ルクセンクの陰謀
「ルクセンク様。予定通り例の鑑定士の価値を大幅に下げることに成功しました」
「ほほう。それはいい……」
ルクセンクは満足げに時計を眺め、目を細めた。
「あの鑑定士、鑑定士としての腕は抜群だ。是非とも手中にしておきたいもの。それにピリアのこともある」
「その鑑定士ですが、偶然にもピリアを匿い、人間為替市場の情報を聞き出した模様です。奴らの宿泊していた宿の店主が、先程報告に来ました」
「プロ鑑定士に人間為替制度を知られるのは非常にまずい。この制度はワシの全てを掛けて作り上げたものだ。今まで幾度となく外部へ漏れるピンチもあったが、全て叩き潰してきた。今回もその例に漏れん。あの鑑定士は一緒にいた小娘諸共、奴隷になってもらうとしよう。いざとなればドッグタグを無理やり奪い取れば良い。そうすれば堂々と捕まえる口実が出来るからな。おい、奴らの値段、いつ頃が買い時になるか、予想してみろ」
「おそらくは本日正午の値段更新時が一番かと存じ上げます。市場の様子を窺っていましたが、プロ鑑定士ということもあり、注目株となっています。昨日はルクセンク様が流した噂によって値段も落ちていましたが、その効果も本日中には消えることでしょう」
「そうか。ならば本日の正午、奴らの株式を全てを買い占めよう。奴らが人間為替市場に来る前に。準備は抜かりないだろうな?」
「はい。奴らがもし為替市場のことを知り、我々の買い占めを阻止しようと行動を開始しようとしても、奴らは市場まで辿り着けません。都市には警備隊を大勢配置して、奴らの行動を阻害していますから。また別の誰かが勝手に奴らの株を買わないよう、圧力を掛けておきます」
「よかろう。では正午、為替市場へ出向くぞ。おお、そうだ。ピリアのことなのだが、もう使い物にならん。所有権をどこかにでも売り飛ばしておけ」
「承知しました」
――午前8時。
ハンダウクルクスの最大権力者であるルクセンクが、ついにウェイル株の買い占めに動き始めた。
――●○●○●○――
「ルクセンクは地上に警備隊を配置しているはずだ」
ルイのアドバイスは的確だった。
人目のつかない場所にある地上への出口から出て辺りを窺うと、なるほど確かに大勢の警備隊員の姿が目についた。
「あの警備隊は基本的にルクセンクの指示で動いている。普段はこんなに人数を割くことはない。まあ奴の狙いは鑑定士殿、アンタだろうな」
「おそらくな」
ルクセンクは人間為替市場の存在を知ったウェイルを見逃すはずがない。
宿でヒソヒソと話して外に出ていった店主らは、間違いなくルクセンクのところへ報告に行ったはずだ。
「奴は鑑定士殿が対策を打つ前に全てを買い占めようとするはずだ。手を打つなら市場が開いた直後しかないぞ」
「……そうだな……」
流石に長年ルクセンクと戦っているだけあって、ルクセンクの打つ手は、手に取る様に判るらしい。
三人は警備隊に見つからないよう、そそくさと移動を始めた。
「……ここだ」
移動する事、たったの数分。
地下から地上へと繋がるゴミ箱から這い出たウェイル達の目の前にあったのは、巨大な建物。
赤いレンガで出来た、多くの人で賑わう為替市場だった。
「極々普通の建物じゃないか」
「その通りだ。だが一般観光客には知られないように警備の目が厳しいんだ」
「どうすればいい?」
「警備の目を無くしてやれば良いだろう? 任せてくれ」
ニヤリと笑うルイ。
なんとなく何をするか予想は出来ている。
「そらよ!!」
ルイは胸元から小さな丸いガラス細工を取り出すと、それを思いっきり人々の歩いている道路へぶん投げた。
ガラス細工に魔力が灯り、そして空中で眩い閃光が炸裂する。
「「「な、なんだ!?」」」
それは巨大な音と光だけを発生させる神器であったが、一般人にはそれがすぐには判らない。
辺り一帯は騒然となり、その影響は為替市場にも飛び火する。
「何が起こったか、すぐに捜査せよ!!」
「住民達を落ち着かせろ!!」
警備隊員が事態の収拾へと乗り出していき、建物入り口付近が手薄になった。
「さあ、行って来なよ。今ならバレずにいけるはずさ。後こいつも持ってきな。さっきファイラーが作った偽物のドッグタグだ。住民用のデザインだから中であまり目立たずに済む。人間為替市場に入りさえすれば、売買は誰だって出来る。自分の株式が登録されていればね」
「ああ、ありがとう。行ってくる」
「俺はひとまず逃げるとするよ。またここで落ち合おう」
「了解。いくぞ、フレス」
「うん!」




