母と奴隷
プロ鑑定士試験、第一試験が終了した。
総受験者数3212人中、合格はわずか987人だった。
そもそも正解の『シアトレル焼きの壺』は、プロ鑑定士協会が各露店やオークションハウスに配った1000個と、元々在庫として存在していた数十個分しかマリアステルには存在しなかった。
どんなにあがいても1000人以上の合格者は望めない仕様であったが、それでもこの合格者数は例年に比べてかなり多かった。
「今年は優秀な人材が多いな」
合格者の調査書を見ながら、サグマールも呟いていたほど。
合格した987名には、一人一人に番号のついたドッグタグが配られ、それが第二試験の受験票となる。
第一試験終了と同時に、第二試験の日程が発表された。
――第二試験の開始は三日後の正午、マリアステルにて。
それまでは受験者はこのマリアステル内で宿泊することになる。
プロ鑑定士協会本部の宿泊施設も解放され、イルアリルマもそこに宿泊することになった。
もっともフレスとギルパーニャは、当然のことながらウェイルの部屋に宿泊する。
イルアリルマを加えた四人は、フレス行きつけの例の食堂で夕食を済ませた後、ウェイルの自室へイルアリルマを招いた。
「ここがプロ鑑定士のお部屋……!! 鑑定道具がたくさんありますね! それに資料があちらこちらに散らばってて汚いし!」
「ほっとけ」
「なんだか本物のプロって雰囲気がします!」
「いや、本物のプロなんだよ、俺は」
毎日のように部屋で遊び回るフレスとギルパーニャのせいで、部屋には物が散乱し、それはそれは酷い惨状であった。
ウェイルが彼女を部屋に誘ったのは、先程鑑定しているときに確信したことを彼女に確認しようと思ったからである。
また個人的にも彼女の素性について興味があった。
イルアリルマにとっても願ったり叶ったりだったらしく、誘うとすぐに了承してくれた。
「まあ適当に座ってくれ」
無駄にたくさんある椅子の一つを差し出すと、イルアリルマはお淑やかに腰を掛ける。
「失礼します」
「うう、絵になる……」
「フレス、私達も座り方、気にしてみようか」
外野がヒソヒソ話するほど、彼女には気品があった。
彼女には色々と聞きたいことがある。
逆にイルアリルマからしても、こちらに話したいことがあるはずだ。
無駄話するのは時間が勿体無いと、ウェイルは最も気になっていたことを単刀直入に切り込んだ。
「なあ、リル。君はもしかして――――目が見えないんじゃないか?」
「……――ッ!?」
その言葉に、イルアリルマは酷く狼狽えて、絶句していた。
「…………ど、……どうして、判ったんですか?」
「さっきの会話だよ。リル、お前はさっきこう言ったよな。『ウェイルさんを感じた』ってな。確かにエルフは人間にない感覚、特に察覚と呼ばれる感覚に優れている。しかし、いくら察覚が優れていようとも、視覚が良好であるならば、普通は視覚を利用するはずだよ。なんだかんだ言っても視覚に情報量で勝る感覚はないからな。つまり普通ならばあそこは『ウェイルさんを見た』と言うはずだ。でもお前は感じたと言った。常日頃から察覚を使っていないと出ない言葉だ。だからだよ。君が盲目だと気付いたのは」
「たったそれだけのことで、目が見えないことがばれてしまうだなんて……!!」
「え……っ? リルさん、目が見えないの……?」
あまり深く切り込むには躊躇われる話題に、流石のフレスも遠慮がちだった。
しかし対するイルアリルマは明るかった。
「いやぁ、プロの実力には脱帽してばかりです! まさかここまで判っちゃうなんて! 今まで気づけた人なんてほとんどいなかったですよ。あ、フレスさん、気にしないでくださいね? 私にとって視覚は全く必要ない感覚なんですから」
それからイルアリルマは一息つくと、声のトーンを一段落とした後に語り始めた。
