お約束
ウェイルがルークのオークションハウスへ戻ると、嬉々とした表情を浮かべるフレスと、げんなりと沈んだ表情を浮かべるギルパーニャがいた。
「どうしたんだ? ギル」
「ウェイルにぃ、フレスちゃんって、凄いよね……。私もう疲れちゃったよ」
「なんだ? どうしたんだ、突然?」
「ウェイル、ウェイル!! オークションハウスって、本当に楽しいね!!」
目の輝かせ方が半端ではないフレスと、げんなりと疲れた顔のギルパーニャ。
あまりにも両極端な二人の様子を見て、奥にいたルークが苦笑いを浮かべていた。
「フレス、お前、一体何をした?」
「何って! 討論競売をずっと見学していただけだよ?」
「本当にそれだけか?」
「うん!」
「……どうなんだ? ギル」
「え、えっとね、フレスってば最初のオークションで贋作を見抜いちゃってさ。それは贋作だーって叫んじゃって。オークションはもの凄く盛り上がったんだよ。だけど見物者が口を出すのはいけないことでしょ? 最初の一回目だけはルークさんの計らいで許してもらったんだけどね。その後もフレスってば、贋作が出る度に大声出しちゃって。本人は無意識なんだろうけど、口を塞ぐこっちは必死だったよ……」
「……そりゃ難儀だったな」
天然素直なフレスのことだ。叫んだのは間違いなく無意識だ。その光景を思い浮かべるのも容易い。
ギルパーニャはよほど疲れたのだろう、まだ日が暮れる前だというのに、すでにグッタリとしていた。
「ウェイル!! ボク、早くプロの鑑定士になって討論競売に参加したいよ!!」
「ああ、そうだな。頑張れよ」
やる気のあることは良いことだ。
だからあまり注意することも出来ない所が難しい所である。
「ウェイルよ。フレスちゃんは良い鑑定士になりそうだ。ルールさえしっかり覚えてくれたらな」
「ルーク、すまん……」
「一応結果オーライってことでいいさ。フレスちゃんが指摘したことは全て本当のことだったからな。最初のオークションなんて圧巻だったよ。うちのお抱えの鑑定士も感心していた。師匠の腕がいいんだろうなってな」
「あいつ等、俺がフレスの師匠だって知っているだろう……」
ルークのところで働いている鑑定士達は皆知り合いだ。
これは絶対に笑われている。何とも恥ずかしい話だ。
「フレスちゃんの贋作を見抜く眼は本物だ。この調子なら本番の試験も大丈夫だろ」
「だといいんだがな。問題は銭勘定だよ。フレスの奴、為替計算が全く出来ないからな」
「……それは大変だな」
「教える側はもっと大変だ」
二人して苦笑いを浮かべながら、嬉々とするフレスを見守ったのだった。
――●○●○●○――
ルークのオークションハウスを後にした三人がやってきたのは、これまた行きつけのボロ宿。
「おい、ヤンク。泊まりに来てやったぞ」
立てつけの悪く中々開かない扉を、仕方なしに思いっきり蹴飛ばして開くと、渋い顔の老人が腕を組んで立っていた。
「おい、ウェイル。ちったぁ遠慮しろ。扉を蹴飛ばす奴があるか」
「立てつけが悪すぎて開かなかったんだから仕方がないだろう? 相変わらず汚い宿だ」
「ふん。嫌なら出ていけ」
「そりゃ無理だ。何せ俺は汚い宿でしか寝――」
「ヤンクさんーーーーー!!」
「――ふごおおッ!?」
ウェイルとヤンクがお約束の会話を遮って、フレスがヤンクへ抱きつくように突っ込んだ。
フレスは無邪気に抱きついただけかも知れないが、その頭は完全にヤンクの鳩尾に突き刺さった様で、悶絶するヤンクに心の中で合掌する。
「ちょっと、フレス!? 何やってんの!?」
ギルパーニャが何とかフレスをヤンクから離す。
「ヤンクさんヤンクさん! ボク、約束を果たしてもらいにきたよ!」
「はて、約束……?」
ヤンクにフレスとの約束なぞ覚えはなかった。
何せそれはヤンクにとっては冗談に過ぎない一言だったはずだからだ。
「俺は譲ちゃんと何か約束したっけな」
「――――なんですとっ!?」
その言葉に愕然とするフレス。
ウェイルはこれほどまでに驚愕したフレスを初めて見た。
「や、ややややややや、ヤンクさん……、ほ、本当に覚えてな、ないの!? ボクとの約束!?」
「す、すまん。本当になんのことかさっぱりだ。契約を忘れたことなど一度足りともないのだがな……。物忘れが酷くなったのか? 俺ももう歳だからな……」
「そ、そんなーーーーーー!!!」
それはもう洪水である。
フレスの目からは、まるで神器の力でも使ったかのように、大量の涙が溢れ出していた。
「うええええええん、クマの丸焼きの約束~~~~~!!」
(……そ、そういえばそんな約束をしてた気がするぞ……)
チラリとヤンクへ視線を向けると、何とも困った様子でこちらに頷いてきた。
「くま~~!! 食べさせてくれるって約束したのに~~!! それだけが楽しみで今まで生きてきたのに~~!!」
「そりゃ大袈裟すぎるだろ……」
「うわあああああああ、くまくまくまくまくま~~~~!!」
床の上を転がりながらくまくまと駄々をこねるフレス。
椅子や机をなぎ倒しながら暴れるものだから、ヤンクとしてもたまったものではない。
「判った、判ったよ、お嬢ちゃん。残念ながらクマはないが、代わりに豚肉を御馳走するから! 今回はそれで我慢してくれないか?」
「……いつか御馳走してくれる?」
「ああ、してやるとも。それこそデイルーラ社の全勢力を用いてクマを捕獲してやるから! だから今回は豚だけで勘弁してくれよ」
「……果汁を絞ったジュースは?」
「つけてやる!」
「梨のハチミツ漬けは……?」
「……リンゴでよければ……」
「……うう。判ったよ。それで我慢するよ……」
ようやく泣き止むフレス。
律儀に転がって倒した椅子などを元の位置に戻していく。
「じゃあウェイル! 夕食まで勉強しよ!」
今までの涙はどこへやら、すっかりご機嫌になったフレスは、まだ部屋も決まっていないにも関わらず、以前泊まった部屋へと上がっていった。
「……ねぇ、ウェイルにぃ。私、今日だけでフレスの色んな面を見ることが出来たよ……」
「飽きないだろ?」
「凄いねぇ、ウェイルにぃは……」
「面倒くさいことこの上ないがな。もう慣れたよ」
「……凄いねぇ、ウェイルにぃは……」
ポンと肩を叩きながらギルパーニャが同情してくる。
「ウェイル。部屋はいつもの部屋でいいか?」
「ああ。頼む。そうそう、フレスとは部屋を別にしてくれ」
「……あの子、多分お前の部屋に行ったぞ?」
「……だろうな。ギルパーニャ、お前はフレスと同じ部屋でいいか?」
「うん。いいよ。一緒に勉強するために来たんだもんね」
「じゃあヤンク。二部屋でよろしく」
「夕食は楽しみにしてな。フレスちゃんには借りもあるしな。腕によりをかけて御馳走するよ。……クマは無理だけどな」
「頼んだよ、ヤンク」
三人分の前金を支払うと、荷物を背負い、ギルパーニャと共に部屋へと向かった。




