復讐心と、ウェイルの想い
「――復讐、です」
ウェイルには判っていた。
イルアリルマからその返答が出てくることは
ウェイルとイルアリルマは、どこか似ている。
だからこそ、これしかないと確信していた。
「勿論それだけではないですよ。高熱を出した私を助けてくれた鑑定士に憧れたというのもありますからね。でも一番の目的はやっぱり復讐です。私の母を奴隷にした奴隷商人とその元締め、そして贋作士組織『不完全』に」
その単語に、ウェイルは酷く驚いた。
「どうして『不完全』なんだ……!?」
「私の母は『不完全』に材料を卸す業者をしていましたからね」
『不完全』とは贋作士が集まった組織。
組織の主だった活動内容は、当然贋作を製作することである。
となれば当然その材料が必要となる。
イルアリルマの母は、その贋作製作に必要な材料を調達する問屋をやっていたということだ。
「母のやっていたことは、当然悪いことです。贋作士に加担していたんですからね。ですからそのことで母が治安局やプロ鑑定士協会に逮捕されるのは当然だと思います。しかし『不完全』の連中は、治安局の手が伸びてきていると悟ると、すぐに母を切り捨てたのです。治安局から逃げ、路頭に迷った母を誘拐したのが奴隷商人だったということです」
着の身着のまま逃げて、ヘトヘトに疲れ倒れているエルフの女を、奴隷商の連中が見逃すはずもない。
カモがネギどころか鍋まで背負ってきたような状況だ。
捕まるのは、ある意味必然とも言えた。
「私は母のことが大っ嫌いです。母が死んだ時だって清々したほどです。ですが今になって判りました。母が私のことを酷く扱った理由や感情も。母からしてみれば、私は疫病神みたいなものです。好きでもない相手に無理やり孕まされて生まれた子なのですから。愛着なんて沸くはずがないんですよ。母は私を殴る時、いつも苦しそうでした。泣いていました。今でも当時のことを思い出すと吐き気がします。それでも泣いていた母の顔は忘れられない。だからこそ私は母の墓標に誓ったのです。不要になった母を躊躇なく切り捨てた『不完全』と、母を誘拐した奴隷商人を、いつかこの手で、と」
「だから俺に近づいてきたってわけか。俺のことを尊敬するってのも、『不完全』絡みのことか」
「……はい。もし気を悪くしたのなら謝ります。ですが私はウェイルさんほど『不完全』についてお詳しく、さらに積極的に関わっていく鑑定士を他に知りません。だからこそ私はウェイルさんにどうしても近づきたかった。さっき変な芝居を打ったのも、全てはその為。必ず復讐を果たす。私自らの手で、奴らを潰す。私はただその為だけにプロ鑑定士になりたいのです」
イルアリルマは真剣だった。
彼女の覚悟は生半可なものではない。
ウェイルにはそれが判る。何せ動機が同じなのだから。
だからこそ、ウェイルは言った。
「止めておいた方がいい」
「どうしてですかっ!?」
温厚だった彼女が、突如怒号を発する。
「私、母を苦しめた犯罪者共を許すことは出来ません。絶対にプロになって奴らを追い詰めます。この手で奴らを……!!」
「君の気持ちは痛いほど判る。俺だってプロ鑑定士になった動機は君と同じだからな」
「……ウェイルさんも……!?」
「そうだ。プロ鑑定士になってからも、とにかく積極的に『不完全』について調べ、何度も事件に関わってきた。そしてその度に命を危険に晒してきた。君にその覚悟があるか、とは問わない。君にならあるだろう。だからこそだ。だからこそ、君にはこんな危ない橋を渡って欲しくはないんだ」
「嫌です! 私、命なんて惜しくない! 奴らを捕まえるためならば!」
「――クルパーカー戦争、知ってるか?」
「クルパーカー戦争……? は、はい、もちろんです」
「あれは、『不完全』とクルパーカー軍の戦争だったんだ」
「それは知ってます! ウェイルさんだって、その戦争に参加されていたんですよね!? だからこそ、私は貴方に近づいた!」
「犠牲者8092人。これがクルパーカー側の被害だ」
「……8000……!?」
「俺は戦場で多くの犠牲者を見た。皆それぞれ明日を生きたいと願っていた人達だったよ。今日を生き延びて、家族の元へ帰ると胸に秘めて戦っていた者ばかりだった。でも皆、無残に死んでいった」
「…………」
「残された家族だって、これからどうしたらいいか判らず途方に暮れていた。愛する者を失い、泣き叫んでいた。……妹を失い、普段は絶対に見せない涙を流した者だっている。それはもう悲惨だった」
フレスも深く頷いた。
ギルパーニャにとっては、初耳の話であったのだが、その戦争にフレスも巻き込まれたのだと、すぐに理解した。
「奴らに関わっただけで理不尽に殺された。ほとんどの人間は関わりたくもなかったはずだ。酷い話さ」
「……それでも……!! それでも私は……!!」
「俺は君に命を粗末にするような真似をして欲しくない。これ以上辛い経験をするべきではないんだ。リル、君には才能がある。プロ鑑定士にふさわしい実力がある。別に『不完全』に関わるなとは言わない。関わる方法は色々とある。贋作を突き止め、破棄する仕事も立派に『不完全』と戦っていると言える。最前線に立たなくても、最前線で戦う者をサポートに徹することだって出来るはずだ。何も君自ら手を汚さなくてもいい」
ウェイルだって、彼女の気持ちは痛いほど判る。
だから『不完全』を潰すための努力をするなとは言わない。
むしろ歓迎する。味方は多いに越したことはない。
だがイルアリルマが戦場で戦力になるとは到底思えない。
戦場で生き残る者、それは大半が怪物連中ばかりだ。
アムステリアやイレイズ。フレスとサラーに至っては本当に怪物そのものだ。
ハーフエルフの、それも何の力を持たぬ者が上がっていけるステージではない。
「君は裏方。サポートをする方が向いていると思う。俺としても君のような者にサポートしてもらったらありがたい。そちらを目指してみないか? 君にとっては悔しいだろうが、そっちの方がいい」
イルアリルマを守るためにウェイルの挙げた妥協案。
「……私、私……!!」
イルアリルマは目に涙を浮かべていた。
感情を押し殺し、ただひたすらに拳を握り、悔しさに耐えていた。
ウェイルにとっても複雑だ。
そもそも復讐というのは、自らの手で行わなければ意味がない。
サポートというのは、結局のところ他人任せなのである。
そのことに悔しさを覚えるのは当然だ。
「……私、『不完全』や奴隷商人を絶対に許せません……!! 絶対に、プロ鑑定士になります……!!」
「……そう、か」
ウェイルの想いは伝わらないかも知れない。
それも仕方のないことだ。
ウェイルも俯き、小さく嘆息する。
だがイルアリルマの言葉はまだ途中であった。
「だから……、だから……!! ウェイルさん……、私に力を貸してください……!! 私、ウェイルさんのこと、全力でサポートします……!! だから、私の、私の代わりに……奴らを……!! そのためにも、私、絶対に合格して見せます……!!」
切れ切れながらも、そう言い放ったイルアリルマ。
ウェイルは椅子から立ち上がり、未だ涙の止まらぬ彼女にハンカチを手渡すと、力強く答えてやった。
「――任せておけ!」




