ウェイルの提案
『――新リベアブラザーズ社を、ただちに倒産させてほしい』
ウェイルの提案は、誰もが想像の遥か上を行く衝撃的なものであった。
単刀直入。
それ以外表現の方法が見つからないほどの、これ以上ない無茶な要求である。
『ふざけるな、プロ鑑定士協会!!』
『倒産なんてされたら、我々の資産がゴミになるじゃないか!!』
『損害の責任を取れるのか!?』
当然、投資家達からは避難殺到。
倒産の提案をしたウェイルに対し、一方的な馬事雑言が乱れ飛ぶ。
『プロ鑑定士の癖して、人の財産を脅かすつもりか!?』
「人の命を脅かすつもりの癖によく言えたもんだ」
一人の投資家から飛んできた野次に対し、ウェイルは冷たく言い返した。
「あんたら、本当にその資料を読んだのか? それを読んだ上で、本当に新リベア体制に賛成するんだろうな? 人の命を奪う覚悟があるということだな?」
その言葉に、騒いでいた投資家達も幾ばくか静かになった。
彼らだって、当然その一文は目に入れている。当然誰もが手放しに喜べる事案じゃないことは判っているからだ。
「あんたらがそうやって利益ばかり追い求めるのは、別に悪いことじゃない。投資家なら当然、資金を増やすことを一番に考える。だが、そのために人を殺せるというのか?」
――人を殺す。
「自分とは一切かかわりのない名も知らぬ人間が死ぬ」ではなく「人を殺す」と言い換えると、皆一斉に口を閉ざした。
リベアのやろうとしていることは殺人だと、単刀直入に言い切ってやることで、事の重大さが判りやすくなったからだ。
「己が利益の為なら人をも殺す。それじゃ犯罪者と何ら変わりはない。俺はアレス王に死んで欲しくはない。それにあんたらの持っている株式など大した数じゃないだろう。30%も持っている俺達の方が、遥かに大きい損失が出る。だがその損失を考えてでも、俺達は王の命を守りたいと思っている」
淡々と語るウェイルに、徐々に賛同してくる者も出てきた。
殺人を助長する行為に、少なからず拒否反応はあるようだ。
だが、目の前の儲けの方が重要だと思っている者が未だ大多数を占めているらしい。
『し、知ったことか!』
『知らん人間がどうなろうと別に構わない。金さえ稼げたらな!』
あまりにも見苦しい弁を叫ぶ投資家達。
龍のフレスすら、人間の欲深さに呆れて嘆息する始末。
「そうか。勝手にしてくれ」
ウェイルは説得を諦めた。
別に説得したところで、投資家達の持つ株式程度じゃ状況は変わらない。
だが、出来ることなら判って欲しかった。
人一人の命を、金の為に犠牲にすることの愚かさを。
「まあいいさ。とにかく提案させてもらう。新リベア社の倒産を。早く議題にあげてくれ」
「……判りました。議題にあげましょう」
メイラルドとしても30%の株を所有する株主を無下には扱えない。
株主総会の議題は、急遽新リベア社の倒産に関する議題に変更されることになる。
――●○●○●○――
プロ鑑定士協会の到着により混乱を極めた会場を鎮めるため、10分間のインターバルが持たれることとなった。
その間にメイラルドの指示によって、プロ鑑定士達の持ち物検査が行われた。
事前発表通り、株主総会には武器や神器の類を持ちこむことは禁止とされている。
その点においてはウェイル達も承知していたため、当然危険物は何一つ持ちこんではいなかった。
ジャネイル達が倒されたと聞き、メイラルドは鑑定士が武器を持っていると睨んでいたようだが、その思惑は外れた形となる。
折角の整った顔が崩れるほど、悔しそうで恨めしそうな顔を浮かべていたのは、正直笑いを堪えるのが大変だった。
「本当に危険物は何一つ持ちこんではいないのでしょうね」
改めてメイラルドが言ってくる。
「当然だ。それが株主総会のルールだからな。俺達プロ鑑定士はルールを守ることに置いてはかなり信頼があると思っているぞ。あんたらみたいに、事前発表した開始時刻をずらす様な卑劣なことはやらないさ」
「……あれは不慮の事故がありまして。発表時の広告が誤っていたんです。その後訂正の発表が出来なかったはこちらの不手際ですから、その点については全面的にこちらが悪いですね。しかし、それは我々にとっても不本意だったこと。決してわざとではありませんよ」
「そうかい。まあ、こうやって無事総会に参加できたんだ。過ぎたことは流そう。お互いにな?」
メイラルドの仕掛けた罠や作戦は、そのほとんどをプロ鑑定士協会に看破されたことになる。
この場にウェイル達が到着した時点で、その優位性は五分五分となったわけだ。
つまり、このインターバル後の論戦が、本当の戦いとなる。
「……我々も準備がありますから、失礼します」
メイラルドが舞台裏へと去っていく。
ウェイルにとって、彼女は厄介な相手には違いはないのだが、真に警戒すべき相手ではなかった。
舞台裏でこちらの様子を窺ってきているあの男、サバル。
彼こそが新リベア社のトップにして、真に警戒せねばならぬ相手。
メイラルドが去る際に、一瞬だがサバルとウェイルの視線が交差した。
(……サバルって奴、何か大仕掛けをしてくるはずだ……)
旧リベア本社倒産から新リベア設立までの流れを作ったのも、全て奴の計画だろう。
メイラルドが人の心を操ったり、情報操作をしたり等、細かい戦略に長けているとすれば、サバルは大胆な戦略に長けている。
本当の脅威は、彼が握っているはずだ。
「ねぇ、ウェイル。ちょっと……」
ちょいちょいとフレスが裾を掴んできた。
少し困ったような顔をして周りをキョロキョロしながら、ウェイルに耳打ちしたいことがあるという。
「あのね、嫌な気配がこちらに近づいてきているんだ」
「嫌な気配……?」
「……うん……。多分この気配は……」
フレスの非常に優れた聴力や察覚。
イルアリルマほどではないにしても、龍特有の気配の感じ方があるようだ。
フレスの耳打ちの内容は、とても感覚的で、尚且つ断片的な情報ばかりだったが、ウェイルはそれだけである程度の見当を付けることが出来た。
(あのバカのセリフは、こういうことだったわけか)
――大きな鐘の音が鳴り響く。インターバルの終了を告げる合図だ。
これから始まる議論の議題は、ウェイル他プロ鑑定士協会が提案した『新リベア者の倒産』について。
王都ヴェクトルビアを賭けた、論戦開始の合図でもあった。




