機密文書のコピー
次の日。つまりフレス達が戻ってきた日の朝のこと。
ウェイルはフロリアから得た情報から、現状何が起こっているのかを整理してみることにした。
贋作士集団『不完全』と、大企業『リベアブラザーズ』。
この二つの組織が裏で繋がっていたという情報と、元々ウェイルが知っていた情報を重ね合わせ、新たな見解を見出さねばならない。
無論手に入れた情報は、全て電信でシュラディンやアムステリア、口頭にてサグマールに伝えてある。
100万ハクロアも支払った情報だ。有効活用しなければ大損もいいとこだ。
「……それにしても引っかかる」
ウェイルがずっと考えていたのは、フロリアが金銭を要求してきた理由だ。
フロリアほどの贋作製作の実力があれば、例え逃亡生活を送っていることを加味しても、お金に困ることなどないはずだ。それこそ窃盗でもすればいい話なのだから。
その日の生活に困ることなど、絶対にありえない。
「そう考えると、あの金は何か超高額な代物を、一気に買ってしまいたいと、そういうことになるな」
逃走前にも買いたいものがあると言っていたし、間違いないだろう。
「そしてそれは俺を助けることにもなり、そして……」
ボソっと、最後に呟いたフロリアの言葉。
声が小さくて聞こえ辛かったものの、確かにこの耳に入ってきた、とある人物名。
「まさかフロリアがな……」
しかし、意外なことにその名前を聞いた瞬間、ウェイルは妙に納得して、フロリアを信じる気になっていた。
その名前が出てこなければ、100万ハクロアなんて大金を渡すなど絶対にしなかっただろう。
「問題は何を買うか、だな」
結局それが判らねば、何も判らないのと同じこと。
「何かヒントはないもんか……」
「ヒントですか? う~~ん」
「いつ来たんだよ?」
いつの間にかステイリィが無断で部屋に入り込んでいたようで、一緒になって考えていた。
腕を組んでうんうん唸る仕草は、何とも似合わない。
「仕事はどうした? それと部屋に入る時はノックくらいしろ」
「これも立派な仕事です。この部屋は何者かによって壁に穴を開けられた。これは器物破損ですよ? 大事件といっても過言ではありません。私はそんな大事件を捜査するために来たんです。それに妻が夫の部屋に入るのにいちいちノックなんてしません」
「通報すらしていないのに捜査とはな。よくもいけしゃあしゃあとそんな嘘を言えるな。不法侵入で通報してやろうか?」
「え!? 不法侵入!? 犯人はどこですか!? 私とウェイルさんの愛の巣に忍び込むなんて、何という愚か者でしょう。ぶち殺してやります」
「お前だよ、お前」
どうやらまたも仕事をさぼって、ここへ遊びに来たらしい。
もはやそれを咎めたところで何の意味のないことを知っているので、これ以上言及することは止めにする。
「まあいい。それで結局何しに来たんだ?」
「報告ですよ。実はあの後、治安局本部がある司法都市ファランクシアへ使いを走らせ、リベア社創業者一族惨殺事件についての詳細な資料を入手して来たのです。これがその複写です」
「何!? 本当か!?」
ウェイルは声が裏返るほど驚いた。
それもそのはず、本来ならその書類は門外不出の機密文書だ。
サグマールも多少事情を知ってたが、実際にその現場に足を運んだわけじゃない。
だがこの資料は、惨殺現場を直に見てきた者が書いた書類。
世間に隠したい現実が、きっとそこにある。ウェイルの知りたい情報の手がかりが記されているはずだ。
「昨日の今日で、よく書き写せたな」
「部下のジェバンニが一晩でやってくれました」
「……ジェバンニすげーな」
相当文量がある書類だ。
それをたった一晩で複写させるとか、ステイリィという奴はなんと横暴な上司なのであろうか。その部下の悲痛な叫びが、安易に想像できる。
「これは本当にありがたい。今度ジェバンニに飯を奢ると伝えておいてくれ」
書類を読み進めると、気になっていた項目が目に入った。
「リベア社創業者一族の死亡者リスト……」
リベア社の一族は、全部で12人いたらしい。
すでに現役を引退をしている当主を含め、死体が見つかったのが8人。
残り4人は行方不明で、未だ捜索中となっているそうだ。
「この行方不明4人、何か共通点はあるのか……?」
