新リベア社幹部、ジャネイル
「入口を探せ! 株主総会は、すでに始まっている!!」
「逃がすかよ!!」
サグマールが後ろを振り向くと、ジャネイルと言う男が部下を引き連れて追いかけてきていた。
ここがスフィアバンクである以上、こちらは皆武器や神器の類を持っていない。
(何人かで奴らを足止めするしかない……!)
全員で敵を止めるのは得策ではない。
目的はあくまで会場内へ入る事。
腕に自信のある者以外は、先に進ませた方が良い。
「素手で戦える者は、ここで時間稼ぎだ! 他の者は入口を探してくれ!」
「プロ鑑定士は全員止めるよう、サバルに言われてるんでなぁ! テメェら、やっちまえ!」
サグマールの指示に従って、この場に残ったプロ鑑定者はサグマールを含めて僅か四名。
それに対し、敵の数はジャネイルを含めて九名。
その全員が戦闘慣れしているのか、動きは素早く無駄がない。
「……戦える者は少ないってか。今後はプロ鑑定士試験に戦闘試験も取り入れた方が良さそうだな……!!」
ついポロッと愚痴を漏れてしまった。
『プロ鑑定士』という職には、大きく分けると二種類のパターンがあり、ウェイルの様に贋作士と対峙する危険な任務に就くパターンと、協会に引きこもって自分の好きな鑑定ばかりしているパターンがある。
後者の鑑定士の方が圧倒的に多く、そういう連中はこのような場面では、足手まといにしかならない。
「おいおい、随分と少なくなっちまったぁ。ま、逃げた連中も後で全員捕まえるがよ」
「貴様ら程度、この人数で十分だってことだ」
「はっ! 部屋に引きこもってばかりの鑑定士風情が、粋がってんじゃねーよ!!」
そして交戦が始まった。
敵の数はざっと二倍。
さらに敵にだけ武器がある。
――しかし、それでも戦況は互角だった。
敵も十分戦闘慣れはしているが、この場に残った鑑定士達は、普段から『不完全』を相手に戦う手練れ達。
彼らの実力のおかげで、十分時間稼ぎは出来た。
「他の連中は無事入口を見つけてくれたらいいが……」
「中々楽しませてくれるな」
サグマールが少々安堵したのも束の間。
目の前にはニヤリと笑うジャネイルが立っていた。
その腕には、有り得ない方向に腕の曲がった鑑定士が、首根っこを首を掴まれている。
「鑑定士にも骨のある奴がいるじゃないか。このジャネイルが直々に相手をしてやろう」
掴んでいた鑑定士を捨てると、ジャネイルはナイフを二本抜いた。
「こちらは丸腰だぞ? 卑怯だとは思わないか?」
「全く思わないな。俺達がお前らに合わせる必要はないだろう? 素手でも十分だが、時間の無駄だ。存分に使わせてもらうぞ」
「……クソッ!」
容赦なく切り込んでくるジャネイルのナイフを、サグマールはギリギリで避ける。
しかし、ジャネイルは回避されることを読んでいたのか、身体を寄せようと突進してきた。
「ぐっ……!!」
「おっさん、動きは良いが歳だねぇ! 足が追い付けてないぞ?」
「黙れ!」
またもギリギリのところで突進は避けたものの、今度は体勢を保てない。
不安定な体勢に、一瞬動けなくなる時間が来る。
ジャネイルの狙いは、その瞬間だった。
「往生せいや!!」
ナイフが喉元目がけて振り降ろされる。
その瞬間、サグマールは死を悟った。
「――おっと、まだサグマール殿に死んでもらっては困りますな」
馴染みある声が聞こえると共に、ナイフの軌道がそれる。
見ると、誰かがジャネイルに体当たりを仕掛けていた。
「ナムル殿!」
その誰かとは、フレスの壺を鑑定した老鑑定士だった。
「ご無事でしたか!」
「そちらこそな。全く、最近の鑑定士はなんと情けないことか。戦いをこんな老人達に任せるのだからのう」
「このクソ爺が……!!」
「おっと、まだ動かないで下されや。時間はゆっくり使いませんと」
ナムルはジャネイルに覆いかぶさるようにして、動きを封じていた。
「サグマール殿、急いで入口を探してくだされ!」
「クソ忌々しジジイだ!!」
イラつくナムルが暴れ出す。
年齢の差もあり、肉体もジャネイルの方が圧倒的に強い。
そんな男が、老人を振り降ろそうと暴れているのだ。
しかしながら、ナムルはしがみつづけていた。
一秒でも長くサグマールを逃がす時間を作ろうとしていた。
それでも、力の差は歴然。
ついにナムルは振り飛ばされ、身体を地面に叩きつけられた。
「……サグマール殿、お急ぎを……!!」
「よくも邪魔してくれたな……。お前から先に死んでもらう!!」
ジャネイルは手に持つナイフを握り直すと、ナムルに向かって振り降ろした。




