた。
視線が合うと、彼はニコっと笑顔を見せてくれた。
フレスは思わず照れてしまい顔を真っ赤にしてしまった。
彼の腕から解放されると同時にウェイルが駆け寄ってくる。
「おい、フレス、大丈夫か!?」
「え、あ、うん。大丈夫。この人が助けてくれたから」
「ありがとう、礼を言うよ。うちのバカ弟子を助けてくれて」
「うう……すみません」
流石にフレスも反省したのか、シュンと頭を下げていた。
「いやいや、いいんだ。僕だって彼女があんまりにも楽しそうだったから注意できなくてね。でも怪我をせずに済んでよかったよ。――ウェイル」
「……え?」
礼を述べた相手から、まさか出てくるとは思わなかった自分の名前。
聞いているだけで心が落ち着くほどの優しく透き通った声の主。
この声に、ウェイルは酷く聞き覚えがある。
「もしかして――レイアか……?」
「ああ。久しぶりだね、ウェイル」
ウェイルが思わず立ち竦んだのも無理はなかった。
何せ目の前にいたのは、ウェイルの無二の親友にして、鑑定士としての最高のライバルであったからだ。
茶色のポニーテールに、瞳の色は透き通った碧眼。
美形と表現するのにいささかの躊躇ないほど整った中性的な顔をした彼は、どこへ行っても注目の的になる。
レイアと呼ばれたこの者の本名は『テメレイア』といい、ウェイルと同じくプロ鑑定士をしている。
テメレイアはフレスの目線の高さに合わせると、にっこりと笑顔をフレスに向けた。
「君も、危ないから汽車の中では座っていようね」
「う、うん、ごめんなさい」
フレスもテメレイアの持つ穏やかさに触発されたのか。
顔も赤らめて静かに頷いていた。
「にしても驚いたよ。まさか乗っていた乗客がレイアだったなんてな」
「僕もそう思ったさ。もっとも僕は汽車に乗り込んだ時点ですぐに気づいたけどね」
「だったら声を掛けてくれれば良かったのに」
「そっちはそっちで楽しそうだったからね。敢えて声を掛けなかったのさ。気が利いているだろう?」
「あのなぁ、俺達は別にそんな関係じゃ……」
「はは、そうだね。ウェイルだもんね」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味さ」
クックと笑うテメレイア。
悔しいが、その笑う姿すら絵になる。
「さぁ、とりあえず座ろうか。お話はそれからだよ」
偶然にも再会を果たしたウェイルの親友、テメレイア。
シルヴァンへの汽車の旅は、懐かしい顔と過ごすことになったのだった。




