ハーフエルフの美女、イルアリルマ
「ウェイルさんに勝っちゃった!!」
「えぇっ!? ウェイルにぃのこと、知ってるの!?」
突如豹変した彼女にギルパーニャも目を丸くする。
「いやぁ、まさか憧れのウェイルさんに認められちゃうだなんて……。私、今回不合格でもいいや! いや、よくないですけど!」
「……おい、ちょっと話が見えないんだが……」
驚いたのはウェイルも同じ。
まさか今の今まで生意気な態度をとってきた彼女が、突然自分のことを憧れと言い出すとは予想できるわけもない。
「私、控室から尊敬するウェイルさんの姿を感じたものだから、いてもたってもいられなくて! ちょっとウェイルさんのことを試そうと思って。生意気な態度をとってごめんなさい!」
今度はペコペコと頭を下げてくる。一体どうしたものか。
顔を赤く染め、必死に謝ってくるもんだから、どうにか止めてもらおうと、とりあえず名前を訊くことにした。
「君、名前は?」
「私、イルアリルマと申します。リルと呼んでください」
「先に名前を聞いておけばよかったよ。そしたら簡単にエルフだと判ったのにな」
――エルフ族の名前には、ちょっとした特徴がある。
例えばウェイルの知り合いにエルフ族の鑑定士がいるが、名前を「アルカアイカ」という。
このように似たような音を繰り返すという特徴があるため、名前さえ知ってしまえばエルフ族かどうか判別するのは容易なのである。
「それでリル、君は一体どうしてこんなことを?」
「現役のプロがどれほどの実力か、試してみたかったんです」
「わざと転んだ理由の答えがそれか」
「そうです。本当にごめんなさい。それにどうしても貴方と一度お話したいと思っていまして」
先程の生意気な彼女はどこへやら。
尻尾があればフリフリと振りまくっているに違いないほど、彼女は目をキラキラ輝かせていた。
「折角ウェイルさんとお話する機会を得られたんです。ただ話すだけでは勿体無い。なのでつい演技をうってしまいました」
「それで俺を試してみた結果どうだった?」
「やっぱり貴方は凄い人です。わざと転んだのを見抜くだなんて。もしかしてバレバレでした?」
「いや、いい演技だったよ。君がエルフじゃなかったら俺は判らなかっただろうよ。優秀な鑑定士ってのは、自分を隠すのも得意だからな。一次試験一位通過のこともあるし、君は素晴らしい鑑定士になれると思う」
「ホントですか!? その言葉を聞けて私、今回の試験に自信を持てました!」
(い、今まで自信がなかったの!? うう、私この人に勝っているところが全然ない……)
ギルパーニャは、イルアリルマの実力を目の当たりにして落ち込んでしまった。
ウェイルを試すような度胸に、人並み外れた感覚。
同じ受験者という立場なのにも関わらず、こうまでも実力に差があるのか。
(……うう、私、フレスにも全然勝ってるところがないし……。鑑定士の才能ないのかなぁ……)
そんな事を考え、悲観してしまうのだった。
「ウェイルさん、そっちの二人はお弟子さんですか?」
イルアリルマの話題は、落ち込むギルパーニャといじけるフレスに及ぶ。
「この青い髪の方がフレス。俺の弟子だ。そしてこっちがギルパーニャ。まあ、妹みたいなもんだよ」
「見たところお若いのに、プロを目指すなんて凄いです! ここにいるってことは一次試験も受かったってことですよね!?」
「うん、そうだけど……」
イルアリルマに問われて、ギルパーニャは俯きながら答えた。
「貴方、ギルパーニャさんって言いましたよね? 凄い才能ですよ。自信を持ってください!」
「……え?」
まるでギルパーニャが落ち込んでいたのを見抜いていたかのように、そっと肩に手を置いてきた。
その手は少しひんやりとしていたけど、とても優しかった。
「貴方達お二人は、素晴らしい才能を持ってますよ。お世辞ではないです。私が貴方達くらいの時は、一次試験すら合格できなかったんですから」
