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不可解な倒産

「遅かったな。遅刻だぞ」

「無茶言うな。プロ鑑定士試験の最中なんだぞ。本来なら忙しくて外出など出来ん。周りに無理を言って来たんだ。……おお、これはこれはシュラディン殿。お久しぶりですな」

「相変わらず元気そうで何よりだよ、サグマール。いやはや、うちの馬鹿弟子がご迷惑を掛けているようで」

「全くです。こいつと来たら、どこへ旅に出ようが必ず事件を拾ってくるもんですからな。その度に事後処理するこっちの身にもなってもらいたい」

「……別に好きで事件に遭遇しているわけじゃねーよ……」

　サグマールはシュラディンと握手して腰を掛けると、説明を始めた。

「今の話の断片から察するにリベア社の動きのことだろう？　実は我々も少しばかり気になっていてな。こっそりと調査していたのだ。どうも為替の様子が安定していないと、様々なところから声もあがっていたからな。その原因は、ここ最近立て続けに発生したウェイルの絡んできた(・・・・・・・・・・)事件と、そしてリベアの買い占めにあると睨んだ」

「わざわざ強調して俺の名前を出すな。リベアの買い占めはもう市場にも影響が出ているのか？」

「ああ、目立ってはいないが、確かに影響は出ていた。それとな、買占めはどうも最近始めたってわけじゃなさそうなんだ。世界競売協会がリベア本社の家宅捜索に入った時に発見した為替取引証書なんだが、それによると買占めはクルパーカー戦争が終わった後からやっていたらしい。戦争の混乱に乗じたと言ってもいいな。おかげで我々も気づくのが遅れたのだから」

　クルパーカー戦争後、確かに市場は荒れた。

　何せクルパーカーは貨幣単位『カラドナ』を発行している都市である。

　となれば当然、カラドナの価値について市場が混乱することは必至だ。

　カラドナで混乱している時にレギオンの取引など、誰も気づくわけがない。

「さらに面白い話がある。世界競売協会はリベア本社の倒産に伴い、本社の財産を没収したんだが、いくらあったと思う？　実はな、ほぼゼロ(・・)だったんだよ」

「会社の資産がゼロ!?　それは本当なのか!?　有り得ないだろ、そんなこと!!」

　ウェイルは驚いて声を裏返し、アムステリアも目を丸くしていた。

　倒産した企業から押収された財産が『０』だなんて、普通は有り得ない。

　何故なら倒産するという状況になる時には、必ず負債というものが付きまとうからだ。

　資産運用に失敗した結果、負債が残る。

　その負債によりクビが回らなくなったから倒産するのだ。

　そして負債も扱いとしては財産に含まれる。

　資産も負債も同じ財産として扱うからだ。

「プラスマイナスぴったりゼロだなんて、そんなことがあり得るわけないだろう!?」

「だから言ったろ。面白い話だってな」

「その資産を誰かが横領したと考えることは出来ないのか？」

「無論その線はすぐに洗った。だが皆も新聞を見ただろう？　リベアは完全に一族経営で、その創業者一族は皆殺しにあったのだと。問い詰めようにも問い詰める相手がいない状況だ。ちなみに彼らの住んでいた家、別荘、貸金庫、全てに調査が入ったが、資産の一切は見つからなかった」

　そう、リベアブラザーズの創業者一族は、皆何者かに殺害されていた。

　行方不明者もいると聞くが、女に子供、ペットまで含んだほとんどの一族の者は無残に殺されている。

「一族の誰かが資産を盗んで、それを盗賊に奪われた。これはどうだ？」

「可能性はある。だがもしそうなら資産、つまりはレギオンだが、少しくらいは市場に戻ってくるはずではないか？　当たり前だが盗賊は使うために金を盗む。しかし今尚レギオンの市場流通量に変化はない。あれだけの大金なんだ。一気に使えばすぐに判る」

「逆に少量ずつ使っていれば市場への影響はないだろう？」

「まあそうだな。一個人があれだけのレギオンを一気に使うとは考えにくい。もしその仮説が正しかったのなら、更に把握は難しくなる」

　もし仮に盗賊が盗んでいたとして、レギオンの使用量が微々たるものであれば、市場の変化は乏しいだろうし、いかにプロ鑑定士協会といえど把握は出来ない。

　流通貨幣量など膨大だし、それの計算など基本的には大まかなことが多い。

　だから盗賊達が、チビチビと小さくレギオンを使っているのであれば、それを知ることは出来ない。

「どちらにしても可能性か……。そもそも何故リベアの創業者達は殺されたんだろうか」

　そういえばこれまで彼らが殺された経緯について、あまり詳しく議論してこなかった。

「新聞での発表もないしねぇ」

　アムステリアも頬杖してため息をつく。

「プロ鑑定士協会では何か判ったのか？」

　そうシュラディンが問うと、サグマールは難しい顔を浮かべた。

「いや、実は犯人の動機が全く見えてこんのだ。もし金が欲しいならわざわざリベア創業者のところへ行く必要はない。それこそ為替市場を襲った方が手っ取り早い。考えられるのは怨恨だが、これは心当たりが多すぎる。何せ大企業の創業者一家だ。いなくなればいいと思う者も少なくはない。だがその線も薄いと我々は考えている」

「役員連中の誰かが出世目的で、とかは？」

「リベアの役員は皆、リベア本家と血で繋がっている。そして今回の虐殺事件だが、親戚連中も皆殺されていたという話だ。何人か行方不明も出ているそうだがな。もしかするとその行方不明の奴がやったのかも知れんが、やはりその動機が判らない。何せ行方不明になっているのは、現リベアの社長本人なのだから」

「それは初めて聞いた情報だな……。社長本人が会社の資産を持ち逃げるとは考えにくい、か」

　可能性としてはあり得る。

　しかしそれは限りなく低いだろうとウェイルは見ている。

「結局のところ判らずじまいなのね」

　つまらないわねぇ、とアムステリアも溜息一つ。

「話を戻すぞ。現リベアには怪しいところが多すぎる。資産のこともそうだし、やはりレギオンの集中が気にかかる。一体どうして奴らはレギオンに資産を集中させたか」

　シュラディンの問に、一同思案し沈黙する。

「……逆、なのかも」

　そんな中、アムステリアがぽつりと呟く。

　視線が一斉に彼女に集まった。