一触即発
――王都ヴェクトルビア。
汽車から降り立ったアムステリアは、駅全体が妙に閑散とした雰囲気であることに気がついた。
「人が少ない……?」
王都ヴェクトルビアは、アレクアテナ大陸屈指の大都市である。
常日頃から商売人や観光客等、数多くの人々が駅を利用するため、駅構内はいつも混雑するほど賑わっている。
しかしながら、今はその喧騒が恋しくなるほどに、駅全体は不気味なほど静かで、人もまばらだった。
「まさか、もう……?」
脳裏に過ぎる『暴動』の文字。
例の新聞を読んで怒りに燃えた住民達が、王宮に向かって殺到しているのかも知れない。
住民からすれば、信頼していた王に裏切られたと思っているはずだ。
実際新聞にはそう捉えられてもおかしくない表現で記述されていた。
アムステリアにとって、アレス王のことはどうでもいいのだが、彼はウェイルと懇意にしている仲だという。
守ってやれば、多少ウェイルに振り向いてもらえるかも知れない。
そんな下心丸出しの打算があっての行動だった。
「王宮に結構人が集まっているらしいぞ……」
「無理もないさ。あの記事を見ればな」
「だがあの記事は本当なのか……? とても信じられん」
「しかしハルマーチ公が最近姿を見せないのも事実だ。いつもオークション会場に来ていたというのにな」
「暴動が起きなきゃいいがな……」
住民達のひそひそ話を聞いて、やはり王宮周辺には人が集まっていることが分かった。
「やれやれ、王宮へ急ぐとしましょうか」
――●○●○●○――
急ぐと呟きながらも、久しぶりのヴェクトルビアの町並みを見ながら歩いていると、都市の至る所から怒声が聞こえてきた。
「うるさいわねぇ」
とはいえ彼らの怒りが判らぬ訳ではない。
彼らの怒りの矛先の大半は、ハクロアの暴落についてではなく、連続殺人事件についてらしい。
新聞で読んだが、ヴェクトルビア連続殺人事件の被害者数は数百人以上におよび、犯行には上級デーモンを召喚して用いられていたそうだ。
犯行を行ったのが貴族と言う点が、この事件でもっともまずい原因だ。
仮に一般市民が犯人であるならば、ここまでの騒ぎにはならない。
何故なら貴族という存在は、特権を得ている代わりに民を守ることを使命とされている。
現に多くの貴族は必死で民を守ってきたし、民も貴族を信頼していた。
特に干ばつから民の命を救ったアレス王は、住民達から尊敬を集めていた。
功績もそうだが、何より人柄が好かれているのだ。
話をよくよく聞いていると、アレス王本人を非難する声はほとんどない。
住民の男を一人、色仕掛けで無理やり捕まえて話を聞いてみると、アレス本人への恨みなどは皆無らしい。
問題は、連続殺人事件のことを含めて貴族全体へ不信感が溜まっていることだった。
さらに事件の真相を王は隠蔽した。
つまり王は貴族が汚い部分を隠し匿ったと、そのことに腹を立てている様子だった。
他にも、当然だが暴落したハクロアについて、ぶつけようのない怒りをぶちまけている者もいる。
血気盛んな年頃の、為替取引で失敗したと思われる者が、溜まった鬱憤を周囲に当たり散らしていた。
「……こんなのがいるから面倒なのよね」
そのうちの数人の男が、アムステリアに対し下心丸出しの台詞とともに声を掛けてきたので、呆れて嘆息一つした後、肩に手を乗せてきた男の手を振り払い、後頭部に鋭い蹴りを浴びせてやった。
糸が切れた人形のように、コテっと地面に崩れ落ちた男と、恐怖で足を竦ませた仲間の男達を見下しながら、アムステリアは王宮へと向かう。
――●○●○●○――
「あら、もう盛り上がってるわね」
王宮の前は住民達で溢れかえっていた。
固く閉じられた門の前で大声をあげながら抗議活動を続ける者達。
中には城壁をよじ登ろうとしている者までいた。
王宮に仕える兵士達が、必死に民を宥めてはいたものの、あの調子では逆に感情を逆撫でする結果になりそうだ。
「さて、予想ではここにいれば面白いことになると思うんだけど」
王宮へ向かう道にある出店の椅子に腰をかけたアムステリア。
徐々に増える住民達を見て、アムステリアは内心面白がっていた。
(何が始まるのかな?)
アムステリアの期待が、実を結んだのだろうか。
ざっと見渡すだけでも、二千人は集まっただろう。
住民達が大声を上げていた中、ついに目立つ人間が現れた。
そいつは中年くらいの、髪の薄い男だった。
なんと兵士に向かって拳を振り上げたのだ。
(不細工な男。絶対に抱かれたくないわね)
アムステリアから最低な評価を受けている男は、なにやら大声で叫びながら兵士を殴っていた。
「俺はあの事件で娘を失ったんだ! この事件を隠した王を許すわけにはいかない! 皆の者、王を許せるのか!?」
ここに集まったというだけで、今回の事件で王に不満を持った連中だと判っているわけだ。
そんな連中を煽るような言葉を発したのだから、当然帰ってきた返事は、殺気立ったものばかり。
「絶対に許せない!」
「罪を犯した貴族を出せ!」
「その一族全員を殺してやる!」
「アレス王は殺人者を匿うというのか!?」
非難の矛先は、ハルマーチの一族と、事件を隠したアレス王へと向かっていく。
「門を壊せ!! 王をこの場に引きずりだすのだ!」
その男の言葉がスイッチになった。
男の周辺にいた連中が、大声を張り上げながら、手に持った鈍器で門を攻撃し始めたのだ。
その狂気は集まった群衆へと伝染し、賛同する者も多く出てくる。
「気持ちは判らなくはないけど、それにしてもあれはやりすぎよねぇ」
アムステリアの視線の先には、何故か運び込まれていた武器や爆薬。
端から、それを使って門を壊すつもりだったのだろう。
「物騒なこと。あの男と最初に騒ぎ出した連中、怪しいわね」
アムステリアは、ペロッと唇をなめると、住民の集団へ突っ込んでいった。
暴動は、もう開始寸前。
――止めるなら今しかない。




