暴動阻止
「邪魔よ!! お退きなさい!」
アムステリアは群衆を蹴飛ばしながら前へ前へと突き進む。
「こんな物騒なもの、こうしてあげるわ!」
ポケットから小瓶を取り出す。
以前世界競売協会へ潜入した時にも使った、液体性の爆薬だ。
「怪我したくなかったら、この場からお逃げなさい!!」
小瓶は綺麗な放物線を描きながら、置かれている武器や爆薬目がけて投げられた。
一部の者はアムステリアが何をしたか理解できたらしい。
その場から逃げ出す者が多数。
(念のため……!!)
予備の小瓶を、今度はもっと上空目がけて思いっきり投げつける。
そして一つ目の小瓶が、武器や爆薬に落ちる寸前のこと。
「……クッ……!! 危ない……!!」
最初に兵士を殴った例の中年が、走って小瓶をキャッチした。
「あら、ナイスキャッチ。貴方、それが何か判ってるの?」
「爆発するんだろう!? なんてことしやがる!」
「ねぇ、どうしてそれを守るの?」
「決まっているだろう。暴動を起こすためだ!」
「ダメよ。暴動なんて起こしたら、ハクロアの価値はさらに下がるだけじゃない。それは自分達の首を絞める結果になるだけよ?」
アムステリアの指摘に、集まっていた住人達も、幾許か冷静になっていた。
「アレス王が情報を隠ぺいしたのは、こういう暴動が起きることを恐れたからでしょ? ひいてはハクロアの暴落につながり、住民達の暮らしも厳しくなる。皆を守るために秘密にしたんだと私は思うけどね? それにアレス王が情報を隠ぺいして、貴方達、何か損をしたの? アレス王は反乱を企てた貴族を厳しく処分したと聞いたわ。それに都市を襲った貴族から民を守ったのも、英雄である鑑定士と、アレス王じゃなくって?」
その言葉に「確かに」と声が上がる。
アムステリアの指摘は、皆が心の底では判っていることだった。
アレスが例の事件で民を守ったことは誰もが知っている。
現に例の事件では、アレス自らが身体を張って敵と立ち向かい、ボロボロになっていた。
大怪我を負って尚、民に向けてメッセージを発した姿は、未だ記憶に新しい。
ハクロアの価値も守られ、高い生活水準も守られたのである。
隠ぺいといえば聞こえは悪い。
だが民を守るために仕方なくやったのであれば、その行動の意味は理解できる。
「皆、こんな王宮からの回し者の話なんて聞くな! 俺達は騙されたんだぞ!? 怒って当然、恨んで当たり前なんだ!!」
アムステリアの指摘に流されつつあった群衆に向かって、男が叫ぶ。
その主張を、アムステリアは真っ向から否定した。
「あら、私はマリアステルの住人なんだけど? それにアレス王を恨むのはお門違い。恨むなら事件を起こした犯人だけにすべきよ。もっともその犯人はとっくに処刑されていて、この世にはいないかも知れないけど」
行き場のない怒りは、冷静さを失わせる。
それは仕方のないことだ。誰だって感情を堰き止めることは出来ないのだから。
事件で大きな傷を負った人が、誰か悪役を立てて暴れたくなる気持ちも理解は出来る。
それでも暴動したところで、誰にも利点はない。
アムステリアはそう民を諭したのだ。
「もう止めましょう。アレス王だって、今ハクロアが大変なことになって、そのことに手一杯のはず。ことが落ち着けば説明をしてくれるわ。だから待ちましょう。それとも何? 貴方達の知っているアレス王は、そんなに信頼できない人物だった?」
アムステリアの凛とした声は、動揺の広がるこの場にはよく響いた。
数多くの者は、その言葉に胸打たれ、頷いていた。
――しかしだ。
どうにも理解してくれそうにない――いや、する気が端っからない男が目の前にいる。
「何言ってんだ!! 暴動が起きなきゃ、王は判らない!! それに余所者がいちいちヴェクトルビアのことに口を出すな!!」
そう主張し始めたのである。
「あら、暴動が起きないと何か困ったことでもあって?」
「それは!! ……死んだ娘が浮かばれない……!!」
「暴動が起きれば娘さんは浮かばれるの? 理解し難いわね。一人でやったら?」
「私一人がしたところで何が変わるんだ!?」
「娘さんが浮かばれるのでしょう? だったらいいじゃない。そうそう、娘さんの名前、なんていうの?」
「そんなこと、アンタには関係ないだろう!?」
アムステリアは瞬時に見抜く。
一瞬だが、目線がたじろいだことを。
「そもそも、本当に娘なんているのかしら?」
「な、何が言いたいんだ!?」
アムステリアは妖艶な笑みを浮かべて、言い返した。
「アンタみたいな不細工に、娘なんているわけないでしょう?」
「こ、このクソ女が……!!」
どうやら気にしていたことに触れたようだ。
相当憤慨しているのか、置かれていた武器の一つを手に取る。
「殺してやるよ……!! お前ら、やってしまえ!」
男が指示を出すと、アムステリアの周囲を数十人の男が取り囲んだ。
「あら、私に対して暴動を起こす気? それが何の意味があるのかしら。でも、いいわ。相手してあげる」
スッと、アムステリアは体勢を落とし、一瞬にして跳躍。
その刹那、彼女の正面にいた男は、鼻から血を出して倒れていた。
「な、なんなんだ、この女!?」
「は、速い……!!」
「アンタ達が遅いのよ」
続いて繰り出したのは足払い。
スラリと伸びた綺麗な足が、地面に円弧を描く。
「このクソ女が!!」
すでにナイフを抜いていた男が、アムステリアの背後に迫る。
男がナイフを振り下ろした時、そこにアムステリアの姿はなかった。
「物騒な奴。お仕置きが必要ね」
男の背後へと回り込んでいたアムステリアは、彼の股へ向かって、思い切り足を振り上げた。
蹴られた男には雷の如き衝撃が走り、そのまま泡を吹いて気絶してしまった。
――それから数十秒後。
アムステリアを取り囲んでいた男達は、全員地に伏していた。
揃いも揃って白目をむき 、泡を吹いて気絶している。
「き、貴様……、殺してやる!!」
代表の男が息を荒げる。
対するアムステリアの表情は涼しい。
「それは楽しみね。それよりも気をつけなさい?」
アムステリアが人差し指で地面を差すと、男も視線をそちらへ向ける。
「あら、意外に素直ね。でもウソ。本当は上」
――直後。
「グアッ!!」
男の背後では大爆発が起こり、爆風で吹き飛ばされていた。
最初にアムステリアが投げていたもう一つの小瓶が、ようやくこのタイミングで落下したのだ。
爆薬に次々と引火し、連鎖的に小規模な爆発が起きて、武器や弾薬は吹き飛ばされていく。
爆風が止むと、すぐさま倒れた男を見下した。
「生きてる?」
「……く、くそ……!!」
「ああ、よかった。死んでいたら事情を聞けなかったから。さて、人がいないところに移動しましょうか。たっぷり情報をいただくわよ?」
アムステリアは代表の男を抱えると、住民が驚いている間に人気のない場所を探して駆けていった。
残された住人は、ただただ爆発して上がった煙を見るだけだった。