性別、名前、担当していた傘下の企業。
それらを示し合わせても、これといった共通点はなかった。
「フロリアの話では、こいつらはまだ生きていて、そして何か事件をしでかそうとしている」
一人一人のプロフィールを確認していく。
「当主一家の長男『サバル・ヴィオ・リベア』、三男『ジャネイル・ソル・リベア』。当主の弟一家の長男『ユーリ・リグル・リベア』、最後に次女『メイラルド・トヴォン・ヴェクトルビア』か……」
名前を口に出して読み上げていると、最後に読み上げた名前に違和感を覚えた。
いや、違和感というより聞き覚えがある。
「メイラルド・トヴォン・ヴェクトルビア……?」
そうだ。この名前。何かが引っかかる。
「あのー、ウェイルさん? この次女の名前が他と違うのは、別におかしいことじゃないですよ? このメイラルドって人、王都ヴェクトルビアの貴族の家に嫁いだみたいですから。ですから名前がヴェクトルビアなんです」
ウェイルの抱く疑問を解決させようと、ステイリィが詳しい情報をくれる。
しかしウェイルの違和感の正体はそんなことではなかったのだ。
(……メイラルド・トヴォン・ヴェクトルビア……? ……トヴォン・ヴェクトルビア……)
何度も何度も復唱していく。
すると。
「――そうか、トヴォン・ヴェクトルビアか。思い出した」
ウェイルは知っていた。トヴォン・ヴェクトルビアという名前を。
「ハルマーチ・トヴォン・ヴェクトルビア。そうだ、この名前はハルマーチの……!!」
偶然とは思えぬ一致に、ウェイルは確信した。
「こいつは生きている……!!」
名前だけの一致ではあるが、そう考えて行動した方が良さそうだ。
――ヴェクトルビアの大貴族、ハルマーチ。
ヴェクトルビアの民なら一度は聞いたことのある名家の者だ。
セルク作品のコレクターとしても有名で、アレス王とも良い関係を築いている。
……と、一般の民は認識しているだろう。例の事件の後も、未だに。
何故なら、王都内では例の事件の詳しい情報は完全に封鎖しているからだ。
新聞でも報じられたように、事件の発生そのものは公表されている。
だが、その内容は嘘も無いが真実も少ない。
犯人のことよりも、むしろ事件を解決した英雄(今回はウェイル)を称える記事ばかり載せられていた。
勿論、情報封鎖をした理由について理解出来ないわけではない。
民を守るべき存在の貴族が、その民に甚大な被害をもたらした大事件を引き起こした。
となれば王都ヴェクトルビアの貴族達は、民からの信頼を一気に失ってしまうだろう。
民からの信頼を失えば、他都市からの信頼も失う。
その結果もっとも影響を受けるのは貨幣だ。
ヴェクトルビアが発行している貨幣と言えば、いわずと知れた『ハクロア』だ。
流通量が多く、価値も高いハクロアを何としても守らねばならない。
そういった思惑諸々を考慮した結果、事件の犯人であるハルマーチの名前は伏せられたのだ。
「……待てよ……?」
匂いの濃い疑惑に、胸やけがしそうだった。
何せ、ウェイルはすでに感づいていたから。
だからこそ、恐怖を感じた。
敵の陰謀の深さ、準備の周到さに。
「まさかハルマーチが暴れたのも……このメイラルドって奴の仕業……?」
直接指示したわけではないのだろう。
しかしながら、そういう方向性に持っていくように仕向けたり、雰囲気を作ったりすることは出来る立場にあったはずだ。
「メイラルドって奴が本当にハルマーチと繋がっていたとすれば……。王都ヴェクトルビアの事件は、この為に起こしたというのか……!?」
ウェイルの独り言は、すでに大きな叫びとなっていた。
興奮が収まらない。
怒りと、そして驚愕からくる興奮だ。
「判ったぞ……!! そういうことだったのか……!!」
報告会で抱いていた疑問も、あっという間に溶け去った。
「連絡だ!! すぐに師匠に!! ステイリィ、すまないが手伝ってくれ!!」
「えっと、はい!」
(……何を?)
ステイリィの持ち込んだ資料には、どうしてリベアがレギオンだけに資金を注いでいたのか、その解答が記されていた。
急がねば、取り返しのつかないことになる。
ウェイルは早急にサグマール、シュラディン、アムステリアへと連絡を取ったのだった。




