おバカなお弟子
「いやぁ~~、いい買い物した~~♪ ギルったら、ボクが億万長者になったら驚くぞ! みゅふふ……!!」
意気揚々とプロ鑑定士協会へ帰り着き、ルンルン気分のまま就寝。
翌日の朝も目覚めはバッチリで、株券の到着を今か今かと待ち望んでいた。
「フ~~、疲れた……。しかしあのカラーコイン、一体どこで作られたんだ……?」
「あっ! ウェイル! おかえり!」
げっそりとした顔で自室へ帰ってきたウェイル。
どうやら徹夜で鑑定を行っていたらしい。
ヒゲもボーボーに伸びきっている。
「フレスか……。ちゃんと勉強はしたのか……?」
「勉強なんかより、もっと凄いことしてきたよ!」
「凄いこと……?」
洗面器に注いできた水に手を浸し、そのまま顔を洗いながらウェイルが尋ねてくる。
「うん! だってボク! 株主になっちゃったんだからさ!」
「…………はぁ?」
重たい目を擦り擦り、ウェイルは訝しげにフレスを見た。
それに対しフレスはとても自慢げだ。
「だからさ! ボク、株主になったんだよ! 配当金だけで生きていけるんだよ!! 凄いでしょ!!」
「……お前、外に抜け出してまた変なことしてきたな……?」
「むぅ、外に抜け出したのは事実だけど! 変なことはしてないもん!」
「どうだかな。それで、いくらくらい使ったんだ?」
「それはね――」
「すみません、フレスさん宛てに荷物が届いてますよ」
フレスの答えを遮るかのように、事務の人がウェイルの部屋を訪ねてきた。
「ああ、判ったよ。すぐ取りに行く」
「いえ、もうここまで運んでまいりましたので。こちらです、どうぞ」
どさりとおかれた巨大な箱。
「では失礼します」
事務員が退室してしばらく、ウェイルが口を開いた。
「フレス、お前、一体何を買ったんだ?」
「エヘヘ~♪ これ!」
「……これって……。相当でかい箱だな……」
「そりゃそうだよ! だってこの中には大量の株式が入ってるんだからさ!」
「…………はい?」
破顔するフレスとは対照的に、顔を強張らせ硬直するウェイル。
睨み付ける目の前に積まれた巨大な箱。
(この中全部……株券ってことなのか……?)
ゾッと背筋に寒気が走る。
これは何かとてつもなく不吉な状況。
「じゃあ開けるね!」
そんなウェイルとは不安など露ほども知らぬフレスの周囲には、まるで蝶が飛んでいるかのよう。
まさに至高の一時。
そんな笑みを浮かべながら、フレスは箱を開けた。
「凄い! 見て見て! たくさんあるよ! ウェイル!」
「…………フレス。俺にはどうにも嫌な予感しかしないんだが」
「何言ってるのさ! よく見てよ! 大量だよ!?」
「一体どこの企業の株なんだ……?」
「えっとね、リベアブラザーズって会社の株!!」
「――――リベア、だと…………?」
自分の顔は今、一体どんな色をしているだろう。
ウェイルは思わず洗面器に映る自分の顔を確認してしまう。
「ヘッヘッヘ、凄いでしょ! 何せボクはリベアの株30%の株主なんだからね!」
「な、な、なななななな――30%だと!?」
その数字に睡魔すら逃げ出したようだ。
「驚いて言葉も出ないでしょ! エヘン!」
確かに驚いた。言葉も出なかった。
まさしく別の意味で。
ウェイルは慎重に言葉を選び、真実を告げることにする。
「フレス。お前は――」
「なになに!? 天才!? 自慢の弟子!?」
「大馬鹿だーーーーっ!!」
――●○●○●○――
――『リベアブラザーズ社』。
以前ヤンクが経営していたデイルーラ社と並び、大陸きっての大企業であった。
しかし、ほんの数日前のこと。
社長一族、さらに幹部役員ほとんどが惨殺されるという痛ましい事件が起こり、大陸中を震撼させた。
さらにその事件の調査中、社長宅からリベアが今まで違法商売をやっていたという証拠が大量に発見された。
麻薬やドラッグ、それだけならまだしも、問題の案件の多くは奴隷貿易だった。
人間だけでなく神獣に至るまで、ありとあらゆる奴隷貿易が行われていたことが発覚したのだ。
上層部の一斉殺害、さらに不祥事発覚が次々と晒され、これにより同社の株価は一気に地の底へと急落。
ついに前日、世界競売協会から株式一部上場廃止を言い渡されてしまったのだ。
――それはつまり、事実上の倒産である。
幸い多くの従業員の雇用先は世界競売協会が用意した。
リベア社が行ってきた表向きの業務を、世界競売協会が監視管轄を行うことで営業を続けることにしたのだ。大規模なリストラは行われないことになり、従業員の多くは救われた。
しかし、だ。救われたのは従業員だけである。
リベアの株主にまで、救いの手が回ることはない。
一応救済措置としてリベア株の上場廃止は一部だけで大半は保留とすることになったものの、暴落した値段が戻ることはない。
株式はただの紙切れに。
当然、目の前の大量のこれも例外ではない。
「――ということがあったんだ。フレス、お前は騙されたんだよ」
「な、な、な、なんですとーーー!?!?」
「リベアの株式は、すでにゴミだ。これ全部でも1000ハクロアもしない。ケツを拭く紙にしかならない」
「…………」
青い髪に青の瞳。
そんなフレスが顔まで真っ青になっていた。
まさに全身真っ青である。
「お前、いくら払ったんだ?」
「41万ハクロア……」
「財布の中身全部じゃないか……。1ハクロアも残ってないのか?」
「……う、うん……。41万ハクロアぴったり払っちゃった」
「……相手はお前の財布の中身を完璧にリサーチしてたってわけだな」
「どどどど、どうすればいいの!?」
「どうするって、トイレットペーパーにするしかない。なんて豪華なトイレットペーパーなことか」
こうしたやり取りがあって、前回の冒頭部分に戻るわけだ。
「ボク、ギルになんて御詫びすればいいか……」
「あいつなら笑って許しそうだけどな。まあこれもいい勉強だ。儲け話には裏がある。都合のいいことなど起こりはしないってな。高い授業料だったな」
「うううううええええええんん!! ボクはバカだ~~~~!! もう誰も信頼できないよぉぉぉぉぉおおおおっ!!」
それからしばらく、フレスは己を悔い、涙した。
なんと10時間以上もである。
それを見たウェイルは流石に可哀そうに思い、優しく励ましてやるとケロッと簡単に泣き止みやがった。
それからすぐ、フレスは夕食を食い、涙した。(夕食が美味すぎて)
なんとお代わり10杯以上もである。
それを見たウェイルは――
――深くため息をついたのだった。




