ニーズヘッグのあり得ない行動
その瞬間は、まさに時間が止まったかのようであった。
乾いた発砲音が鳴り響き、それと同時にニーズヘッグの身体は、ふわりと宙を舞う。
「――なっ……!?」
全員の視線が一斉に、発砲音がなった舞台上へと集まった。
そこで一同が目にしたのは、自分達に向けられた砲口の数々。
砲撃系の神器を構えた連中が、ずらりと並んでいる。
「残念。目標を外してしまいましたね」
その連中の中心に立つサバルは、ちっと舌打ちをしていた。
本来フレス目掛けて撃ちはなった魔力の弾丸は、代わりにニーズヘッグの頭部に直撃していた。
「ニーズヘッグ!?」
「……フ、フレス……だい……じょう、ぶ……?」
口から血を流しながら上目遣いに見てくるニーズヘッグの姿に、フレスは困惑する。
「な、なんで……?」
フレスは、今のニーズヘッグの取った行動を見て唖然としていた。
フレスからすれば、ニーズヘッグが身を挺して自分を守ったこの行動は、絶対にあり得ない光景であり、自分の目で見た今でも信じることが出来ずにいる。
頭部を撃たれたのにも関わらず、何故かこれまで見てきた中で一番の笑顔を見せるニーズヘッグ。
「……よかった……! ……フレス……無事……なの……」
「どう、して……?」
笑顔を見せたまま、力尽きたニーズヘッグに駆け寄ったフレス。
「ねぇ、どうして!! 答えてよ!! どうしてボクを庇ったんだ!!」
「フレス! 氷で壁を張れ! 早く!!」
「――やりなさい」
サバルの合図によって、魔力の弾丸が、雨のように撃ち込まれた。
今すぐにでも防御結界を張らねば、この場にいる全員が蜂の巣になってしまう。
神器や武器の類は持ち込むことが出来なかったため、今はフレスの魔力に頼るしかない。
「ニーズヘッグのことはフロリアがなんとかする! お前は氷で壁を!」
「……うん……!!」
フレスが掌に魔力をためて、それを天に掲げると、ウェイル達の周辺に氷のドームが張られていく。
ひとまずそこへ身を隠し、敵の砲撃が止まるのを待ち、逃げるタイミングを窺うことにした。
「この子は無事だ。気を失っているだけだろう」
ニーズヘッグはアレス王が抱えてきた。
よく見ると、すでに血は止まっているし、酷い外傷も見当たらない。衝撃によって気を失っているだけだ。
人間があの弾丸を受ければ、タダでは済まない。
流石は龍の身体だと言うべきだろう。
「どうして……」
庇われたことがショックだったのか、それとも他に思うところがあったのか。
目を瞑るニーズヘッグを見下ろすフレスの表情は見えない。
「奴め、強硬手段をとるつもりか……!!」
これまで裏方に徹してきた男、サバル。
株主総会が失敗に終わったことで、彼がとってきたのは最終手段。
サバルはウェイルを見下しながら、部下に弾幕を止めないように指示を続ける。
「私はね。たとえどんなに完璧な作戦でも、それを100%信じることは出来ない。身を守るために、常に奥の手を用意しておくのですよ。私の奥の手とは、すなわち武力行使。貴方達の持つ株式を全て焼き払わせていただきます。そうすれば相対的に我々が過半数以上を手に入れることが出来るのですから。さあ、撃ち続けなさい!!」
株式の割合で負けているのであれば、その敵の株式を減らして割合を上げればいい。
いざとなればこの作戦をとる気だったのだろう。
サバルの後ろで待機していた部下らの持つ放出系の神器が火を吹いたのだ。
ウェイルの持つ氷の剣と同様に、腕と融合する形態をとる神器のようで、戦闘用に特化した特注品に違いない。
「ウェイル、あの神器はまずいぞ。弾丸の一発一発の威力が、大型のハンマー以上の衝撃だ。見ろ、一般席はすでに大変なことに」
幸いなことに投資家連中は一目散に逃げだしていたので、被害者は出ずに済んだものの、このまま砲撃を許し続ければ、いずれは氷のドームも破壊されてしまうだろう。
「さて、一度止めてください」
フレスの精製した氷のドームが崩壊寸前なまでに破壊された頃を見計らって、サバルは砲撃を中止させた。
「そこのプロ鑑定士の方、確かウェイルさんでしたっけ? 貴方と取引をしたいのです」
「取引? おいおい、そんな危なっかしいものをこっちに向けておいて、それはないだろう。脅迫と訂正しろ」
「ええ、そう捉えていただいても構いませんよ?」
クツクツと笑うサバルの表情に、いい加減嫌気が差してくる。
どうしてこうリベアの連中は、こんな気持ちの悪い笑みを浮かべることが出来るのだろうか。
「大方、こっちの株式を差し出せとか言うんだろう?」
「その通りです。察しが早くて助かる。それを全て渡していただければ、貴方方の命までは取りません」
ウェイルは一瞬だが周囲を見渡した。
ウェイルとフレス、アレスやその他のプロ鑑定士達。
緊迫した戦闘に慣れていない鑑定士達に間には恐怖の色が広がっている。
しかし、ここにいつもの見慣れた姿がない。
(……流石としか言いようがないな。にしても行動が早すぎるだろう)
脅迫されているのにも関わらず、ウェイルに焦りはない。
一人は心強い、もう一人は抜け目ない。
そう感じさせる仲間と腹立つ存在が、この場にいないことに内心安堵していたからだ。
あの二人が何をしているか、そんなの考えるまでもない。
「さあ、こちらに株式を渡してください」
せせら笑うサバルに対し、ウェイルは努めて冷静に言い返した。
「――断るよ」




