ベッドが一つしかないもので
ぷくーっと不貞腐れるフレスの機嫌を直すため、褒めて褒めて、褒めちぎってみることに。
「いやぁ、やっぱり神器に詳しい弟子ってのは、心強いよなぁ。師匠として大変助かるなぁ」
それをセリフを聞いて、ピクッと肩を揺らしたフレス。
フレスはうつ伏せ体勢でありながらも、チラチラとこちらの様子を伺ってきている。
本人は隠しているつもりなのだろうが、その期待でキラキラ輝く視線を隠しきれていない。
せっかくだし、期待には応えてやろう。
「フレスがいれば神器の鑑定はとても楽になるんだろうなぁ! フレスが弟子になってくれて、幸せだなぁ!」
自分を褒め称える台詞に、ニヤニヤが止まらないフレス。
彼女の脳内は簡単に予想できた。
大方『やっぱりボクがいないと困るよね!』とでも思っているのだろう。
こうなれば後一押しである。
普段であれば絶対にやらない恥ずかしい演技だが、フレスの様子があまりにも面白かったため、途中からウェイルもノリノリであった。
「フレスが不機嫌だと悲しいなぁ!! フレスがいないと困るなぁ!!」
「だよね! そうだよねー!!」
そしてついに、フレスが復活した。
チラチラ様子を伺い続けていたフレスは唐突に立ち上がると、人差指を立て、こちらを指さす。
「やっぱりボクがいないと、ウェイルは困るし寂しいよね!! そもそも龍であるこのボクが弟子になってあげるんだよ? もっと喜んでもいいんだよ!?」
笑えるくらい単純なドラゴン娘であった。
さっきまでの不機嫌はどこへやら。
それどころかエッヘンと鼻の穴を大きくしている。
(扱いやすいバカってのは、まさにフレスのことだな。……いつか詐欺に遭わなければいいが……)
――●○●○●○――
話が一通り済んだ頃には、すっかり夜も更け、寝るには丁度良い時間となった。
明日はルークのオークションハウスに行く予定だ。
そろそろ寝て、明日のラルガポットの鑑定に備えたい。
ウェイルはベルトやナイフを外して机の上に置き、備え付けのベッドへ腰を下ろした。
その時に、とある問題に気づく。
「そういえばベッドが一つしかないな……」
そもそもこの宿にやって来た時はウェイル一人であったため、当然フレス用の寝具がない。
この数時間の間に色々とありすぎたため、情けないことにそのことに気付いたのは今頃になってしまった。
ヤンクに頼んでフレス用の部屋を手配する必要がある。
そのために部屋から出ていこうとした時、フレスに呼び止められた。
「ねぇ、どこへ行くの?」
「お前の部屋を借りに行くんだよ。流石に俺の部屋で一緒に寝るわけにはいかないからな」
「なんで? ボクは気にしないけど」
「俺が気にするんだよ。お前は女だろうに」
「それが何か不味いの?」
「いや不味いだろ。……って、人の常識はなかなか通じないか」
「気にしないのにー」
「お前をここへ泊めるとなると、寝具が足りないし、もう一人分の代金が足りていない。下の酒場へ行って、手配してくる」
「ボクもついていく!」
「ここで待ってろ」
「嫌だ! 一緒に行くもん!」
「あのなぁ、俺がお前みたいな女を連れこんだと知られたら、宿の主に何を言われるか判らんだろ」
「きっと羨ましがられるよ! ボクみたいに可愛い子を連れていたらさ!」
「……きっと卑しい目でゲスな勘繰りを入れてくるだけだぞ」
「でも、一人で行ったって、もう一部屋借りようとする時点で、変に思われるんじゃないの? だったらあんまり変わらないよ。それよりもボクの事を正式に紹介した方がいいんじゃない?」
「……確かに」
よくよく考えてみればその通りである。
結局部屋をもう一つ貸してくれと頼む以上、誰のために必要かと突っ込まれるに決まっている。
であれば、最初からフレスを弟子として紹介する方が自然かも知れない。
「……問題はもう一人の方か……」
ヤンクには部屋を借りる以上、フレスの存在を隠すことは不可能だ。
だが問題は一人いる。
「ステイリィの奴、この時間ならもう酒場で酔っ払ってるよな。さっき来るって言ってしな……」
問題は、女治安局員のステイリィである。
この時間なら、きっとステイリィは下の酒場で、仕事の愚痴や機密情報を垂れ流しながら、酒をがぶ飲みしていることだろう。
ステイリィはウェイルに対して過剰な好意を寄せており、自分の事をウェイルのお嫁さんだと妄想している危険思想の持ち主だ。
女絡みの話が出る度に、酔った勢いで暴れるのだから困ったものだ。
ヤンクにだって間違いなく冷やかされるだろうが、ステイリィのそれはヤンクの比じゃない。
フレスのことはヤンクにだけ話し、ステイリィには隠す。
これが最も穏便に部屋を確保する方法だ。
弟子をとるだけでここまでせねばならないのは、なんとも難儀な話だ。
「よし、行くぞ。その代わり俺が店主にお前を紹介する前までは、どこかに隠れていろ」
「うみゅ? どうして?」
フレスは頭の上に?マークをたくさん乗せて、ピョコピョコとついてくる。
「見つかると面倒な奴がいるんだ」
「そうなの? うん、判った。ボク、隠れるのは得意だもんね!」
フレスの自信満々の顔を見ていると、どうしてか不安が募る。
「厄介事にならないといいが……」
「はやく行こうよ! ウェイル~~」
さも当然とばかりに腕を組んでくるフレスに、慣れないウェイルは戸惑いを隠せない。
「何故くっつく」
「いいじゃない! 減るもんじゃないし!」
(やはり龍らしくない人懐っこさだな……)
だがあの翼を見た以上、彼女が龍であると信じざるを得ない。
どうやら背中の翼は、普段は消しておけるようだ。
「いや、すでに厄介事にはなってるか……」
今日一日で、龍に対するイメージは180度変わってしまったウェイルである。