株式総会、終幕
ついにヴェクトルビアの命運を掛けた株主総会が幕を閉じた。
その後、新リベア社の幹部連中は、全員逮捕された。
イルアリルマは自慢の聴力で、全てが終わったことを聞きとると、ステイリィを連れて株式総会会場へ乗り込んだのである。
一緒に来たステイリィはというと、落ちている大手柄に、幹部連中を嬉々として逮捕し、連行して行っていた。
その顔はもうニヤニヤのホックホクである。
「うっしゃあああああ!! これでまたも出世まちがいなーーーーーし!! いつかは総責任者になってやる!! レイリゴアめ! 首を洗って待ってろーい!!」
なんて大声で叫びながら連行する姿は、やっぱり見ていて不安だった。
サグマールの方は、事後処理もあるということで、連れてきたプロ鑑定士と共に本部へと戻っていった。
ボロボロの大ホールに残ったのはウェイル達とアムステリア、シュラディン達、そしてアレス達だ。
「しかし師匠、よくデイルーラ社が手を貸してくれたな」
「ヤンク氏に事件を話すと、すぐに協力してくれたよ」
シュラディンはリベアの子会社の株を手に入れる役目に専念するため、ギルパーニャを連れて行動に出ていたのだ。
その際、旧リベア社以上の力を持っていたデイルーラ社に交渉を持ちかけることにした。
交渉は難儀したが、幸いなことにヤンクとギルパーニャが知り合いだということで、ヤンクは現デイルーラ上層部に鶴の一声を掛けたという。
その結果デイルーラ社はリベア子会社を全て買収、株式をシュラディンに預けてくれたという。
「本当お前さんは良い知り合いを持ってるな。まさかデイルーラの会長と知り合いだなんて」
「そんなんじゃないさ。偶々立ち寄った宿のオーナーが、偶々ヤンクであっただけだ。あいつは仲の良い友人なだけだよ。デイルーラの会長だったとか当時は知らなかったし、知っていたとしても関係ないさ」
それでもウェイルは良い知り合いに恵まれている。
それは間違いないし、幸運だと思わなければならないだろう。
「ヤンクさん、凄かったんだよー? 『ヴェクトルビアに恩返しすら出来ないのか!』って、買収に渋るデイルーラ社幹部を叱りつけてね! かっこよかった!」
「ヤンクらしいといえばらしいな。今度しっかりと礼をしておくか」
「そうしておけ。さて、我々はこれからそのデイルーラ社へ事の顛末を報告しに行かなければならない。先に失礼するぞ」
「ああ。ありがとう、師匠」
「何、弟子が立派に育ってくれて嬉しい限りだ。お前さんはちゃんと事件を解決してくれた。俺は良い弟子を持ったもんだ」
「ねーねー、師匠? 私は?」
弟子と言われて黙ってはいられないのはギルパーニャ。
シュラディンの腕に抱きつき答えを待つ。
「そうさなあ。お前さんはまだまだ修行不足だな。プロ鑑定士試験をちゃんと合格したら立派だと褒めてやる」
「むむ……。いいよ、絶対に合格してやるから」
むっと頬を膨らませたギルパーニャは、シュラディンの腕から離れると、とてとてとフレスの元に駆け寄った。
「フレス。私はフレスのこと、あまり知らないんだよね。それでもさ、何かあれば相談してくれると嬉しいな。こんな私でもフレスの役に立てれば嬉しいよ」
「……うん。ありがとう、ギル。いずれは全部話すから……!!」
そう行って二人は抱きつき親愛を確かめる。
ギルパーニャの胸にフレスは鼻をうずめていた。
「ギル、プロ鑑定士試験、絶対合格しようね!」
「もちろんだよ! 合格するときは一緒だからね!」
名残惜しそうに離れた二人は、それぞれの師匠の元へ寄る。
「またリグラスラムへ遊びに行くよ」
「いつでも来い。じゃあな」
「またね、フレス、ウェイル兄!」
シュラディンとギルパーニャを見送ると、残されたのはアムステリアとアレス達。
「アレス、これからどうするんだ?」
おそらくヴェクトルビアは現在も混乱状態が続いているはずだ。
