地下での再会
「ここです」
やってきたのは宿の裏にある路地。
先程逃げ出したピリアが倒れていた場所である。
「実はさっきはここから逃げようと思っていたんですよ」
「ここに地下通路への入り口があるのか……?」
「ええ。見ててください」
ピリアは路地裏に置かれてあった木箱の蓋を取る。
「ここです」
「ただのゴミ箱かと思っていたら、まさか入口だったとはな……」
木箱を覗きこむと、そこには人一人が通過できる程度の穴が開いていた。
「さあ、二人とも、お先にどうぞ」
ピリアに促され、穴へ入っていく。
「……く、くちゃい」
「だな……」
思わず鼻を押さえて進む二人。
「それは我慢してくださいね」
「しかしどうしてこんなところに地下通路への入り口があるんだ?」
「元々この地下通路は、以前ハンダウクルクスが甚大な被害を被った盗賊らへの対抗策として作られたものです。住民が安全に、そして確実に避難できるように、ハンダウクルクスのいたる所に入口があります。しかし今日、経済的に大きく発達したハンダウクルクスには避難経路なんて必要なくなってしまってしまいました。盗賊に襲われることはなくなりましたからね。ということでこの地下通路は、少し前まで下水を流していたんです」
「う、うげぇ……、臭すぎて気絶しそう……」
臭すぎて涙目になっているフレスに、思わず同情してしまう。
フレスは人間ではなく龍。
全ての潜在能力に置いて人間を上回る存在である。
魔法のような力を始め、肉体的にも強く、視力、聴力も飛びぬけて良い。
すなわち嗅覚も人間の数十倍の力を持っているということになる。
ウェイルとしては耐えられない匂いではないが、もしこの臭いが十倍ともなれば、それは確かにきついに違いない。
「フレス。大丈夫か……?」
「も、もう無理……」
「頑張ってください、あと少しです」
地下通路を壁越しに歩き続ける。
ふと先導するウェイルが、足を止めた。
「地下スラムってのはどの辺にあるんだ?」
「判りません。私も噂で聞いたことがある程度なので……」
「くちゃいよおおおお! どこかで外の空気を吸いたい……! どこか出口はないの? 少しだけ外の空気を吸いたいんだけど!」
「後五分ほど歩いたところに出口がありますよ」
「ええーーっ!? 五分も我慢しないといけないの~~!?」
「いや、どうやら五分じゃ済まなさそうだ」
ウェイルが手に持った蝋燭を地面に置き、腰に差しているナイフに手を掛けた。
「……誰か、いる……!!」
地下道の先に光と共に足音が聞こえてきた。
「……ピリア、ここは一般人もよく利用するところなのか?」
「……いえ、そんなことはないはずです……!!」
「もしかしたら地下スラムの人間かも知れないが、確信がない以上、敵と考える方が良さそうだな……!! もしルクセンクがピリアから情報が漏れると危機感を覚えたなら、追手を差し向けるのも当然のことだ。宿にいた男達の話からもルクセンクが動いていると考えるべきだ。フレス、準備だけはしておけ」
「……うん……!!」
徐々に近づく足音に、三人は息を呑む。
迫りくる松明の光が揺れ、そちらへ三人の視線が集中していた、その時だった。
「――誰だ、お前達は……?」
突如、背後から問われた。
ウェイルは思わず背筋に寒気を感じる。
(……油断した……!!)
目の前の敵に捕らわれすぎて、背後を疎かにしてしまった。
反撃するわけにもいかなかった。
何故ならウェイルは自分の背中に鋭い物を当てられている感覚がしたからだ。
「手を上げてこちらを向け」
ウェイル、および残りの二人も素直に命令に従った。
振り向きざまに短剣を抜いて反撃に出ようかとも思ったが、それをすると例えウェイルやフレスが助かったところで、体調を崩しているピリアが危ない。
歯がゆい思いながらも、ウェイルは振り返り、声を掛けてきた者と向き合う。
「おい、不審者か?」
松明を持っていた者もやってきて、三人は囲まれる形となる。
足音の数を数えると、背後にはさらに数人がいるらしい。大人しくしているのが無難だ。
「おい、お前、一体何者だ?」
案の定突き付けられていた剣を持つ者に再度問われる。
見るとその者は、長い布を顔中に巻き、マスクの様にして顔を隠していた。
「俺はウェイル。プロ鑑定士をやっている」
「……プロ鑑定士……? ああ、そういえばルクセンクのところに鑑定士が来たと聞いたな。それはお前か?」
「……そうだ」
わずかにのぞかせる視線がとても鋭い。
ウェイルのことを全身舐めまわすように観察し、次に興味の対象はフレスへと移った。
「このちんちくりんなガキも鑑定士か?」
「誰がちんちくりんだーーー!!」
ウガーッと怒るも、目の前の剣の刃が松明の灯りで煌めくと、フレスも思わず黙り込んでしまう。
「そいつは俺の弟子だ。昔奴隷として売り飛ばされそうになっていたところを助けてやってな」
ウェイルはそこで一つ嘘を吐いた。
この都市に住まう者なら誰もが反応する奴隷という言葉。
この言葉に対し、相手がどんな素振りを見せるか、ウェイルは試すことにしたのだ。
「……そうか……。この子も奴隷だったのか……」
案外悪くない反応が返ってくる。
その声質は同情そのものだった。
そこでウェイルに一つ疑問が生まれる。
(……同情? ……ってことは、こいつらも……奴隷……?)
その確率は高いと踏んだ。
「なぁ、アンタ達はもしかしてルクセンクのことを憎んでいるんじゃないのか?」
「――ッ!?」
次の驚いたのは相手の方だった。
覗く目に戸惑いの色が見える。どうやら図星の様だ。
「もしそうなら、俺達はあんた達の敵じゃない。俺はこのメイドに頼まれて、人間為替という仕組みを潰してやろうと考えているんだ」
「――なっ!? 人間為替制度を、だと!?」
冷静を保っていたマスクの者も、思わず声を上げる。
その動揺は背後に構えていた仲間にも伝わったようだ。
「アンタ達なら知っているんじゃないのか? この子を」
すでに下げられつつあった剣から一歩下がり、後ろの男の松明を奪い取って、ピリアの周囲を明るくする。
「ルクセンクのところで奴隷をしていた、ピリアという」
「……えっと、どうも、ピリアと申します……」
灯りで浮かび上がったピリアの顔に、またも動揺が走る。
「……ピリアだ……!!」
「何故ピリアがこんなところに……!!」
口々に疑問をぶつけ合う彼らだったが、最も驚愕していたのはマスクの者だった。
するすると布を取り、顔をさらけ出す。
その顔を見たピリアは目を丸くして、手で口を覆った。
「――ルイ……!?」
「ね、ねーさん……!?」
固まる二人。
それを見たフレスは状況を掴めず混乱していた。
「ウェ、ウェイル!? ど、どうして死んだはずのルイさんがこんなところに!?」
「俺にも判らん……」
地上から隔離された地下道で、一組の姉弟が再会を果たすことになった。




