トラウマ
近くの建物に直撃した光弾は、大きな爆発音を轟かせ、その爆風は大部分の霧を吹き飛ばす。
「これでよく見える。さあ、そろそろ出てこい。次は本当に被害者が出るぞ」
ユーリは改めてターゲットを補足しようと周囲を見渡す。
――しかし。
「……いない……!?」
しまった、と思ったときにはすでに遅かった。
ユーリは一般人を人質に取れば、ウェイル達は必ず何かしらの抵抗を見せると踏んでいた。
しかし、結果は逃走。
「あの鑑定士、意外にも外道だな」
一般人なぞ放っておいて、保身のための逃げた。
あの鑑定士は、そんな行動を取れる人間だったのかと、ユーリは酷い勘違いをしていた。
しかし、本当のところはそうではなかった。
それはすぐに理解することになる。
「あら、貴方。また会ったわね?」
唐突に響いてきた女性の声に、ユーリの背筋と時間は凍りついた。
「なっ……、まさか……!?」
恐怖によって支配された身体は、指先一つ動かすことすらままならない。
ユーリの人生で最も恐怖すべき声。トラウマとも言える悪魔の声だ。
「ど、どこにいる!?」
「今の貴方の台詞、酷い勘違いしているわよ?」
ギギギと、油の切れた機械のように、ゆっくりと声のした方へ振り向いた。
背後にはまだ霧が残っており、その声はその中から聞こえてきた。
霧のせいで、シルエットしか見えぬものの、あの姿は間違いなくあの女。
王都ヴェクトルビアで遭遇した女鑑定士、アムステリア。
「お、お前……!! ど、どうしてここに……!?」
「そりゃ鑑定士ですもの。貴方達の株主総会に参加しに来たに決まっているでしょう? そうそう、貴方のお仲間のゴッツイ男。あまりにも不快な顔をしてたから、ちょっと顔面を整形してあげたわ? 今頃は嬉しくて昇天しているんじゃないかしら」
「ジャネイルをやったのか……!!」
自分よりも戦闘力の高いジャネイルが、いとも簡単に屠られた。
――敵わない。
そう思ってはいるが、逃げることは敵わない。
この女が逃がしてくれるはずもないからだ。
「貴方さ。今ウェイルのことを一般人を犠牲して会場入りしようとした、へたれ外道だと思ったんでしょ?」
ユーリは、確かにウェイルのことを卑怯者だと思った。
一般市民を人質に取るという、自分の所業を棚に上げながら。
「それは酷い勘違いよ。ウェイルは気づいたのよ。自分なんていなくても、一般人には被害を一切出さずに貴方をぶっ倒せる方法があるってね」
ユーリだって、それは嫌というほど気づかされた。
シルエットだけしか見えないが、それを可能に出来る者が目の前にいることを。
「ウェイルは、私がここへ来たことに気づいた。だからこの場を去ったの。後を全て私に任せてね。この意味、判るでしょ?」
当然判っている。
この後、自分はこの女にまた身体中を痛めつけられるのだと。
ユーリは震える手を何とか動かし、神器に魔力を込める。
その様子をアムステリアは嘲笑っていた。
「そんなもので私を止められると思って?」
「うるさい……!!」
嘲笑をかき消すようにユーリは叫び、魔力を放出させた。
光の弾丸が、アムステリアに襲い掛かる。
だがアムステリアは避けることをしない。
ユーリにとって意外だったのは、その光の弾丸により、シルエットが砕け散ったことだ。
「ざ、ざまあみろ! いくらお前が規格外とはいえ、この神器に適わな――」
「――どこを見ているのかしら?」
直後、背後からアムステリアの声がした。
「――いっ!?」
ユーリが驚いて振り返った時には、もう終わっていることを悟った。
何せすでにアムステリアのキックが、スローモーションのように目前に迫っている瞬間を見てしまったのだから。
その蹴りは、容赦なく顔面に直撃。
鼻の骨、頬骨、顎骨など、顔面周辺の骨は、跡形もなく潰されてしまっただろう。
(……何故だ……、俺の弾は命中したはずなのに……!!)
薄れゆく意識の中、ユーリは自分が光弾を放出させた方向へと視線を向けた。
ユーリの光弾は、確かに命中していた。
――何故ならそこには、アムステリアを象った氷の像が、粉々に砕け散っていたからだ。
そして悟る。
自分は女鑑定士の贋作に向けて、攻撃しただけに過ぎなかったのだと。
まさか鑑定士に騙されるとは思いもしなかった。
それだけ理解して、ユーリは意識を失った。
「それにしてもこの氷像、よく出来ているね。私そっくりじゃない。……これじゃ鑑定士より贋作士を目指した方がいいんじゃない?」
頭部だけになった氷の像を拾って、しみじみと皮肉を垂れる。
ウェイルの指示した作戦とは、霧で周囲を覆い隠し、その隙にフレスに彫像を作らせること。
よく見たら判るが、一般人をモデルにした氷像もいくつかこの場に残っている。万が一ユーリが一般人を攻撃し始めた時のことを考えてだ。
氷像を作った後は、氷の霧と合わせて光を上手い具合に屈折させ、それがあたかも本人であるかのようにカモフラージュを掛けたのだ。
この霧の中だ。影程度にしか見えなくとも、ユーリにとってはそれが本物にしか見えない。
「にしても気持ち悪いわね。あんな小娘に自分のパチモノを作られるなんて」
自分の顔を象った氷像を握りつぶしたアムステリアは、残っていた他の氷像もすべて粉砕していった。
「リベア幹部はこれで二人目か。後の二人は暴力では無理そうね」
残りの二人は株主総会に参加しているはず。
であれば暴力、戦闘担当の自分の仕事はここまでだ。
アムステリアは一息ついて、足についたユーリの血をハンカチで拭うと、大ホールへ視線を向ける。
「後は頼んだわよ、ウェイル」




