第一試験最初の合格者
(……あの方がウェイルさん、ですか)
ここはプロ鑑定士試験、第一試験合格者控室。
私以外には一名いるだけのとても静かな室内で、私はとある人の気配を感じていた。
外から聞こえてくる賑やかな会話の内容から、それがプロ鑑定士のウェイルだということが判った。
私はこの人に会うために、そしてこの人と共に働くために、この試験を受けたといっても過言じゃない。
すぐさま部屋から出て話しかけてしまいたい衝動に駆られたが、それをグッと我慢した。
噂に聞く凄腕鑑定士。
しかし、その実力は如何ほどのものなのだろうか。
是非それを自分の感覚で確かめたい。
「先に謝っておきますね、ウェイルさん。ごめんなさい」
私は、これから彼の実力を試してみることにした。
――●○●○●○――
「そんなの無理だよ! 鑑定だけでも10分くらいはかかるよ!?」
「それでも早い方だけどな」
「一体どうやって……!?」
「――それは『音』ですよ」
ふいにギルパーニャの疑問に解答を出す、一人の女性が現れた。
見た目だけでいえば二十歳前後か。
少々幼さの残る顔立ちではあるが、彼女の御淑やかな口調に、おとなしめな眼鏡も相まって、とても凛々しく、知的な雰囲気を纏う女性だった。
「……え!? 音!?」
「はい。私は、『音』を聞くだけで鑑定することが出来るんです」
ゆっくりと語りながら、その女性はこちらへ向かって歩いてくる。
「音は何でも私に教えてくれます。その材質、形状――」
その独特な雰囲気に、少し見とれていたギルパーニャであったが、ふと女性の進行方向上でうなだれているフレスに気づいた。
(あ、ぶつかりそう)
「――質量も、さらには魔力伝達率まで――――あうっ!」
「ううう、一番乗りが良かったのに……イジイジ……。――――って、ふみゅううううっ!?」
「きゃあああ!?」
ギルパーニャの予想は大的中で、その女性はというと『orz』状態で落ち込むフレスにつまづき、盛大に転んで顔面から床に突っ込む羽目となってしまった。
「あ、あれは痛いよ」
「ああ、痛いな」
すいーっと眼鏡が滑っていく光景に、不思議な雰囲気もぶち壊しである。
ちなみにフレスは転んだ彼女の下敷きになっている。
「あれ!? メガネ、メガネ!?」
スライドしていった眼鏡を、目の形を3にして、探す姿は笑いすら誘う。
じたばたするあまり、正面にある眼鏡に気付いていない。
「め、目の前にあるのに」
「だな。しかしそれにしても不可解だ」
「え? 何が?」
ギルパーニャの疑問はさておいて、ウェイルは眼鏡を拾い少しだけ観察した後、彼女に手渡してやった。
「ほら、眼鏡だ」
「は、はい! ありがとうございます!」
彼女はウェイルから手渡された眼鏡を急いで掛ける。
ふと、ウェイルと顔を合わせる格好になったが、それが彼女には恥ずかしかったようで顔を赤らめていたが、プイと顔を背けたかと思うと何事もなかったかのよう立ち上がった。
パンパンと服に着いた埃を払い、一度咳払いしたのち、説明を続ける。
「物には、その物特有の音があります。壺を叩いた時の音、割れた時の音、砕いた時の音。その音によって、私は材質を知ることが出来るです」
(いや、転んだことについては何も言わないのか?)
(シーッ! ウェイルにぃ、彼女がなかったことにしてるんだから言及しちゃダメ)
「今回の試験、最初に壺が割れましたよね? その音で、私はその壺がシアトレル焼きだとすぐに判ったんです。そして全ての音の中から一つだけ音が全く違いましたから、それが贋作だとすぐに判りました」
「音だけでシアトレル焼きだって判ったの!? そんなバカな!?」
ギルパーニャは、そのあまりにも人間離れした鑑定方法に愕然としたようだった。
自分達は壺の欠片の入手から鑑定までに10分という時間を要した。
それは全受験者の中でも比較的早い方ではあったが、彼女なんと一瞬のうちに鑑定を行ったということだ。
少々信じ難い聴覚だと不信感も覚えたが、試験を一番乗りで合格した事実は変わりない。
鑑定力の差をまじまじと見せ付けられた気がする。
「音で金属に含まれる成分の含有量が判る人間もいると聞いた。君もそうなんだろう?」
「ええ。私ならそれも可能ですよ。聴覚だけは私の自慢なんです」
聴力や音感が飛びぬけて優れている者は、プロ鑑定士の中でも少なからずいる。
今言った物体の成分含有量を調べたりすることも出来るし、まさに音、すなわち音楽関係の鑑定にも重宝される存在だ。
音によって一瞬で鑑定を終わらせてしまう。
第一試験の作業工程である『①取得、②鑑定、③購入』のうち、①と②をスキップできるわけだ。
僅か20分で合格したことも十分に頷ける。
「まあまあギルパーニャ、落ち込むなよ。人間誰しも、得手不得手はあるもんだ。それに彼女、人間じゃないようだしな」
「……なんですと?」
言葉の意味が判らず、彼女の上から下までじっくり見てみるも、どこにも変わったところはない。
「君はエルフなんだろ?」
ウェイルの問いに、彼女はメガネの位置をくいっと直す。
「ええ。まさか見破られるとは思いませんでしたけどね」
彼女は薄く、そして切なげに唇を釣り上げたのだった。
「……ううう、みんなボクのこと忘れてるよ……」
床にうつぶせのまま涙を流すフレスであった。




