プロ鑑定士をする資格
「簡単に買えたね」
「意外なくらいあっさりだったね。もしかして本当に一番乗り出来るかも?」
初動も鑑定も早かった二人は、拍子抜けするほど簡単に『シアトレル焼き』の壺を手に入れることが出来た。
他人からは見えないように袋で隠して、落とさないよう慎重に、二人は協会本部へと向かう。
プロ鑑定士協会本部周辺には、あまり人影がなかった。
ここに来ていた大勢の受験者達は、この都市の様々な場所へ散り、各々合格するためにシアトレル焼きを探していることだろう。
「あの大きい扉に入ればいいんだよね? 実は私、協会本部へ入るのって、この前フレスに会いに行った時が初めてだったんだ!」
「そうなんだ! とっても広いでしょ?」
「実はウェイルにぃの部屋へ辿り着くまでに八回も迷っちゃったんだ!」
「ボクだってここにはよく来てるけど、それでも迷っちゃうんだもん。無理ないよ」
なんて会話を弾ませつつ、門の前にやってきた二人。
(……誰かいる)
その門の裏に、怪しい影がいることをフレスは悟った。
「……ギル!!」
「……えっ? ――きゃあっ!!」
強烈な殺気を感じたフレスは、咄嗟にギルパーニャを突き飛ばす。
元々ギルパーニャが歩いていたところには紅蓮の炎が上がり、石畳の道を真っ黒に煤こけさせた。
「――誰!?」
フレスが振り向くと、そこにはせせら笑いを浮かべる二人組の男がいた。
「ハッハッハ、お嬢ちゃん達、さっき壺の欠片を置いて行った奴らだろ? すげえよなぁ、その歳で立派に鑑定しているんだからさ」
「ホントだな! 鑑定もすぐに終わったみたいだし、優秀だよなぁ? つまりだ。その袋の中には、正解の壺が入っているんだろ?」
フレスは答えない。
ギルパーニャのことが心配であったし、何より地面を焦がした力が気になっていたからだ。
「なぁなぁ、お二人さん。お願いがあるんだけど、その中に入っている壺を俺らにくれないか? 見ただろ? 地面の焦げをさ。俺達は、そういうことの出来る神器を持っているんだよねぇ」
「……なにそれ、お願いじゃなくて、脅しじゃないか」
「まぁ、捉え方によってはそうなるかなぁ? 火炎操作系神器『狐火の揺らめき』。この指輪がそうなんだよ?」
彼らの指にある、深紅に煌めく指輪。
「……へぇ、その指輪が神器なんだね」
「そうだよ? この指輪は実に便利でなぁ。好きなように炎が溢れて、いつでもどこでも自由に肉を焼ける! 魚でも牛でも豚でも、そして――人間でも、ね……!!」
「へぇ、それは便利だね。ボクも欲しいかも」
「羨ましいだろう? 俺達は焼き魚も牛や豚の丸焼きも大好物なんだけどさ。人間は食えないからよ。だから出来る限り焼きたくはないんだ。ね? 焼きたくないんだよ。この意味、判るよな? だからその壺、渡してくれないかな?」
男達は指輪をこちらに向けてほくそ笑んだ。
指輪は真っ赤に輝き始めると、その周囲は熱でゆらゆらと陽炎を作り出す。
そんな暴漢二人を恐れたギルパーニャは、フレスに寄り添いしがみついた。
「……フレス……!! 壺ならまた買いに行けばいいから……!! だから……!!」
ギルパーニャが袋を開き始めるが、
「それは絶対に駄目だよ、ギル」
と、フレスがそれを制した。
「ねぇ、ギル。鑑定士って職業はさ。こういう悪い奴らとも、戦わないといけないんだよ。贋作士や詐欺師とかね。だからこの程度の相手に降参しちゃいけないよ? 鑑定士たるもの、強気でいかなきゃ!」
「……フレス……、だけどっ!!」
「残念だけど、ボク達の壺は渡せない。壺が欲しいなら自分で手に入れてよね」
「フレス……!」
力強く、堂々とした姿のフレスに、ギルパーニャは素直に凄いと感嘆していた。
そんなフレスの態度を見て、より機嫌を悪くした暴漢二人。
「おいおい、このガキ。色々と勘違いしてやがる」
「おい、ガキ。さっき審査員のおっさんも言ってただろ? この審査中に死んだとしても責任を持たないってよ。つまりここでお前達が俺達に殺されようが、協会側は一切関与しないってことだ。死んじまっては元も子もないんだぜ? 素直に壺を渡して、また壺を買いに行く方が賢明だと思うがな」
「――うるさい!! 黙れ、この三流!!」
自分勝手な要求ばかりほざく暴漢達に対し、フレスが怒号を飛ばした。
「俺達が三流だと!?」
「そうだよ! 自分で鑑定すらせず、さらに人の物を盗ろうとしたお前達が三流じゃなくて、一体なんだってんだ!! 三流なバカにプロ鑑定士をする資格なんてない! プロ鑑定士ってのは、強くて、頭が良くて、そして人格者ばかりの皆が憧れる超一流の人達なんだ! お前らなんか三流のバカは、一生掛かったってなれっこないよ!!」
「少しばかり優しくしすぎだようだ……!! でしゃばりすぎだ、クソガキ……!!」
「どうやら死にたいらしい。いいぜ、望みどおりに黒焦げにしてやるよ!!」
男達の怒りに呼応するように、指輪は輝きを増していく。
激しい業火が指輪の周囲に出現したかと思うと、二人はそれを容赦なくフレスに向けて飛ばしてきた。
「――フレス!!」
ギルパーニャは、業火に全身を覆われるフレスを見た。
「……ぬるいよ……!!」
だが、それも一瞬のこと。
瞬きする間も無く、その炎は跡形もなく消え去った。
「なっ……!!」
「火が、消えただと……!?」
「許さないよ……!!」
今度はフレスの腕が光り出す。
その青い光が強くなると共に、周囲の気温が下がり始め、フレスの足元は徐々に凍っていく。
「こ、氷……!?」
「こんな炎、サラーの炎に比べたらぬるま湯だよ」
輝きは冷気に変わり、フレスの右腕にまとわりつく。
「ウェイルの真似みたいだね」
腕に渦巻く冷気は氷へと変貌し、透明で鋭い氷の刃が出現した。
「こ、氷の剣!? 神器だと!? こんなガキが神器を持っているってのか!?」
「し、知るか!! まずいぞ! 俺達の炎が全く効かなかったんだ!! 逃げた方がいい!!」
「逃がすわけないでしょ。ボク達を脅した報いは、きっちりと受けてもらうよ」
背を向け走り始めた二人を、フレスが逃すはずもない。
「――身のほどを知りなさい!!」
左手から巨大なツララを召喚し、彼らが逃げる方向へと撃ち放つ。
ツララは彼らの頭上を飛び越えて、進行方向先の地面に突き刺さり壁となった。
地面も凍りつき、足が滑る。
これでは逃げるどころか、まともに歩くことすらもままならない。
「な、なんなんだ、お前は!?」
「ボクは魚でも牛でも豚でもないんだよ。ましてや人間でもね――」
フレスは氷の刃を一振りする。
その斬撃により指輪は破壊され、さらに刃から発せられた冷気の衝撃波は、彼らを容赦なく襲った。
衝撃波に吹き飛ばされ、ツララの壁に強く激突した彼らに、意識を保つことなど出来るはずもなかった。
(――だってボクは――龍、なんだからさ……!)




