人に値札がついた都市
ウェイルは、ピリアの件をルクセンクに報告しないことに決めた。
ピリアのことだ。意識が戻ればすぐ働きに戻ろうとするだろう。
自分の身体の事なんて、一切考慮せずに、だ。
何が彼女をここまで突き動かしているのかは判らないが、このまま療養せずに働き続ければ生命の危険さえある。
それにウェイルは、ルクセンクという人間を、あまり信頼できない人物だと確信していた。
今ピリアをルクセンクの所へ帰すのは危険である。
そう判断しての結論であった。
それからウェイルは、先程の外出時に覚えた違和感について、フレスに聞かせてやった。
「あんなに親切な人達なのに、ピリアさんのことは無視した、って……」
「ピリアを背負っている俺をも無視だったからな」
「そんなのって酷いよ……」
未だ苦しげに息をするピリアを見て、フレスは落ち込んだ様子だった。
「皆我れ関せずといった雰囲気だった。親切で有名な都市の住民にしてはあまりにも冷たい」
「そうだね……。でもなんでなんだろう……」
裏切られた、フレスはそう思っているのだろうか。
自分の時とは大きく違う住民達の態度のギャップに、多少混乱しているのかも知れない。
「俺はこの件について、何か裏があると睨んでいる」
「裏……?」
「そうだ。この都市の人々が異常と言えるまでに親切な理由。ピリアが避けられていた理由。そしてピリアが最後にぽつりといった言葉の真相」
「ピリアさん、なんて言ったの?」
「私に関わると『貴方の価値』が下がるって、そう言ったんだ。この言葉、何かのヒントになると思う」
「価値、かぁ……。あ、そういえばあの時もそんなこと言ってたなぁ」
「あの時? それはいつだ?」
「昼間のこと覚えてる?」
「時計屋が詐欺で捕まっていった、あの事件か?」
「そうそう。あの時も警備隊の人は同じような事を言っていたよ。『もう価値はない』って。なんだかまるで株式や為替みたいだね」
「……為替、か」
師匠シュラディンに、リグラスラムで伝えられたことをふと思い出す。
「……ハクロアの価値が下がる。俺の価値も下がる、か……」
「ウェイル、ボク達もそろそろ寝ようよ。魔力使ったから少し疲れちゃったよ」
「そうだな。……って、フレスさん? どうして俺の横に?」
その挙動はさぞ当たり前だと言わんばかり、フレスはウェイルの布団の中に頭から突っ込んだ。
「だって、ボクのベッド、ピリアさんに貸してるから! だったらウェイルと一緒に寝ようかと思って!」
亀のように布団から頭だけ出して、そんなことをぬかしてくる。
「何言ってんだ!! お前!」
「ウェイルこそ、何今更恥ずかしがってんの? 昨日だって一緒に寝たじゃない?」
「……なんだと……?」
昨日はハンダウクルクス駅の汽車内で寝たはず。
……そういえば何かもぞもぞしていたような気がしないでもない。
「…………お前、勝手に潜り込んだのか……」
「いいじゃない、別に! ボクとウェイルの仲でしょ?」
「……それ、久しぶりだな……」
「もう出会って何十日も立つんだから! ね!」
「……判ったよ……」
「やったぁ!」
仕方なくフレスを布団に入れてやる。
ウェイルはというと、改めて意識すると緊張してしまっていた。
対するフレスはベッドに入った瞬間眠りについていたのだが。
緊張していたウェイルだったが、フレスの間抜けな寝顔を見ると、なんだか安心を覚え、顔をほころんでしまう。
「……ホント、幸せそうな奴だ……」
フレスの鼻をムニュっと押して、寝ながら嫌がるフレスの反応を楽しんだ後、ウェイル自身も眠りについたのだった。
――●○●○●○――
――深夜2時頃。
「ウェイル! 起きてよ! 早く!!」
ウェイルはフレスの甲高い叫び声で目を覚ます。
「……どうしたんだよ……?」
フレスの焦る顔を見て、嫌な予感が脳裏を過る。
「ピリアさんが! ピリアさんが!! いなくなってるんだよ!!」
「なんだって!?」
眠気など一瞬のうちに吹き飛んだ。
見るとベッドはもぬけの殻。
どこにもピリアの姿はなかった。
「いつ気づいた!?」
「ボクもたった今目覚めたところなんだよ! そしたらもう姿はなくて……!!」
「あの体調のまま外に出るのは危険だ……!! 探すぞ、フレス!」
「布団がまだ温かいから、あまり遠くには行っていないはずだよ!」
「もしかしたらルクセンクの屋敷に向かったのかもな……!!」
「今戻るのはまずいよ!」
二人は血相を変えて宿を飛び出した。
今夜は幸いにも月が明るい。
なんとか灯りなしでも探せそうだ。
