アムステリアからの電信
――正午。
時計の二つの針が重なると同時に、職員達が掲示板に新しい情報を張り出した。
その作業が終了すると多くの人々が掲示板へと殺到する。
新情報の中で注目を集めたのは、やはりハクロアの価格であった。
「さっきの値段の半額……!? 馬鹿げてるぞ!?」
9時更新から、わずか三時間で、その価値は半額までに落ち込んでいた。
あまりの大暴落ぶりに思わず目を疑ってしまう。
「おいおい、これは現実か……!?」
「俺の資産価値が半分になっているじゃないか!?」
周囲もざわつき始め、損した投資家達で現場は阿鼻叫喚だった。
「逆にレギオンは大幅に値を上げているよ!」
「危険だぞ、このインフレっぷりは……!!」
通常時の五倍以上にまで膨れがったレギオンの価値に、逆に得をした投資家からは歓声が上がった。
「まだだ、まだ上がる! 更にレギオンを買え!」
「ハクロアはもう駄目だ……。他のマイナーな貨幣に換えておかないと、もっと損をすることになるぞ……」
「リュオウ金貨が熱いようだ! すぐに情報を集めろ!」
損をした、得をしたと、それぞれ立場は異なるが、どちらにしても自分の財産のことばかり考えている連中を見て、ウェイルは少しイラついていた。
「ヴェクトルビアの危機だというのに、こいつらは……!」
「ハクロアが潰れたら大変なことになるのに……」
ハクロアの暴落を、この場の多くの者は自分の資産について以外の危機感を持っていない。
その気持ちは判らぬわけではない。
台風が来ると聞けば、およそ身の安全が確保されている者は、その襲来に胸をときめかせる。
不謹慎と知りつつも、軽いお祭り騒ぎの様にはしゃぐ者も多い。
ハクロアが潰れた後のことを、本気で考えている者は少ないだろう。
「もしハクロアが潰れたら、この大陸の経済は終わりだよ……!」
フレスの現実的な呟きに、ウェイルとイルアリルマは背筋の凍る気分だった。
ハクロアは、アレクアテナ大陸でもっとも流通している貨幣である。
さらに言えば、アレクアテナ大陸だけではなく、他大陸との交渉にも用いられている。
もしハクロアが潰れたら、アレクアテナ大陸は他大陸からの信頼をも失ってしまう。
「なんとか対策を取らないと!」
「だが、一体どうすれば……!!」
手をこまねいているウェイルの元へ、一人の職員がやってきた。
「あの、プロ鑑定士のウェイルさん、ですよね?」
「ああ、そうだが」
「協会のサグマールさんから大至急の連絡があるようです」
「なんだと……!?」
サグマールが連絡してきたということは、おそらくアムステリアからの情報が届いたということだ。
「ウェイル! 急いで戻らないと!」
「ああ、判ってる」
「ですがウェイルさん! 市場の様子も監視しないと!」
優先すべきはアムステリアからの報告。
しかしながら、この為替市場の監視も怠るわけにはいかない。
「リル。君に頼みたい。出来るか?」
市場を監視することも、今は重要事項。
リベア社の連中が、ここに来る可能性だってある。
「頼む。今はどっちもやらなければならない。人手が足りないんだ」
イルアリルマは視覚がない。だから為替情報を掲示板から見ることは出来ない。
だがその卓越した聴力と、そして人の気配を感じることの出来る察覚は、この場を監視するのに十分有用だ。
リベア社の連中は、気配からして違うだろうし、為替情報は周囲の連中の会話を盗み聴くことが出来るはず。
ウェイルの頼みを、イリアリルマはあっさり了承した。
「行ってください。ここは私にお任せを。掲示板は見えませんが、人間の気配なら誰よりもよく判ります。不審な人物が来たら、すぐに知らせに行きますので!」
「助かる! 行くぞ、フレス!」
「うん! リルさん、後はよろしくね!」
イルアリルマ一人を残し、ウェイル達はすぐさまサグマールの元へと戻る。
「私にとってもリベアは敵です。絶対に逃がしません……!!」
――●○●○●○――
「サグマール! 入るぞ!」
バタンと、それこそ扉が壊れそうな勢いで、ウェイルはサグマールの部屋の扉を開いた。
「何があったんだ!?」
「アムステリアから電信だ」
サグマールの表情は深刻そのもので、アムステリアの報告を聞くのがはばかられるほどだった。
「どうやらヴェクトルビアは大変なことになっていたそうだ」
「ついに暴動が起きたのか?」
「いや、そうじゃない。だが敵がリベアであるという直接的な証拠を発見した」
「なんだと!?」
これまで状況証拠と関連証拠しか尻尾を出さなかったリベア社が、ついに本体を現したという。
どうやって証拠を掴んだのか気になるところ。
「なんというか、アムステリアって女は、我々が思っている以上に凄まじい女だよ」
「……どういうことなんだ?」
サグマールの嘆息は、絶望の色ではなく安堵の色だった。
「とにかく、この電信を読んでくれ」
「ああ」
ウェイルはサグマールから受け取った電信をじっくりと読んだ。
そして見えてきたヴェクトルビアの現状と敵の陰謀。
その情報は、中央為替市場の15時の情報更新が、恐怖に値するレベルのものであった。




