うってかわって
「よく判りましたね」
「まあな。これでも一応プロ鑑定士だからな」
彼女が一風変わった独特な雰囲気を身に纏っている理由は、まさにこれであった。
神獣――エルフ族。
エルフは神獣と呼ばれる生物でありながら、人間に非常に近い存在だとされている。
伝説では、長い耳に長寿命と語られることが多いが、実際はそうではない。
確かに人間よりは多少耳が長かったり尖っていたりする者もいるが、これには個人差があり、人間と同等程度の長さしかない者もいる。寿命もまた然りだ。
最近では、エルフの個体数が雌雄どちらも非常に少ないために、他種族と交わるケースも少なくない。
人間と交われば当然普通の人間に近い風体になっていくし、寿命だって100年生きれば大往生だ。
ただ、彼らエルフと人間では、明確に異なる能力の差がある。
それは生まれつき持っている感覚の数。
人間は視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚という五感と呼ばれる五つの感覚を持っている。
しかしエルフは、これら五つの感覚に加え、さらに察覚、魅覚と呼ばれる感覚を持つとされている。
察覚とは、察する力。
俗に気配や殺気と呼ばれる、いわゆる雰囲気的なものを、非常に敏感に感じることが出来る感覚だ。
これが優れている者は、目を瞑っていてもどこに何があるか全て手に取るように判るという。
次に魅覚。
人間だって芸術品や美術品を見ると、その美しさに魅了されることは多々ある。
多くの場合それは『感性』と呼ばれ、人を魅了させたり感動させたりするものだ。
そもそもここは芸術大陸。
芸術に魅了されている人間ばかりと言える。
とはいえ、それには当然個人差があり、たとえ優れている人間でも、己の感性を表現するための具体的な言葉や数値を持ち合わせてはいない。
それが何故美しいのか、具体的な言葉や数字を使っての説明は出来ないし、表現することも出来ない。
しかし魅覚を持つ彼らにはそれが易々と出来てしまう。
あまりにも的を得た表現をすることが出来るし、脳内イメージの具現化も容易く行える。
模写をすれば本物に近い作品を書き上げることが出来るし、模倣をすれば本物より質が高くなることもある。
脳内に思い浮かべた情景や作品を、そっくりそのまま再現することが可能な感覚。
それが魅覚である。
エルフである彼女も、察覚と魅覚があるに違いない。
だからこそ、ウェイルは不可解に感じた。
彼女の今の行動は、酷く不自然だった。
「君、何故わざと転んだ?」
「……えっ?」
ウェイルが問うと、彼女はキョトンとした顔を浮かべる。
「惚けて無駄だ。なるほど、意外にしたたかだ」
未だ地面で泣き言垂れるフレスを無理やり起こしながら、そう切り込んでいく。
「そもそもその眼鏡は何なんだ?」
「眼鏡ですか?」
「エルフ族であるならば、そいつは必要ないはずだろう。人間にはない感覚、『察覚』があるんだから。目を瞑っていても物事を把握できる感覚を持つ君が、どうしてメ眼鏡なんか掛けているんだ?」
「え!? ちょっと、ウェイルにぃ、何言ってんのさ!? 眼鏡を掛けるくらい普通のことじゃない!」
「それが人間ならな。エルフには必要ない代物なんだよ、眼鏡ってのは。それに感覚が優れているんだ。そうやすやすと転んだりするもんか」
「……何が言いたいの? ウェイルにぃ?」
「だから言ったろ。わざと転んだってな」
「どうして私がわざと転んだと言い切れるのですか? 察覚だって個人差はあるんです。私の察覚が優れていない可能性だってあるでしょう」
その目は鋭く、突き刺すような視線をウェイルへと向けてきた。
この視線や今の台詞自体が、何よりの自白であると言えるのだが。
「そうだな。だが君には一つとても優れている感覚があるだろう?」
「……聴覚ですか」
「第一試験を音だけでクリアした君だ。聴覚は誰よりも優れているといって良いだろう。そんな君が、進行方向上にいるフレスの存在に気づかないなんてことが有り得るか?」
「……あ! そういえばそうだね! 絶対に気づくよ! フレスってば、ずーっとイジイジグチグチ言っていたんだから!!」
「そういうことだ」
「喋りに夢中で気づかないという可能性は?」
「自慢なんだろ? その聴覚は。だから有り得ないな」
「……なるほど。確かに私は聴覚に自信があります」
ウェイルの推理を聞いて、彼女は大きくそれでいて上品に笑い始めた。
「フフフフフッ!! 流石はプロ鑑定士。推理力抜群ですね! 貴方の指摘はほとんどが正解です。でも正解の半分は運が良かっただけ」
「どういうことだ?」
今度はウェイルが疑問を持つ番。
「私は確かにエルフ族で、わざと転んだ。でも、貴方が推理して判った事は、私がわざと転んだいう点だけ。その動機については判っていない。私がエルフということに関しては、外見だけで判断したんでしょう?」
「そうだな」
ギルパーニャは彼女がエルフだと見抜くことは出来なかった。
それはまだ彼女が経験乏しいことも一因だし、何よりエルフの個体数は非常に少ない。
エルフ族に出会うことすら稀なのだ。
「鑑定士に仲間にはエルフ族もいるからな。雰囲気だけで判ったよ」
髪、瞳、肌の色。
身体のラインにスタイル。
人間にはとても真似できない美しさの体躯を持つ、それがエルフの特徴だ。
「つまり貴方は推理によって私がエルフだと判ったわけじゃない。それに私はエルフじゃなくてハーフエルフなの。人間とエルフのね。最近は個体数の関係で純粋なエルフなんてほとんどいないわ。ほとんどが正解って言ったのは、数少ない不正解にこれがあったから」
「なるほどな」
「でも、私がハーフエルフだって知って、貴方にわざと転んだ理由が判るの?」
彼女は自慢げにそう言った。
ウェイルは彼女の行動について推理をして見せたが、結局のところ動機については何も判ってはいない。
「私の動機が判らない以上、そんな推理も無駄だ」と言わんばかりの態度。
それを視線で訴えてくる彼女にウェイルは、こりゃ強いな、と感じた。
鑑定士に重要なのは、財力でも、人脈でも、ましてや知識でもない。
自分の主張を意地でも通すという気概。
それこそが鑑定士にもっとも必要な強さだ。
論破され臆するということは、鑑定士にとっては殺されたと同じなのだから。
「これ以上、貴方が何か判ることは?」
「参った、参った。これ以上は俺には判りそうもない。ハーフエルフさん」
「……私の勝ち?」
「勝負をしていたつもりはこれっぽっちもないけどな。俺の負けでいいよ」
ウェイルが手を挙げて降参のポーズをすると、
「ううううう、やったああああ!! ウェイルさんに勝っちゃいましたー!!」
「…………へ?」
「いやぁ、まさかウェイルさんに降参してもらえるとは! 感激ですぅぅ!」
それまでの威圧的な態度から打って変わって、大はしゃぎし始めたのだった。
「……うう、痛い……」
フレスはまだ、忘れられていた。