暴動は起きなかったものの、アレス王の姿を見たら再び狂気に飲まれる連中だっているかも知れない。
治安だって相当悪くなっていると聞く。
安全を考えれば、少し状況が落ち着いてから帰る方が得策だとも言える。
「すぐに帰って民に無事をアピールせんとな。それに民が荒れているからと言って逃げるようでは王は務まらんよ。ウェイル、そう心配せずとも良い。今の私にはこいつたちもいるからな」
アレスの視線の先にいるのは、目を輝かせながら神器を吟味しているステイリィと、先程目を覚ましたニーズヘッグ。
「うひょおおおお!! これなんて、200万ハクロアは下らない超レア神器だよぉ!! うひゃひゃ、大金持ち~~!! アレス様! コレクションがさらに増えましたよ~!!」
戦利品の神器を抱いて目をキラキラさせ舌なめずりするフロリア。
脳内は金貨や札束で支配されていることだろう。
「正気か? アレス。あんな危ない奴らをまた手元に置いておくなんて」
「フロリアにはまたメイドでもやってもらう。確かにあいつは危険なところもあるが、それを差し引いても面白い奴なのだ。それに多少危険な方がスリルがあって楽しめる。長い付き合いだし、なんとかなるだろう。ある意味あいつらを身近に置いて監視しておく方がいいかも知れん」
「それも一理あるが……。一都市の王がそんなのでいいのかよ……」
ウェイルが思うに、もしかしてアレスは一人の男として、フロリアに好意を寄せているのではないだろうか。
フロリアもまんざらではなさそうだ。
それどころか、今回のフロリアの働きは、完全にアレスの為だけに動いている。
むしろフロリアの方が、アレスに対して積極的かも知れない。
「また裏切られても知らないからな?」
「心配いらん。あやつには首輪でもつけておくからな。冗談ではなくて」
「そりゃいいな」
フロリアのことを語るアレスの顔は、普段とは比べ物にならないほど優しくて、ウェイルも思わずつられて笑ってしまった。
「ニーズヘッグはどうする気だ?」
フロリアはいいとして、問題はこちら。
実を言えば、ニーズヘッグには色々と聞きたいことがある。
それはウェイルもだし、フレスだって同じだろう。
「こいつも一緒に連れて帰るよ。フロリアには懐いているようだし、思うにこいつは単に純粋なだけだと思う。あまりにも純粋すぎる故に危険なんだろうがな」
アレスの見解は、ウェイルと完全に一致していた。
ニーズヘッグは純粋だ。純粋すぎると言ってもいい。そう思える節も多々見受けられる。
彼女が過去にしたことは、到底許される行為ではない。
それでもいつかは冷静に、ゆっくりと話をしてみたいとは思う。
見るとフレスがニーズヘッグの元へ寄っていた。
「……さっきはどうしてボクを庇ったの?」
「……フレス……無事だったから……よかった……」
妙に返答はズレていたが、それでもニーズヘッグの言いたいことは判る。
彼女はフレスのことを、ただただ大切に思っているだけだ。
「…………」
その言葉にフレスは沈黙してしまう。色々な感情が心中で巡っているのだろう。
肩が震えているのもそのせいだ。
「……まさか……どこか……痛めた……の……?」
「違う!」
咄嗟に叫ぶフレスに、ニーズヘッグは少し怯えた。
「お礼は、言わないからね……!!」
フレスにはそれだけ伝えるので精一杯だったのだろう。
恨む気持ちと感謝の気持ち、そして驚愕と混乱で葛藤した結果なのだ。
フレスが背を向け、ウェイルの元へ戻ろうとする。
その背中に向けて、ニーズヘッグはボソリと呟いた。
「……フレス…………ごめん……なさい……なの……」
フレスは頑なに振り向こうとはしない。
間違いなく聞こえたはずだろうが、無視を貫いた。
あまりにも幼稚な抵抗。
それでも今のフレスには最大限の抵抗だった。
「アレス、俺達に手伝えることがあったらすぐに言ってくれ。鑑定料三割引きで請け負うぞ?」
