明かされたリベア社の陰謀
アムステリアから送られてきた電信の内容に、一同驚愕を隠しきれなかった。
「……まさか、ハクロアをそんなことに使うとは……!!」
「ウェイル、これって可能なの……?」
「貨幣の仕組み上、可能ではある。この大陸は基本的に資本主義。なんでも金がものを言うからな……」
「何としても食い止めないと、ヴェクトルビアが奴らの手に……!」
電信にはリベア社の恐るべき企てが書かれていた。
その企てとは、新リベアブラザーズ社が王都ヴェクトリビアを乗っ取るという内容である。
奴らの計画はこうだ。
まず三大貨幣のうちの二つ、ハクロアとリベルテの価値を暴落させる事件を引き起こす。
これはハルマーチの犯した『ヴェクトルビア連続殺人事件』と、ハンダウクルクスで起きた『人間為替事件』である。
それらの事件の裏では、リベア社が暗躍し、糸を引いていたわけだ。
価値の暴落する仕掛けを施した後は、三大貨幣の中で唯一無事な『レギオン』を買い占める。
この買占めにより、レギオンは価値は大きく高騰し、逆にハクロアは大暴落する。
そしてリベア社はレギオンによって大きな利益を得た後、その資金を利用して、今度は大暴落したハクロアを一気に買い占めるつもりなのだ。
「利益を得るため、なんてチンケな目的じゃない……!! これは王都ヴェクトルビア自体を買い占めるという、王都を丸ごと乗っ取る計画だ……!!」
奴らは今回の暴落で、アレクアテナ大陸に存在するハクロアの大半を手に入れるつもりなのだ。
貨幣とは、その都市の持つ力の象徴といえる。
貨幣価値が低いと都市の力が弱いことを示し、高いと逆に強いことを他都市に誇示できる。
貨幣を買い占められた都市は、買い占めた者に逆らうことは出来ない。買収された企業と、同じ扱いとなるからだ。
「サグマール! どうにかして止められないか!?」
状況がこのまま推移すると、ヴェクトルビアは本当にリベア社に乗っ取られてしまう。
どうにか対策を打たなければならないが、その打開策が見つからない。
「止める方法はなくはない。だが、かなり荒っぽい方法になる」
「教えてくれ! 頼む!」
ヴェクトルビアが乗っ取られたとすると、アレスは一体どうなるのか。
王座を剥奪された元王に、生きる道などない。
何とかしてアレスを守らなければならない。
そんなウェイルの気迫に押されたのか、サグマールは語り出した。
「いいか。これは違法行為になることだ。推奨はしない。奴らを止めるのであれば、もう物理的にしかない。敵の作戦を見る限り、奴らが集めたレギオンは、これから全てハクロアに換えなければならない。だとすれば、必ずこのスフィアバンクへやってくるはずだ。それを阻止する。奴らが手元のレギオンをハクロアに換えた瞬間、ヴェクトルビアは乗っ取られたも同然だ」
確かに荒っぽい方法だ。力づくで止めるなら違法行為にも繋がる。
「それしか方法がないなら、やる他ない……!」
「ねぇ、ウェイル。ボクにも考えがあるんだけどさ」
ずっと黙って話を聞いていたフレスが、クイクイと裾を掴んできた。
「なんだ?」
「あのね。ボクらが先に買い占めちゃえばいいんじゃない? ハクロアをさ」
為替都市ハンダウクルクスでは、互いの株式を買い占めるという手段を取り、事なきを得た。
その経験からフレスは言っているのだろうが、その方法には大きな問題がある。
「悪くはない方法だが、難しいだろう」
「ハンダウクルクスの時は上手くいったじゃない?」
「ハンダウクルクスでの買い占めは、互いの株式を全て交換する形で行っただろう? つまり実際に現金で取引した訳じゃない。だが今回の買い占めには、まとまった資金が必要になる。そしてそんな資金はどこにもない」
「プロ鑑定士協会がどうにかする、とか」
チラリとサグマールの方を見るが、首は横に振られた。
「フレスちゃん。それは無理だ。確かにプロ鑑定士協会本部には、多少レギオンの貯蓄はある。だが、それを持ちだしたところで、先に買い占めを行っていた連中に勝るほどのハクロアは買えない。何よりワシの一存で協会の金は動かせん」
「……そっか……」
資金の壁。
あまりにも現実的な問題に、フレスもシュンと俯いてしまった。
「……だが、悪い考えじゃない」
フレスの意見は、ウェイルの脳に、とあるヒントをもたらした。
「……買い占め、か……」
その言葉は妙に何か引っかかる。
未だ鮮明に脳内で再生は出来ないものの、希望のあるビジョンが、ウェイルの脳裏に過ぎる。
「サグマール。一つ聞きたいんだが、リベアブラザーズ社の株式は上場廃止されたのか?」
「ん? いや、一応世界競売協会が主導となって経営を続けることになったから、株式自体はまだ上場されているはずだ。リベアの系列企業が、上場廃止だけは勘弁してくれと訴えたらしい。系列企業の大半はリベアを親とする有限会社だからな。たとえ価値はなくとも、リベア系列でありたいという名目上、リベアの株式が必要なのだそうだ。競売協会としても、系列企業を守るためには株式を残す方が効率が良いと踏んでいる。ただし、協会が介入した時点で倒産といえば倒産だし、それ故に配当金も入ってこないから、投資家は誰も手を付けていない。買ったところで価値が上がるとは到底思えないしな」
「……なるほど、わかったぞ」
「何か閃いたの?」
「ああ。奴らの株式はまだ生きている。このことは俺達にとって切り札になるかも知れない」
「それはどういう意味だ……?」
サグマールが疑問を口にした、その時だった。
「ウェイルさん! リベアの連中が、ついに!!」
急いだせいで転んだのだろう。
あちこちに砂汚れやシミを作ったイルアリルマが、息を切らせて部屋に入ってきた。
「ついに来たか……!!」
「ウェイル! お前、本当にやる気なのか!?」
為替や株を買いに来ただけの人間を、物理的に邪魔するという、強引で犯罪的な方法。
「止めろ、ウェイル。いくら奴らを止めるためとはいえ、暴力だけは……!!」
「おいおい、心配しすぎだ。ちょっと奴らの顔を拝みに行くだけだ」
「手は出すなよ。下手をすればお前らが危ないんだ!」
「下手なんて打たないさ。リルはここにいてくれ。君の聴覚、有効に使わせてもらう」
ここにイルアリルマがいれば、何かあれば大声で叫ぶことで、情報を一方通行ではあるが送信できる。
類稀なる聴覚があってこそ出来る方法だ。
「はい。私の聴覚、ウェイルさんにお貸しします! 存分に使ってください!」
「感謝するよ。よし、フレス。敵の面を拝みに行くぞ!」
「うん!」
リベア社の者が、ついにスフィアバンクへ現れた。
二人は中央為替市場へと急ぐ。
時刻は14時30分の出来事だった。




