人間為替と人身売買
ピリアは人間為替制度について説明を始めた。
「ハンダウクルクスの住民達には、漏れなく値段がつけられているのです」
「人間に値札がついていると、そういうことだな？」
「そうです。その値段は日々変動し、人間為替もたくさん売買される。自分自身という株式を持ち、それを互いに持ち合うことで、人との繋がりを作っているのです。まるで自分自身が株式会社になったように。例えば結婚する時には、その結婚相手の株式の半分を買わなくてはいけないんです。多くの場合は、自分と相手の株をそっくりそのまま交換するのですが、価値が釣り合わない場合、差額を払うこともあるそうです」
「やはり人の株を購入することが出来るんだな」
「はい。将来的に価値の高くなりそうな人の株を購入して、多額の利益を手にした人だってたくさんいますよ。その逆も然りですけど」
人に価値をつける人間為替制度。
株式の制度も、普通の会社と大体同じような仕組みだという。
「相手の株式の25%を取得すれば、その人の発言や行動を制限することが出来るんです。だから親は自分の子供の株式を持つことによって、教育を行うんです。成人するに当たって株を子へ譲ることが多いんですよ」
「……本当に株式会社みたいだな。なるほど、見えてきたよ。この都市の裏に蔓延る闇が……」
「ねぇ、ウェイル。その制度って、結局どんなデメリットがあるの？ 住民が優しいのは良いことだし、悪いことはあまりない気がするんだけど」
フレスはこの制度の危険性をあまり理解できていないらしい。
それは仕方のないことだ。
フレスに株式や為替のことなど話したことすらほとんどないのだから。
「フレス。確かに一見すればあまり悪くない制度にも見える。自分自身を向上させる指標、目標があることは確かに悪くない。目標が数値となって現れるんだから尚更な。だがその反面非常に危険な制度でもあるんだ」
ウェイルは財布から硬貨を取り出して、机の上に並べた。
「例えばフレス。お前の価値が100ハクロアだとする」
「むぅ、低い……」
「例えば、だよ。だが今お前が不満に思ったことは大切だ。自分の価値は高い方がいい。誰だってな。だからお前は頑張って勉強してプロ鑑定士になった。そうすればお前の価値は10000ハクロアになった。嬉しいだろ？」
「そりゃ嬉しいよ」
「この制度のメリットはこれだよ。己の向上心に火をつける役割がある。またこれは組織としても非常に良いように動く。価値の高い者を上司に置けば、命令形態はスムーズになるだろうし、上司としても自分の価値を落としたくないため、しっかりと部下を思いやるだろう。社員としても会社に尽くし、自分の価値が向上すれば出世出来るわけだから、実にいいことだらけに見える」
「……じゃあ何が悪いの？」
「それはな。相手の株を買うことが出来るという点だよ」
机の上に置いた硬貨を、今度はごっそりと財布に戻す。
「今、俺はお前の株を全部買ったんだ。そうするとお前はどうなると思う？」
「え、えーっと……。ピリアさんの話だと、25%買われたら行動が制限できるっていうから……、そうだ！ ウェイルにボクのご飯を盗られてしまう！」
「それだけで済めばいいんだがな」
「えっ!? ご飯を奪われることよりも厳しいことが……!?」
フレスが驚く最中、ウェイルはピリアの方へと向き直った。
「――奴隷、なんだろ？」
そう言われたピリアは目を瞑って、そしてゆっくりと頷いた。
「……はい。私はルクセンク様に買われた――奴隷なんです」
「ど、奴隷!?」
「判ったか？ フレス。この制度最大の問題は人身売買が容易に出来てしまう点なんだ。何等かの手段を用いて、相手の価値を下げ、買占めするんだ。株式会社は株式の50%を取得された時点で会社を乗っ取られてしまう。これとルールが同じならば、相手の株式を50%買うだけで奴隷にすることが可能なわけだ」