「おいおい、金をとるのか?」
「当然だ。プロ鑑定士は暇ではないのだからな」
「そうなのか? てっきりいつも引きこもって鑑定ばかりしていると思っていたが」
「まあ、そういう奴もいるな。じゃあ鑑定はそいつらに任せろよ」
「馬鹿言え、そんな信頼できん連中に頼むくらいならウェイルに任せる。三割引でな」
「はいはい」
一通り冗談を口にしあった後、ウェイルとアレスはがっちりと握手を交わした。
「また遊びに来てくれ。歓迎する」
「行かせてもらうよ。『不完全』のことで、フロリアに問い詰めたいこともある。アレス、頼むぞ」
「心配せずともよい。こやつは私自らが手綱を握っておくからな。下手な真似はさせん」
「アレス様~、行きますよ~~!! ……おっと、ニーズヘッグ、神器は落とさないでね! とても高価なんだから!」
「……あ」(ガシャン)
「言ってる傍から落とさなくてもいいじゃない!? ……まあいいや、早く龍の姿に戻って」
龍の姿に戻った紫色の神龍ニーズヘッグの背中に、アレスとフロリア(+大量の神器)が乗る。
大きな翼をはためかせ、飛行体勢に入った。
ウェイルは手を組んでアレスを見上げる。
別れに言葉はなかった。
互いにアイコンタクトだけを交わした後、龍は一気に上昇すると、翼を一度はためかせると空の彼方へと姿を消していった。
「俺達も帰りますか」
「そうだね」
「そうしましょうか」
ふとフレスの顔を見ると、やっぱりその表情は複雑そうだった。
ウェイルの視線に気づいたフレスは、一度頭を下げ、軽く顔を手で叩く。
再び顔を上げた時には、いつもの笑顔が戻っていた。
「ウェイル。今回もボク、いっぱい迷惑かけちゃったね。ごめん!」
「いいさ。弟子に迷惑を掛けられるのが師匠の役目だ」
「うん。それとありがとね。ボク、ウェイルの弟子で本当に良かったよ」
「……俺もお前が弟子で良かったよ」
この前は照れ臭くて言えなかったが、今は何故か自然に口に出ていた。
これには言った本人も照れを隠せない。
だが、そんな照れなどすぐに消え去るほどの殺気が隣から発せられていた。
「ねぇ、ウェイル?」
「な、なんでしょうか、テリアさん?」
「随分と良い仲になってきたわね? ね?」
二度目の「ね?」はフレスに向けられたもの。
二人は互いに恐怖を隠せない。
「そ、そんなことはないよ。な、フレス?」
「そ、そうだよ! ボクら、ただのお師匠様とお弟子さんの関係だから! それ以上でも以下でもないよ?」
それだけ聞くとアムステリアも満足だったのか、スッと殺気は消え去った。
「そう。なら良かった! もし変な関係とかになっていたら……」
前言撤回。殺気は消え去ったのではない。
一度消えたと思ったのは、単純にチャージ中だっただけだ。
より大きくなった殺気が二人を震え上がらせる。
(……うう、や、やっぱりテリアさん、怖いよぉ……!!)
(俺ですら怖いんだ、無理もないさ……)
殺気で足が竦みそうだ。早めに話題を変えるべきだ。
「アムステリア。その手についた血、どうにかしないと外に出たら大変なことになるぞ?」
べったりとついた返り血を指摘するウェイル。
「ああ、これね。う~ん、でもハンカチは血で汚したくないし、ドレスは論外だから拭くものがないのよね」
アムステリアは何か拭うものはないかと周囲を見渡す。
そして偶然にもフレスと視線が合ってしまった。
(……何やら嫌な予感……)
フレスの予感、それは的中することになる。
「アンタって、水を使える龍だったわね。ほら、手を洗うから水を出しなさい!」
「は、はい!」
フレスは手から水を溢れさせ、アムステリアの手にかけてやる。
「……なるほど、これはいい使い方だな」
「変な納得しないでよね!!」
フレスの魔力の便利さに、思わず納得してしまったウェイルであった。