「……うん。ありがとう」
思えば肩に手を置かれた記憶なんて、師匠とウェイル以外ではほとんどなかった。
否応にも照れてしまう。
(ギルの奴、イルアリルマに実力の差を見せつけられて落ち込んでいたのか)
「素晴らしい察覚だな」
エルフの持つ感覚の一つ、察覚。
人間の心理状態すらも察することが出来るようだ。
「はい! 私の自慢の感覚、その2です!」
イルアリルマは、続いてフレスに手を差し伸べる。
「フレスさん、さっきはごめんなさい」
「ううん。いいんだよ。ボクはただ一位を取れなかったことが悔しかっただけだから!」
ようやく構ってもらったのが嬉しかったのか、それとも言葉通り悔しかったのか。
普段よりちょっとだけ声のトーンが高くなっていた。
「こういうのは順位じゃないですよ。大事なのは合否ですから。フレスさんは合格した。それは立派なことです」
「そう、なのかな……?」
「勿論ですよ。それにフレスさん達だってかなり早い合格なんですよ? それで落ち込むだなんて、他の受験者さんに失礼です」
優しく諭すイルアリルマの声はとても心地よく、聞く者の心を穏やかにしていく。
これもエルフ特有の能力なのだろうか。
(そんな力は聞いたことないな)
とすればこれはやはり才能だ。
「うん。そうだね。合格したことに喜ばなくちゃね!」
フレスはすっかりご機嫌になっていた。
「そうですよ。お互いに合格を喜びましょう。そうだ、フレスさん、ギルパーニャさん、この次の試験のことなんですけど――」
フレスとギルパーニャをあやすその姿に、ウェイルは彼女の才能を垣間見た。
落ち込んでいたフレスとギルパーニャの姿は、すでにない。
イルアリルマのペースに巻き込まれ、笑顔を取り戻している。
彼女は口が達者だ。人を持ち上げる話術も然ることながら、何より会話の最中、常に落ち着いている。
何事にも動じぬ話し方というのは、それとなく自信が窺え、説得力に満ち溢れる。
それが相手に伝わると、これは価値のある会話だと相手に納得させることが出来る。
これは鑑定士が依頼主に鑑定内容を説明するために必要不可欠な才能だ。
現にフレス達は、無意識の内にイルアリルマを信頼している。
「――それでフレスさんの受付をしていたあの鑑定士さんは、過去に裏オークションを十二回も摘発している凄い人なんですよ。大勢の経済犯罪者を捕まえたって話ですよ」
「そんなに凄い人だったんだ!! リルさんってよく知っているねぇ。他にも面白い話はないの!?」
会話を弾ませる三人は、まるでライバル同士だとは思えないほどリラックスしたものだった。
「リルさんって色んな鑑定士さんについて詳しいんだね!」
「はい! それはもう憧れの方々ですからね! 私もいつか先輩方の後に続きたいです! 去年は三次試験で落ちちゃったので、今年こそは絶対に受かりたいですね」
「ボク達、初受験なんだ。お互いに頑張ろうね!」
「はい、頑張りましょう!」
そろそろ壺を手に入れた受験生達が押し寄せてくる時間になる。
三人のガッツポーズを見届けて、ウェイルは本来の業務に戻ることにした。
「フレス、ギル、俺は審査の仕事に戻るからな。また後で」
「うん。お仕事、頑張ってね!」
「ウェイルさん! また後でお話しさせていただいてもよろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
「ねぇ、リルさん。夕ご飯、一緒に食べようよ!」
「いいですね! ……えっと、いいですか?」
「もちろんだ」
少し不安げに尋ねてくるイルアリルマを安心させるために、ウェイルは快く頷いた。
その後、控室に入った三人と別れたウェイルは、受験者で殺到する受付へと戻り、壺の鑑定業務に勤しんだ。
その作業中、ずっと考えていたことがある。
(……あのことは最後まで隠していたな。『感じた』ってのは、そういうことだろうしな)




