フロリアの情報
「話し合い? お前達はプロ鑑定士協会へ復讐しに来たんじゃないのか!?」
「違う違う! 私、復讐とかそういうの、あまり興味ないんだって。イング様も捕まったし、『不完全』でいる必要もそんなにないしさ」
「お前、『不完全』を辞めたのか?」
「もう。お前って呼ばれても答える気ないよ? フロリアって、名前で呼んでよ!」
いけしゃあしゃあと言いのけるフロリアに、ウェイルではなくステイリィの血管が浮き出ていた。
(このクソメイド風情が……!!)
思っていても、ニーズヘッグが敵にいる現状、口には出せない。
しかし顔にはバッチリ出ていたので、フロリアは笑いを堪えきれなかったようだ。
「アハハハハ!! 貴方は以前会った治安局員さんだよね? 私、貴方みたいなブスに興味はないから、引っ込んでていいよ」
「んなっ!?」
怒りの形相のステイリィを指差して笑った。
これにはブチンという音と共にステイリィの堪忍袋も張り裂け、大爆発。
「うっがああああああ!! こんのクソメイドがああああ!! 今すぐ殺してやんよ!!
「残念だけど、メイドは辞めちゃったんだ~」
「大体なーにが名前で呼んで、よ! ウェイルさんが名前で呼ぶ女は私だけで十分だっての!!」
「ウェイルの恋人でもないのに、何言ってるんだか。話の邪魔だから、どこかへ行っててよ、ブス。何ならあの世でもいいよ? 連れて行ってあげようか?」
「上等だコラァ、私の権力を舐めるなよ!? かかってきやが――」
「――ステイリィ、少し黙ってろ」
「アダッ!」
ウェイルのデコピンがおでこにクリーンヒット。
鼻息荒いステイリィも一発で口を閉じた。
「ステイリィ。少し我慢していてくれないか。もちろん、こいつらを外に出すような真似はしない。何かあったらすぐに治安局を動かしてくれ」
これは最低限の保険である。
ウェイルは、フロリアが話し合いに来たことは嘘偽りない本当のことだと睨んでいた。
もし復讐に来たのであれば、わざわざウェイルの元へ訪れる必要はなく、直接建物を攻撃すればいい。
それでも保険は欲しい。
言い方は悪いが、ステイリィには話し合いを対等にするための武力となってもらおう。
「フロリア、話を聞こう」
「そうこなくっちゃ! 流石ウェイル、話が判る!」
再び暴走しそうになるステイリィを何とか宥めて、話をさっさと本題に移させる。
「何を話しに来たんだ?」
「『リベア』のことって言ったら判るかな?」
その単語に、思わず鳥肌が立った。
どうしてフロリアからリベアの名前が出てくるのだろうか。
「リベアについて何を知っている?」
このウェイルの質問は、フロリアにとっては滑稽だったらしい。
本日何度目かの大笑いをあげ、涙さながらに応えてきた。
「フフフ、そっかぁ。プロ鑑定士協会はそんなことも把握出来てなかったんだね! アハハハハ!!」
「勿体つけずにさっさと言え」
「アハハハハ、リベアブラザーズ社は『不完全』のスポンサーの一つだったんだよ? 私がサスデルセルで潜伏できたのも、リベアの協力あってのもの。リベアブラザーズって会社は、裏は相当あくどい商売をやってるんだから!」
「それは知っている。武器密売や奴隷貿易等に手を染めていたと。だが、そのリベアは創業者一族の惨殺事件によって解散し、今は世界競売協会の管轄になっているはずだ」
「それ、半分正解だけど半分不正解。確かにリベアは、私達のとこでいう表のリベアは世界競売協会の管轄になった。でもね。裏のリベアはまだ死んじゃいないから」
「裏のリベア……? 死んではいない……?」
アムステリア邸で聞いた情報に、リベアについて不審な点は数多くあった。
無論リベアの裏の顔についても議論はした。
奴隷商売については、ウェイルもよく知るところだ。
「私がわざわざここに来た理由もリベアにあるんだよ? そもそも私がサスデルセルから逃げる羽目になったのも、これまたリベアのせいだしね」
「何があったんだ?」
「裏切りだよ。この際だから全部話してあげる。リベアと『不完全』は手を組んでいた。過去形で言っちゃったけど、今も続いている。『不完全』の贋作製作に必要な材料はリベアが用意し、リベアはその贋作を売りさばいていた。奴隷貿易についても同様で、リベアの広い情報網から社会的弱者を見繕い、『不完全』が罠に嵌めて奴隷にしていたし」
「今も続いているってのは、その裏のリベアって奴だな。しかしかなり癒着していたんだな……。それでお前がここに来た理由ってのは?」
「私はリベアに裏切られたの。と言ってもリベアだけじゃない。『不完全』にも裏切られた。穏健派の奴らが、生き残った私を切ったってわけ。私、元過激派だからね」
『不完全』という組織には、『穏健派』と『過激派』、そしてどちらにもつかない『中立派』という三つの派閥がある。
『穏健派』は出来る限り表には出ず、裏で活動を行う者達が集まり、『過激派』は、どんな犠牲もいとわず、やりたいことをやり尽くすという集団だ。
部族都市クルパーカーを襲ったのも、この過激派であり、フロリアは過激派に属していた。
『不完全』内で強い発言力を持っていたイングが逮捕された後、過激派の活動は目に見えて少なくなっている。
「穏健派は過激派をとにかく追い出したいんだよ。だから過激派である私を見捨てたってわけね。潜伏先の情報を治安局に漏らしたのはリベア。イング様がいなくなった後、穏健派は相対的に力を増したからね。リベアに指示したんでしょうね。私なんて、治安局に捕まって死刑になれー、程度に思われたんだろうなぁ」
そう語るフロリアは、何故か嬉々としていた。
「お前がここに来ることになった経緯は判った。それでまだ肝心の理由を聞いていない」
「だから、私、リベアに裏切られ、穏健派にも追い出されて、今はもう行く場所がないんだよ。だったら折角だし、ウェイルのお手伝いでもしてあげようかなーっと」
至って大真面目にそう申し出てくるフロリア。どうやら嘘はついてなさそうだ。
しかし、実際に信頼できるかと問われれば、信頼できるはずもない。
余計なお世話だ、と一蹴しようかとも考えた。
だがフロリアは間違いなくウェイルの知り得ない情報を持っている。無下にすることもない。
「もっと詳しく聞かせてくれ」
「流石ウェイル、賢い選択! だから好き!」
「なんだとう!? てめー、色目使ってウェイルさんに近づいたら、ぶっころ――」
「イチイチ反応するな、バカ」
「ふぐっ!?」
嫉妬に燃えるステイリィの脳天に軽くチョップを食らわせ、黙らせることにした。




