試験中断
「たっだいま~~!!」
「帰ったよ~~、ウェイルにぃ~~~!!」
アレスから借り受けた鑑定依頼品をプロ鑑定士協会に提出し、三次試験も無事に終えた二人は、ドタドタと喜びながらウェイルの部屋へ戻ってきた。
ヴェクトルビアでの土産話を語りたくてウズウズしている二人は、嬉々として扉を開いたのだが、部屋の中に流れる空気が妙に張り詰めていることに気づく。
「……あれ? なんだろう、この雰囲気……」
「何かあったのかな……?」
部屋では、ウェイルとアムステリアの二人が、なにやら深刻な表情で話し込んでいた。
二人が帰ってきたことすらも、眼中にない様子。
「あ、あの~~、ウェイル、帰ってきたんだけど……」
「ウェイルにぃ、聞いてるの!?」
せっかく帰って来たのに、なんだか無視されている様でご立腹になったギルパーニャが、ウェイルとアムステリアの間に顔を覗き込ませた。
「ああ、ちゃんと聞いているよ。お帰り」
「まったく、妹弟子が無事三次試験を終えて帰ってきたんだから、もうちょっと歓迎してくれてもいいじゃない!」
「ねぇ、ウェイルさん、テリアさん、一体何があったの?どうしたの? 二人共表情が怖いよ?」
「……実はな、大変なことが起こったんだ」
シュラディンがウェイルの元へ駆け込んできた理由。
それは三大貨幣の一つ、『ハクロア』の暴落が始まったということだった。
「ハクロアの価値が落ちてるの!? どうして!?」
「ヴェクトルビアでは、何も変わった様子はなかったよ!?」
少し前までヴェクトルビアにいた二人。
特に王都に変わった様子は見受けられなかった。
もしハクロアが大変な状況になっているのであれば、アレス王は二人に構っている時間などなかったはず。
つまり少なくとも、昨日までは何も起きてはいなかったということだ。
「情報が出たのはついさっきなんだよ。これを見てみろ」
そう言ってウェイルは、アムステリアと覗き込んでいた新聞を渡してくる。
「新聞……?」
「う……! 難しい文字ばっかり……!」
フレスには難しい用語や単語は判らないところもあるため、ギルパーニャに手伝ってもらいながら記事を探して読んでいった。
「……え? ヴェクトルビアで起きた事件、実は貴族の犯行だった……!?」
該当記事を真っ先に見つけたギルパーニャがそう呟くと、フレスの目が見開く。
「ギル! ちょっと見せて! ……ど、どうして!?」
フレスは思わず目を疑った。
その記事には、当事者しか知らないことがズラズラと掲載されてあったからだ。
嘘偽りの一切ない、純粋な真実だけが。
「ど、どういうこと!? これ!?」
「俺にも判らん。ヴェクトルビアがハクロアの価値を守るために必死で隠してきた事実が、ついに報道されたんだよ」
ハルマーチの実名も、家系図、背後の関係者まで、全てが赤裸々に晒されていたのだ。
記事の中にはアレス王が情報隠ぺいを企てたと、まるでアレス王が悪だと言わんばかりにこき下ろされており、読んでいて腹立たしく思える部分もあるほどだった。
「誇張しすぎだよ!? 全部アレスが悪いみたいじゃない!! この情報、一体誰が漏らしたの!?」
「おそらく、リベアの関係者よ」
答えたのはアムステリア。
「リベアのことを調べていて判ったのだけど、リベアの系列企業には出版社もあるの。その新聞はその企業が発行していたわ」
「メイラルド本人からの指示だろうな。当事者として事件を知っている者は、俺、フレス、アレス、ステイリィ、そしてフロリアとハルマーチくらいなものだ。当然俺達が情報を漏らすわけがないし、アレスだってそうだ。フロリアも今回は関与していないだろう。ハルマーチなんて監獄の中だ。現状、外部に情報を漏らす者なんていないんだよ。それなのに漏れた。であればハルマーチの関係者しかない。状況的にメイラルド以外考えられん」
出版社を見ても状況を見ても、そう考えるしかないのだ。