「……そ、そんなの酷い……!!」
「私はルクセンク様に株式を76%取得されています。ですからあの館でメイドとして使われていたのです」
「酷過ぎるよ！ お金で人を買うなんて!!」
奴隷制度はアレクアテナ大陸全土で禁止されている。
その罪は重く、奴隷取引に関わったと発覚すれば、最低でも終身刑は免れない。
それでも人身売買の横行は年々増加の一途を辿り、治安局でも対策に苦労していると聞く。
先日倒産したリベアブラザーズが行っていた違法取引の中にも人身売買に関することが多くあったと世界競売協会は発信していた。
「ピリア、君はどうして奴隷にされたんだ？」
「……最初は弟だったんです」
「さっき言っていた弟のことだな」
「はい。それはとても優しい弟で、名をルイと言います。誰よりも気が利いて、人が嫌がるような仕事も率先してやる、自慢の弟だったんです。ですがそのルイは、とある事件をきっかけに奴隷にされたのです」
「……とある事件……？」
「ルイは人一倍正義感が強い子でした。ルイは常々人間為替制度に疑問を持っていまして、ある時その制度が人身売買に関わっていることを知ったのです。この事を他都市の治安局に密告しようとしたんですよ」
「……なるほどな……」
「密告が成功する直前、仲間に裏切られて、ルイは拘束されました。人間為替を行っている人達は、根も葉もない濡れ衣をルイに被せ、ルイを犯罪者に仕立て上げました。そのせいでルイの株価は大暴落。それをルクセンクが買占めて、奴隷にしたのです……!!」
そう語るピリアの身体は震え、目からは涙が溢れていた。
よほど悔しかった事件だったのだろう。
布団を握りしめ、息を荒くしていた。
「私はどうにか弟を取り戻そうとしたんです。ルクセンクに頭を下げ、弟の株を売ってくれるように頼みました。しかしルクセンクは決して頭を縦に振ることはしなかったのです。代わりに条件を出されました。私の株式の25%と交換だ、と」
「それに応じたのか……？」
「……はい」
「弟はどうなったんだ？」
「ルクセンクは私の株を取得した後、次の手に出たのです。私と弟の関係を市場にばら撒いたのです……！」
「……えげつないことをする奴だ……!!」
「私は犯罪者の姉であると、だから姉も信頼出来る人間ではないと噂を広めたのです。私の価値もすぐに暴落しました。ルクセンクはすぐに残りの25%も買い占めてきました。当然、弟は帰ってこなかったです。そりゃそうですよね。契約は人間同士でするもの。奴隷との契約なんて守る必要がないのですから……!!」
「……なんて惨いことを……!! 酷すぎる……!!」
「ボク……、久しぶりにぶち切れそうだよ……!!」
「俺もだ……!! 絶対に許せない……!!」
フレスは怒りのあまり興奮を抑えきれず、背中から翼を出現させていた。
「ピリア、その人間為替制度を作ったのは？」
「当然ルクセンクです。彼はその制度で得た膨大な資金で、この都市を手中に収めたのですから……!!」
今考えれば、あの館にいた守衛や執事達は、何故か常にそわそわしていた。
いつ奴隷になってもおかしくない、そんな恐怖といつも戦い続けていたのだ。
それはこの都市の住民にも言えることだったのだ。
奴隷と関わって自分の価値を下げれば、それこそ自分も奴隷になってしまう。
だからこその過剰な親切。
「この都市の裏側、全部暴いてやる……!!」
「ピリアさん、大丈夫だよ。ボク達がそんな制度、ぶっ壊してやるから……!!」
「つ、翼……!?」
光り輝く翼の携えたフレスを見て、ピリアは驚き、後ずさった。
「あ、貴方達は一体何者なんですか……!?」
驚くピリアを見て、二人は力強く笑みを浮かべ、答えてやった。
「龍と――」
「――鑑定士、だよ！」
