深紅のドレスを、貴方に。
――光陰矢の如しと言いますか、時が経つのは実に早いもので、あの忌まわしきクルパーカー戦争から、もう半年になります。
ようやくクルパーカーから逃げていた住民達も戻ってきて、作戦の囮として利用した東地区の復興も目処がつきました。
私イレイズと大切な相棒サラーの仲も相変わらずです。
先日、ついにクルパーカー王城の再建も終了し、ようやく元の生活が戻って来たと実感しております。
いずれウェイルさん達を城へお招きして、盛大に復興記念パーティを開きたいものです。
そうそう、この度我がクルパーカーが発行している貨幣『カラドナ』の紙幣と硬貨のデザインを一新することになりまして、そのモデルとしてサラーを起用することが確定いたしました。
すでに何枚か試作品をプリントしたのですが、これがなんとサラーからの評判が悪いのです。
自分の顔が硬貨になるなんて絶対に嫌だとかなんとか。
あまりにも嫌がるものですから、デザインは龍の姿のものになってしまいました。
可愛らしいサラーの顔を採用できなくて悔しい限りです。心の底から。
我々クルパーカーの民は皆、プロ鑑定士協会に対し、感謝の気持ちで一杯でございます。
この御恩を忘れることは、クルパーカーが滅び去るまで有り得ないことでしょう。
もっとも、ウェイルさんとフレスちゃんには、私個人としてもとても救われました。
それこそ感謝以外の言葉が見つからないほどに。
もし何かプロ鑑定士協会、並びにウェイルさん達個人で困ったことがあれば、お金の相談以外であれば何なりとご相談いただければと思っております。
我々の出来る限りのことをさせていただきます。お金以外は。
おっと、サラーが何か言っていますので、この電信ではこの辺にさせていただきます。
それではウェイルさんのプロ鑑定士としての更なる飛躍を願いながら、締めの言葉とさせていただきます。
――――
――
「……これでいいですかね」
私はそっと電信の送信ボタンの上に指を置く。
電信は便利だ。手紙と違ってすぐに情報を送信できる。
しかし、私は手紙の方が好きだ。
丹精込めて気持ちを伝えることが出来る手紙は、送る側も貰う側も、とても気持ちが良いと思うからだ。
もっとも、最近は忙しくて手紙を書く時間がなく、電信ばかり多用してしまっているけれど。
「イレイズ! どこだ!? イレイズ!!」
「おっと、少し書き忘れが……」
「おい、イレイズ! さっさと姿を見せろ!」
「……やれやれ、お姫様の方を優先しましょうか」
送信は後回しにしましょうか。
恥ずかしげもなく私の名を連呼する、大切な相棒の元へと向かうことにしたのでした。
――●○●○●○――
「イレイズ!! これは一体どういうことだ!?」
下着姿で怒り狂うサラーの姿はとても刺激的でしたが、そんなことを口に出せば、サラーはさらに刺激的になってしまいそうです。
「どういうことだ、とは一体どういうことでしょう?」
「質問を質問で返すな!!」
サラーの怒りの矛先は――なるほど、服ですか。
「私の服をどこへやった!?」
「サラーの服ですか? ああ、洗っておきましたよ? それが何か?」
「それが何か、じゃないだろ!? なんなんだ、あの服!?」
「あの服が何かありましたか?」
「だから質問を質問で返すな!?」
サラーが指さす先。
そこには私がわざわざ特注であつらえたドレスがありました。
「いつものやつと変えろ!」
「今言ったでしょう? いつものやつは洗ってしまったと」
「バカ言うな! 着替え全部洗ったわけがないだろう!」
「それが洗ってしまったんですよ。私の勘違いでね」
これも作戦の一つでした。
サラーは私からの贈り物を、そうそう簡単には受け取らない。
自分を着飾るのが苦手なサラーですから、こちらとしても作戦を練る必要があったのです。
「イレイズ! 謀ったな!?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。偶然です」
サラーに贈るドレス。
それはサラーの炎をイメージした、深紅のドレス。
バッサリと開いたスリットからは、幼いながらも健康的な足を見せてくれるはずでしょう。
胸元に描かれた龍は、もちろんサラーをイメージしたもの。
サラーが着れば、さぞ可愛らしい、そして美しいドレスに違いありません。
「わ、私はこんなもの着ないぞ!?」
「それは困りますよ。何せ他に服がないのですから」
「だったら別にいい!! 下着だってある!!」
「おや、そうですか。しかし、この後は治安局の幹部役員達との会合がありますよね? 当然サラーも出席する予定でしょう? どうするのです? まさか下着姿でってわけじゃないですよね?」
「うう……」
顔を真っ赤にして怒るサラーも、流石にこれには言葉を詰まらせたようで。
ちらちらとドレスを窺う姿も、とても愛らしいものです。
「服ならそこにあるじゃないですか」
「ううううううう……!!」
嘆かわしいことに、サラーはこういうドレスを着ることがとても苦手なのです。
ですから普段はとても地味な服ばかり。
私としても、本当ならもっと色々な服をプレゼントしたかったのですが、サラーは受け取ってはくれません。
しかし、今回に限っては私も折れるわけにはいきません。
何せ今日は特別な日。
私にとって、世界そのものが変わった日。
人生で最も絶望し、そして最も大切なものを得た日です。
「ささ、早く着てください。風邪ひきますよ?」
「うう、イレイズのバカ……!!」
渋々と言った様子でドレスを手にするサラー。
「少しどこか向いていて」
「はいはい」
着替えを見られるのが恥ずかしいのでしょうか。
今までずっと見せつけてきた下着姿の上に重ねるだけなので恥ずかしいことはないはずですが。
これが乙女心だと、納得するしかありません。
「いいぞ」
衣擦れの音も終わり、待ちに待った瞬間です。
私はゆっくりと、期待を煽りながら首を回します。
私の視界に、スラリと伸びた赤い髪が映り、そして。
「……素晴らしい」
少しばかり冗談でもと思っていたのですが、それも敵わず、即本音が飛び出てしまいました。
「よく似合ってますよ」
「う、うるさい! 仕方なく着ただけだからな!」
「そうなんですか? こんなに可愛いのにもったいないです」
「こんな派手な服、そうそう着られるか!」
私とサラーの付き合いはそこそこ長い。
だからこそ、この無愛想な龍の性格もよく理解しているつもりです。
「二度と着ないからな!」
「それは困ります。高かったんですから」
「知るか!」
なんて言いながらも、とても気に入っていることを。
「本当に似合っていますよ。私の為にもまた着てくれると嬉しいのですが」
「……考えておく」
顔を赤く染め照れるサラーは、思わず抱きしめたいほど可愛らしい。
「サラー、今日が何の日か、覚えていますか?」
「……当然だ」
私のこの問いかけで、サラーは理解してくれたようでした。
このドレスは今日という日の為だけに特注したもの。
「今日は私とイレイズが初めて出会った日だ」
「はい」
私ことイレイズと、龍の少女サラー。
私達二人の始まりの物語を、少しだけ語ってみたいと思います。




