フレスの魔力
デーモンの射程圏内に入ったのか、一気に爪を振り下ろしてきた。
辛うじて避けたものの、代わりに命中した木箱は、今の一撃によって木端微塵となっていた。
その後も、デーモンは何度も何度もウェイルへと襲い掛かる。
一発でも当たれば致命傷だ。だから文字通り死ぬ気で避けていく。
避け始めた当初こそ、爪の間合いを見切り、寸前のところで避けていたウェイルだったが、一向に止む気配のない連撃に、徐々に身体が追い付かなくなっていく。
次第に身体は重くなり、言うことを聞かなくなってくる。
(クッ…、さっきステイリィに首を絞めらた時のダメージが……!!)
まさかあの厄介事が、こんなところで響いてくるとは思いもしなかった。
そしてついに壁際まで追い込まれてしまった。
「……逃げ場がない……!!」
死は、もう目前に迫っている。
それでも死を受け入れる覚悟なんてあるわけない。
どうにか逃げようと助かる道を模索する。
「グガガガアアアアアアアアッ!!」
デーモンの咆哮に、心臓が握り潰されるような感覚に陥る。
人間の神経を凍らせるような、戦慄の叫びがウェイルの鼓膜を貫いた。
「くっ……! こんなところで死ぬわけにはいかないんだよ!!」
こうなった原因を作り出した奴の顔が脳裏に現れる。
二ヤつくステイリィの顔を思い浮かべながら死ぬのだけは御免被りたい。
追い込まれたウェイルに、デーモンは容赦なく襲い掛かった。
「――おりゃぁぁぁぁぁ!!」
だが、突如として目の前からデーモンの姿が消える。
「間一髪だったな! 無事か、ウェイル!!」
「ヤンク!?」
代わりに視界にあったのは、巨大なハンマーを肩に乗せたヤンクであった。
デーモンはヤンクのハンマーに殴られて吹っ飛ばされていた。
「珍しく随分と痛めつけられてるな」
「丸腰なんだよ、仕方ないだろ。でも助かったよ」
「礼なら後でいい。それよりもお前さんはもう逃げろ。後は任せておけ」
「そうはいかない。俺は鑑定士なんだ、神器絡みの事件には介入しないとな。それに爺さん一人に戦わせるわけにはいかない」
「何言ってやがる! お前さんはもうフラフラなんだぞ!?」
「関係ないね。こんなの、一週間連続徹夜で鑑定依頼をこなした時に比べたら大したことはない」
「……そうかい。ならば一緒に奴をぶっ飛ばそうか。こいつを使え」
「さっき出るときに持ってきたんだ」
ヤンクが取り出したのは、大きめの包丁。
デーモンに対して有効な武器になるとは思わないが、こんなものでもないよりはマシだ。
「ヤンク、ラルガポットはあるか!?」
「当然だ。こいつが俺を守ってくれるそうだからな。あいつは俺が仕留めてやる!」
ヤンクはハンマーを背負って、デーモンへ立ち向かっていく。
豪快にハンマーを振り回すその姿は、まさに怪物だ。
しかしデーモンの素早い動きに翻弄されてか、次第に息を切らし始めた。
「ちょこまかと……!! 大人しく潰されろってんだ……」
ハンマーを杖にして、一度息を整える。
その時こそヤンクの見せた隙。
これを好機と見たデーモンは、ここぞとばかりにヤンクへと襲い掛かった。
「――ヤンク!!」
立つのがやっとの状態であったが、友の危機に身体は動いてくれた。
ヤンクへ襲い掛かるデーモンに対し、体当たりを食らわせ、包丁を突き刺してやる。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」
「ざまあみやがれ……!!」
初めてまともにダメージが入り、大きく咆哮するデーモン。
痛みで暴れだし、ウェイルは振り飛ばされてしまった。
「――しまった……! くっ……!?」
振り飛ばされた際に、地面で背中を強打。
少しの間、呼吸困難に陥った。
横になったウェイルが見たものは、怒り心頭のデーモンの姿。
ウェイルを八つ裂きにすべく、一歩一歩近づいてくる。
――そんな絶体絶命の最中。
「――あらら、お師匠様ったら、ボロボロにやられちゃってるよ」
この切羽詰まった状況の中、フレスの呑気な声がこだまする。
「ふ、フレス……?」
「うん。ボクだよ。ウェイル、大丈夫?」
フレスはいつの間にかウェイルの隣に立っていた。
そしてウェイルを庇うかのように、デーモンの前に立つ。
「フ、フレス! 何やっているんだ!! お前も危ないぞ!!」
「えーと、だからさ。ボクなら大丈夫なんだって。とにかくウェイルはそこで休んでて」
フレスは手のひらを、デーモンに向けた。
気のせいか、フレスの手が光ったように見える。
「よくもボクの師匠を痛めつけてくれたね。絶対に許さないから……!!」
フレスの手は、闇を切り裂くかのように青白く輝き始めた。
その光の影響か、フレスの周囲はひんやりと温度が下がっていく。
「死んでウェイルに謝ってね」
フレスがそう囁いた瞬間だった。
強烈な光と冷気が放たれ、それと同時に何かが突き刺さったかのような生々しい音が周囲に轟いた。
それは一瞬の出来事だった。
そしてその光景は、にわかには信じ難い光景であった。
――デーモンから、大きな赤いツララが、生えるようにして飛び出していたのである。
デーモンは断末魔さえ上げることも出来ずに、一瞬のうちに息絶えていた。




