親切すぎる住人達
「……妙だったな」
「……妙だったよね」
二人して疑問に思っていたのは、先程のメイドのこと。
「あの怯え方は尋常じゃなかった」
「うん。身体が震えるほどの恐怖って……」
「雇われの身が客に粗相をしたんだ。そりゃ責任を感じたり、後から叱られたりするのが怖いってのは判るよ。それにしたってあんなに怯えることはない。何か別の理由があるような気がするんだよな」
「……うん。それに執事さん達の顔も強張っていた」
「だな。確実に何かに怯えていたよ。それにルクセンクが最後に発したあの言葉で、彼らの表情は青ざめた」
「……それ『仕事』ってところでしょ?」
「フレスも気づいていたか。ルクセンクが『仕事』と言った瞬間だったよ。彼らの表情が一気に張りつめたのは」
ウェイルは見ていた。
元々張りつめていた空気が、さらに緊迫したものになっていたのを。
「……ねぇ、何か気にならない?」
「……気になるな……」
しかしながら、ルクセンクが彼らに何かした、という証言を得たわけではない。
さらに言えば証拠もない。
「……気にはなるが、俺達にはどうしようもないことだからなぁ……」
結局、雇い主、雇われの身という立場があり、それに関する問題なのだ。
例えピリアや執事達が恐怖を感じていても、嫌なら仕事を辞めれば良いわけで。
「……少し歯がゆい気がするね」
「……だな」
――●○●○●○――
いつまでもこのことについて考えるのも仕方がない。
せっかく仕事が終わったのである。
ならばこのハンダウクルクスを観光してまわるのも悪くない。
「フレス、証明書の期限は三日ある。せっかくだし、少し遊んで行かないか?」
「いいの!?」
「たまにはな。ここハンダウクルクスは美味しい物も多いし、特産物もたくさんある。ギルパーニャに何かお土産でも買ったらいい」
「うん! そうするよ! …………あ、ボク、今お金がないんだった……」
改めて空っぽの財布を取り出すフレス。
「……仕方ない、小遣いだ」
たった今稼いできた鑑定料の中から少しフレスに分けてやる。
「こんなに貰っていいの!?」
「本来よりもかなり多めに貰ったからな。気にするな」
「じゃあボク、熊を食べに――」
「あるわけねーよ……」
ということでやってきたのが、ハンダウクルクス最大の商店街。
商店街と聞くと、小さな店が連なって商いをしているイメージがあるだろう。
しかしここの商店街は、そんなイメージを完全に吹き飛ばしてしまうほど、スケールが大きい。
「おお、やってるやってる! 見てみろよ、フレス!」
「あれなに?」
ウェイルが指を差した先。
そこには大きくミートと書かれた看板があった。
「精肉店?」
「そうだ。だけど、この精肉店はそんじゃそこらの精肉点とは違うんだ。まあ見てみろ」
確かに普通の精肉店と比べると、圧倒的に広い。
さらに店内には多くの客が足を運んでおり、何やら大声で叫んでいた。
「これは――オークション!?」
「そうさ。ハンダウクルクスの商店街は、凄まじくスケールが大きい。肉一つ買うのだって、オークションでやるんだよ。しかも牛を丸ごと一匹販売ときたもんだ」
「丸ごと!? ……じゅるる……」
「……お前の小遣いじゃ絶対買えないけどな……」
他にも魚や野菜、香辛料なども、それらの多くがオークションで販売され、商店街は大盛況していた。
途中いくらか買い食いしながら、二人はこの都市の観光を満喫していた。
「それにしても親切な人ばかりだね!」
「そうだな」
しばらくの間、二人はハンダウクルクスの都市を楽しんで回った。
――ハンダウクルクスの住人には親切な人が多い。
事前にそういう情報を持っていたウェイルですら、彼らの過剰とも言える親切っぷりには度肝を抜かれていた。
――ほんの一時間前のことである。
商店街をぶらぶらとしている最中、フレスとはぐれてしまった。(焼き鳥の匂いにつられて勝手に走っていった)
ウェイルがどうやって探しに行こうか迷っていると、悩むウェイルの様子を見てすぐさま20人以上の住民が集まり、フレス探しを手伝ってくれたのだ。