「情報が漏れた以上、犯人を捜すことは無意味だ。兎にも角にも、このハクロアの暴落を止めないとな……!!」
貨幣単位『ハクロア』がアレクアテナ大陸に与える影響は計り知れない。
現在大陸内で最も信用され、最も流通している貨幣の大暴落。
折れ線グラフを引けば、極端な崖が描き出される状況。
このまま暴落傾向が続くようなら、最悪の場合、経済崩壊すら起こしかねない。
「フレス。ギル。冷静に聞いてくれ」
ウェイルは改めて二人と向き合った。
事件が起きた以上、避けようもない現実を二人に伝えねばならない。
「今現在、プロ鑑定士協会は、この経済危機の問題で手一杯になっている。したがって、プロ鑑定士試験は一旦ここで中断することになった。再開の目処は立っていない」
「「……え……!?」」
ウェイルの言葉に、一瞬呆気にとられた二人。
「試験、中止になるの……?」
「最悪そうなる可能性もある。今のところは延期ということになっているがな」
「じょ、冗談じゃないよ!! ボク達、必死の思いでここまで来たっていうのに!!」
フレスはわなわなと肩を震わせていた。
その悔しい気持ちは痛いほど判る。
これまでフレス達がこの試験の為に、どれほど努力して来たか、ウェイルは全部見てきた。
フレスだって、ハクロアの暴落は大事件だと、頭では理解している。
試験なんかよりも優先しなければならない問題であると。
それでも感情が制御できなかったのだ。
「……フレス……」
意外にも、ギルパーニャは冷静だった。
フレスが自分の代わりに叫んでくれたからかも知れない。
自分一人だったならば、フレスと同じように叫んでいたに違いない。
「……でも……でも……!!」
唇を噛みしめ、思いっきり拳を握りしめた後。
フレスはすっと肩の力を抜いた。
「……仕方ないよね。だって大事件が起きちゃったんだから」
その目は、すでに次の事件を見据えていた。
感情の切り替え、思考のスイッチ。
これまで経験してきた事件の数々に、フレスだって成長している。
「プロ鑑定士志望として、ワガママは言えないよね。むしろ鑑定士なら、こんな大事件、見過ごせるはずないもん……!!」
「フレス。よく言った。その通りだ。お前は立派な鑑定士になったな」
ウェイルは、フレスの頭を撫でようとしたが、その手を止まる。
代わりに肩を叩いてやった。
もう、頭を撫でてやるような子供ではない。
一人前の鑑定士として、フレスを認めた瞬間だった。
「プロ鑑定士試験を再開させるに、これから行かなければならないところがある。フレス、ついてこい」
「がってん、師匠!!」
「アムステリア、手筈通り俺達は先に行く。そっちの方は頼む」
「ええ、任せておいて」
「ギル、お前は急いでシュラディンと合流しろ。少し前に出ていったんだ。まだマリアステルにいるはずだ」
「うん! 判ったよ」
「フレス、すぐに出るぞ。準備はいいか?」
「もちろん! もう出れるよ!」
「行くぞ」
ウェイルとフレスは、必要最小限の荷物だけ持って、すぐさま部屋を飛び出ていった。
部屋を任されたアムステリアとギルパーニャは、互いに顔を見合わせる。
「ねぇ、あの娘、段々鑑定士らしくなってるじゃない?」
実のところ、二人は初対面だ。
ギルパーニャとしては、突如他人に話しかけられて戸惑った部分もある。
しかし、フレスのことについては、どうやら共通の念を抱いていたようだ。
だからこそ、すんなりと返事が出来た。
「勿論ですよ。フレスは、これから最高の鑑定士になるんですから!」
さて、自分はすぐにシュラディンと合流せねばならない。
師匠はすでに対策に向けて動いているはずだ。
すぐに師匠のお手伝いをして、経験値にしていかなければ。
いずれは自分だって、フレスの様に強い鑑定士になるのだと、ギルパーニャはそう誓ったのだった。
「…………私もいかないと…………!!」
ウェイル達の後を追う影に、アムステリアとギルパーニャは気づいていなかった。