「ねぇ、ウェイル! あそこ!」
フレスが指さしたのは宿の影の裏路地。
月明かりも届かぬ暗い道に、ピリアは横たわっていた。。
「ピリアさん!! 大丈夫!?」
「……くっ……」
二人が駆けつけると、ピリアは必死に立ち上がり、逃げようとする。
しかし、足元のおぼつかない彼女は逃げること叶わず、またも倒れ込んでしまう。
「おい、何で逃げたんだ!?」
「……言いましたよね。私に関わると貴方達の価値が下がるって。ご迷惑をお掛けするわけにはいきません。もう私のことは放っておいて下さい……」
またも出てきた『価値』と言う言葉。
「なぁ、俺はさっきからお前が言っている『価値』って言葉の真意が判らないんだ。一体どういうことなんだ?」
「…………」
ピリアは口を閉ざす。
どうやら話すつもりはないらしい。
「俺達はこの都市の人間じゃない。だから別に他の連中にどう思われようが構わないんだ。価値ってのは判らんが、アンタが他の住民から良く思われていないことは判っている。それが何故なのか、俺達に話してはくれないか?」
「…………」
無言を続けるピリアだったが、やはり体の調子が悪いのか、ゴホゴホと咳き込み始めた。
「とにかく今は体を治さないと!」
フレスは急いでピリアの傍に駆け寄ると、両手を輝かせて、癒しの光をピリアに当てる。
「これで少しは楽になるけど……。ピリアさん、これ以上動いたら駄目だよ。死んじゃうよ?」
「……それでも……、それでも私はこれ以上、価値を下げたくはない……!!」
「……本当にどういう意味なんだ……?」
それっきりピリアは意識を失った。
二人はもう一度ピリアを部屋に運び、看病を続ける。
その間、ウェイルはピリアの言う『価値』という言葉について、頭の中で整理していた。
「ピリアがいう『価値』って言葉。最初は意味が判らなかったが、今は少しずつ理解できた気がするよ」
「……どういうことなの?」
「こんな酷い状態にも関わらず働こうとする。私の価値を下げたくない、とピリアは言っていたな。これが意味することは、もうこれしか考えられない」
「……もしかして、その価値って――」
「――言葉の通りの意味だったんだ。つまり『人間に値段がついている』ってことだ」
そう考えれば、全ての辻褄が合う。
どこでどう価値が付けられているかは判らないが、ピリアのちょっとしたミスに対する過剰な反応や、ここの住人達の不自然なまでの親切さも説明がつく。
「住民が過剰に親切なのも、もしかしたら自分の価値を上げたい、下げたくないという、そう思う気持ちから来ているんじゃないか?」
「――その通りです」
寝ていたはずのピリアが、ウェイルの推理を肯定した。
彼女は未だに呼吸は荒いものの、なんとか意識を取り戻していた。
「ちょっと、ピリアさん!? まだ寝てないとダメだよ!!」
「……おかげさまで随分と楽になりました。安心してください。もう逃げませんから」
「ならいいんだけど……」
急いでタオルを水で絞り、再び額に乗せてやる。
「……お優しいんですね、お二人は」
ポツリと呟いたピリアは、少し嬉しげだった。
「こんなに私に優しくしてくれたのは、他には弟だけですよ」
「何言ってんだ。病人に対しては誰もこんな対応するだろうよ。それにこの都市の連中の方が優しいだろ?」
「……ウェイルさんもお人が悪い。たった今まで、そのことについて疑問を持っていたじゃないですか」
フフっと笑い、ウェイルを見てくる。
「ウェイルさん。貴方が今おっしゃった仮説、実はその通りなんです。流石はプロ鑑定士なだけあって推理力も抜群ですね」
「プロだからな。それにしても人間に価値をつけるだなんてな……」
「信じられませんか?」
「いや、むしろ確信を持てたよ。他の住民の対応を見るに間違いないとな。通りで不自然に優しくしたりしてきたわけだ」
やたらと人に優しくするのは、そういう裏があったというわけだ。
「ウェイルさん、もし余計なことに首を突っ込みたくなければ、私が今から話すことは聞かなかったことにしてください」
ピリアが真剣なまなざしで、二人を見つけてくる。
フレスはウェイルに同意を求め、ウェイルもノータイムで首を縦に振った。
「聞かせてくれないか。この都市のことを……!!」
「……後悔、しませんか……?」
「俺はプロ鑑定士だ。もしこの話が犯罪に繋がっているようなら見過ごすことは出来ない」
「判りました。それではお話しします。この都市に住まう者全員が強制参加させられている――――『人間為替』という制度のことを……!!」