そのフレスはウェイルとはぐれて泣きべそをかいているところに、これまた多数の住人が声を掛け、住人同士の連絡網のおかげで、すぐに二人は再会することが出来たのだった。
極めつけはフレスがはぐれることになった原因の焼き鳥。
その焼き鳥を売っていた店主は、泣き止んでおくれとフレスに数本プレゼントしてくれたのである。
おかげでフレスはとても上機嫌であった。
「こんなに親切な人ばかりの都市なら、ボクずっとここに住んでいたいかも! マリアステルより暮らしやすいよ!」
「そりゃ騙してくる奴なんかいないだろうしなぁ」
「むぅ、そうだよ! 文句ある!?」
「別にねーよ。だが、少し不気味だとは思わないか?」
歩きながら周囲を見回すウェイル。
その視線の先には、互いに声を掛けあう住民達がいた。
「どうして? 良い人ばかりなのに」
「それだよ。良い人ばかりだから不気味なんだ」
「何言ってんの! 良い人が不気味なわけないでしょ!? マリアステルに蔓延る詐欺師達の方が不気味だよ!」
「あれはお前の注意力が散漫なだけだ。もちろん良い人が多いというのは喜ばしいことだ。でもな。それにしたってこれは異常だろう?」
躓いて転んでしまったらしい男の子が大声で泣いていた。
するとその男の子の元に、何十人もの大人が駆け寄り、励ましたりお菓子をプレゼントしたりしていた。
「なんというか、何もかも大袈裟なんだ。この都市の人々の親切心は、とにかく過剰だ。子供が転んで泣いているくらいで、数十人もの人が集まるなんて、普通ではありえない」
フレスの件もそうだし、実は先程からこのような光景を何度も見てきた。
中には、買い物で小銭が足らずに困っていた老人に、たまたま通りかかった青年が不足分を払ってあげていたケースもある。
明らかに過剰な親切が、当たり前のようにまかり通っているのだ。
「だから不気味だといったんだよ」
「そーかなー。親切なのはいいことだと思うんだけどなー……」
そんな時、突如平和な商店街に、怒号が響いた。
「――な、なんなんだ! 警備隊が一体何をしに来た!?」
「何かあったのか?」
「ウェイル、あそこだ!」
二人の視線の先にあったのは、この都市屈指の規模を誇る時計屋である。
そこの店主と、この都市を守る警備隊が、何やら口論を繰り広げていた。
「警備隊が何のようだ!? 私は高レートを保っているはずだぞ!?」
「それがつい先ほど、大暴落したんだよ。自分が何をしたか、心当たりはないか?」
「知らんぞ!? 全く身に覚えがない!」
「貴様は贋作を売りつけたんだ」
「贋作だって?」
「そうだ。聞けば本物に間違いないと言って贋作を売ったそうじゃないか。これは詐欺罪に相当する!!」
「何を馬鹿な!? 古い時計は骨董品と同じ! 贋作が紛れ込むことだって普通にある! 私自身が鑑定したわけじゃない! 贋作があったとすれば、私自身も贋作を掴まされた被害者だ!」
「言い訳は無用だ。とにかく貴様にもう価値はない。連行する」
「……そんな……!」
いくらか店主も反論してはいたが、ついに言い逃れが出来ないと諦めたのか、大人しく警備隊に連れて行かれていた。
「今のは一体なんだったんだ……?」
少し遠巻きに聞いていたため、ウェイルは詳しい内容を聞くことが出来なかった。
「贋作だって。あの人、贋作を売っちゃって、詐欺罪で捕まったみたい」
流石はフレスの地獄耳。会話の全てを聞いていたようだ。
「……そうか。詐欺罪なら仕方ないのだろう」
「そだね」
(……でもちょっと気になるなぁ……。『貴様にもう価値はない』って、酷い言い方するよ……)
「何か気になったことでもあるのか?」
「う、ううん、別にないよ?」
警備隊が去ると、都市は再び元の盛況を取り戻し、二人も今の事件など忘れて、存分に遊びつくしたのだった。
日も暮れだしたので、宿を取ることに。
この宿すらも、親切な人の計らいで予約なしで取ることが可能になったし、料金も安くなった。
「……親切すぎて不気味すぎる……」
「いいじゃない! 楽に宿が取れたんだからさ!」
楽観的なフレスとは正反対に、ウェイルは得体の知れない不気味さを肌で感じていた。