「私はハーフエルフだって、さっき言いましたよね。人間とエルフの間に生まれたんですよ。母はエルフ。そして父は名も知らない人間です」
名も知らぬ父。
そうなる理由は数多くあるが、ウェイルがピンと来たのは、どうしてか一番嫌悪すべき例だった。
「――奴隷、か」
「はい。私の母は奴隷商人に捕まって売り飛ばされたんです。エルフ族は価値がありますからね。さぞ高く売れたでしょう。母は私を身籠ってすぐ、父に捨てられたそうですけど」
「……奴隷だなんて……!! 酷い……!!」
フレスは『為替都市ハンダウクルクス』で奴隷にされていたピリアを知っている。
彼女がどんな酷い仕打ちを受けていたかも、だ。
フレスにとってそれは衝撃的なもので、奴隷と聞くだけで寒気がするほどになっていた。
「そうして生まれた私ですから、当然母も私に対して冷たく当たってきました。幼い頃は理不尽に思ったものですが、今考えれば妥当だと思います。母も苦しかったと思いますから」
あまりに淡々と語るイルアリルマ。
フレスはこういう人間の醜い側面の話は大の苦手だった。
耐えきれずギルパーニャに抱きついている。
「そうか。……しかし、その事と君の視覚についてはどういう関係があるんだ?」
「エルフ族は人間とは違い、五感ではなく七感あることは有名な話です。ですが私はハーフエルフ。確かに七感を持っていますが、それら一つ一つの感覚は純エルフに比べると数段劣っているんですよ。エルフにとって感覚は神獣である証。生まれつき持つ薄羽と共に、エルフの証として誇りにしている方はたくさんいます。私はその七感が弱かったため、落ちこぼれだと周囲から疎まれ、母からは八つ当たりを受ける日々を送っていました。ストレスのせいだと思いますが、七歳くらいのとき、高熱を出して倒れたことがありまして。落ちこぼれの私は誰にも助けてもらえず、死の淵をさまよったんですよ。そんな私を助けてくれたのが、一人の鑑定士です。彼は私を抱きかかえて医者に見せてくれたのです。おかげで命は助かったのですが、高熱の後遺症が出たのです」
「……それで視覚を失ったのか……?」
「視覚と、そして触覚です。私の皮膚は何かに触れても、その物の温度や表面の様子は判りません。七感の内、二つを失いました」
「……そんな……!!」
フレスはとうに泣いていた。
ギルパーニャも辛そうに聞きながら、フレスを抱きしめ頭を撫で続けている。
「ですが悪いことばかりではないんですよ? 人間でもよくありますよね? 視覚を失った人は、その他の感覚が優れるって。私の場合もそれなんです。視覚と触覚を失った代わりに、聴覚と、そして察覚が異常に鋭くなったんです。特に察覚が本当に凄くて、何も見えなくても気配や雰囲気だけで、周りにどんなものがあるか、誰がいるのか、その人はどんな感情を持っているのか、全て手に取るように判るんです。聴覚だって、どんな些細な音も聞き逃しませんし、絶対音感だって手に入れちゃいましたよ」
「だから壺の音だけで鑑定が出来たわけか。俺を見つけたのも常人離れした察覚があったからこそ、か」
「そうなんですよ! とても便利で重宝してるんです!」
全てを語り終えたイルアリルマは、やはり笑顔だった。
ウェイルの感じた彼女の強さとは、悲惨な過去と、それを乗り越え受け入れることが出来た許容力。
「そうか。強いな、リルは」
「そんなことはないですよ。私には目標があったから。それだけです」
彼女の目標。
ウェイルは、なんとなくイルアリルマと自分を重ねあわせていた。
だからこそ判る。
イルアリルマの目標、それが一体何なのかを。
「リル。君はどうして鑑定士になろうと思ったんだ?」
その問いに、彼女の雰囲気が変わる。
「ウェイルさんならもう気づいていると思いますよ。私がウェイルさんとお話ししたかった理由も、この為ですから」
ウェイルが頷き返すと、イルアリルマは笑顔から打って変わって真剣な表情になり、答えた。
「――復讐、です」




